時計界のアカデミー賞「GPHG」受賞作を引っ提げ来日したレイモンド・ウェイルCEOに「優良価格」の秘訣を聞く
誰もが憧れる有名ブランドを中心に、高級時計の価格高騰が止まらない。「ミドルレンジ」と呼ばれる50万円前後の価格帯を主力にするブランドも、為替の変動に注視しながら慎重な対応に苦慮している。それはもちろん、むやみに価格を上げてしまうと自社の強みであるハイコストパフォーマンスが生かせず、顧客離れにつながるからだ。そんな中、高品質と優良価格を維持し続けているブランドが、スイス・ジュネーブに拠点を置くレイモンド・ウェイルだ。ブランド運営の秘訣について、来日したCEOエリー・ベルンハイムさんに話を聞いた。
「ミレジム」がジュネーブウオッチグランプリを受賞
–まずは2023年のジュネーブウオッチグランプリ(以下、GPHG)「チャレンジ賞(※1)」の受賞、おめでとうございました。改めて受賞時のお気持ちを聞かせてください。
エリーさん(以下、カッコ内は同)「正直なところ、受賞するとは思っていなかったので本当に驚きましたし、とても感動しました。ブランドを支えていただいている多くの方々に感謝しています」
–受賞した新作、ミレジムの売れ行きに変化はありましたか?
「かなりの高評価をいただき、初回生産分は瞬く間に完売。11月中旬には世界各地の取扱店から届く追加注文の対応に苦慮しました。もっとたくさん製造しておけばよかったと思いましたね(笑)。現在は生産ラインの重点をミレジムにおくことで生産本数を増やしています」
–そもそもミレジムは、どのような経緯から誕生したコレクションなのでしょうか?
「この時計を作るに至った背景は3年ほど前にさかのぼります。当時はCOVID-19の影響から、全体的に従業員のモチベーションが下がっていると感じたのです。そこで私は彼らの発奮材料になるよう、新コレクションの製作を計画しました。まったく新しい時計を作る作業は刺激的ですからね。すぐに社内外で活発な意見交換や交流が始まり、そこから徐々にデザインが固まっていきました」
–実機を見ると、文字盤の仕上げ分けや外装の造形など、とても手が込んでいることが伝わります。最近の高級時計に詳しい人であれば、30万円台前半でこのクオリティを実現していることに驚くことでしょう。「チャレンジ賞」の受賞も納得です。
「私が個人的にトラディショナルなものが好きなので、ミレジムの基本デザインにも取り入れました。象徴的なパーツが、セクタータイプ(※2)の文字盤。ただ昔の意匠を再現するだけでなく、モダンさを加えたかったので夜光塗料を塗布しています。39.5mmというサイズ感も、現代にマッチしていると思いませんか? ボックス型の風防はサファイアクリスタル製ですし、もちろんシースルーバック。自動巻きローターはWの形にカットしています。ストラップの剣先にあるWのステッチにも注目してほしいですね」
–特徴であるセクター文字盤には複数の色や仕上げが使われており、これだけでも非常に価値を感じます。一体、どのような工程で作っているのですか?
「残念ながらそれは秘密です」
※1:小売価格が2000スイスフラン(日本円で約35万円)以下の腕時計を対象にした賞
※2:アール・デコ様式の影響を受け1930年代からよく見られるようになった円と放射を組み合わせた文字盤デザイン
優良価格の秘訣はサプライヤーとの信頼関係
–色々とこだわりの詰まったミレジムですが、一番気になるのは価格です。スモールセコンドの時計で34万1000円、センターセコンドの時計では28万6000円です。確かに機能はシンプルですが、クオリティを考慮すると“破格”と思わざるを得ません。
「まず前提として、プライスを維持することはレイモンド・ウェイルの強みです。確かに、時計業界では材料費や燃料費、為替変動に伴う価格高騰が続いています。ですが、私たちは他社に追随して価格を上げるということはまったく考えていません。ではなぜそれが成立するのかというと、サプライヤーとの協力関係があるからです」
–協力関係があるだけで価格は抑えられるものでしょうか?
「いまの時期だけを見ると不思議に思われるのも無理はありません。ただ、時計業界の状況は私の祖父が創業した1976年から何度も困難な時期を経験してきました。私たちが厳しいときもあれば、サプライヤー側が苦境に立たされることもありました。そうした時期にお互いに支え合ってきたからこそ、いまの時期でもブランドの特徴である品質と価格の両立が可能になっているのです」
–ちなみにミレジムにはスモールセコンドとセンターセコンドのどちらにも日付がありません。カレンダーの有無は社内で議論になりませんでしたか?
「もちろんありましたが、ファーストコレクションはトラディショナルがテーマにあったので、結果的に日付をなくすことにしました。あくまでも今回のコレクションに関しての決断で、これからミレジムのバリエーションを増やす中でカレンダーやムーンフェイズがついたモデルを出す可能性はありますよ」
–そういえばここにはありませんが、サーモンダイアルのセンターセコンドモデルがありましたよね? 定番色で固めたバリエーションのなかで少し異色な印象を受けました。
「あれは、個人的に好きなカラー。私自身がトラディショナルな意匠が好きなのでミレジムにもマッチすると思い、これだけは社長権限で入れてもらいました……冗談ですよ(笑)」
–最後に少しミレジムから離れた質問ですが、昨年にバスキアとのコラボモデルを出し、世界的にかなり反響があったそうですね。過去にはAC / DC、ザ・ビートルズ、デヴィッド・ボウイなどとのコラボウオッチもあります。こうした取り組みもかなりユニークです。こうしたコラボはどのような流れで完成に至るのでしょうか?
「今回のバスキアモデルに限らず、アーティストコラボレーションについては私がまず直接アーティストの権利関係を持つ団体にコンタクトを取ります。『今度、そちらのアーティストとのコラボレーションしたい』と。そこから交渉を重ね、承諾を得たらデザインのやりとりなどを経て完成に至ります。そうしたアプローチを始めるのは、完成からさかのぼっておよそ1年半前ぐらいでしょうか。レイモンド・ウェイルは音楽とのつながりを大切にしてきましたし、そうしたアート&カルチャーを感じていただけるブランドであることをお伝えするためには、こうしたアーティストコラボは欠かせません。次のコラボレーションの相手ですか? それはお教えできません。ですが、2年後には創業50周年という大きな節目を迎えるので、ぜひ今後の私たちの展開にご期待ください」
取材後記
筆者にとってエリー・ベルンハイムさんとのインタビューは今回が2度目。前回はフリーランサーのGMTモデルを見せてもらい、その際に次のアーティストコラボの計画がある、とも教えてもらった(それがバスキアモデルを指していた)。それから約1年後、GPHG受賞というビッグニュースとともに再来日。今後はフリーランサーとミレジムを大きな柱として展開していくと語っていた。こうした生産コントロールの臨機応変な対応も家族経営による独立ブランドならでは。そしてその判断がレイモンド・ウェイルの価格維持につながっていることは言わずもがなである。
インタビュー本文では触れなかったが、「レイモンド・ウェイルはこれからも1万〜5万スイスフランで時計を作り続けていく」と、エリーさんは言い切っていた。そして「私たちには競合ブランドは不在である」とも。クラシック、ヴィンテージ、トラディショナルといった要素に、アート&ミュージックというバックグラウンドを含んだレイモンド・ウェイル流のモダンなエッセンスを加えることで、他にはない時計を作り出す。その評価のほどはGPHG受賞だけでなく、審査が厳しいと言われる世界最大規模の時計見本市「ウォッチズ&ワンダーズ」への出展決定からもうかがい知れる。2年後には創業50周年も控えるなど、まだまだ話題の続きそうなレイモンド・ウェイルを筆者は引き続き注視していきたい。
問い合わせ先:ジーエムインターナショナル
TEL.03-5828-9080 https://raymond-weil.jp
TEXT/Daisuke Suito (WATCHNAVI)