ザ・ローリング・ストーンズの名盤『スティール・ホイールズ』など全23作をジャケ・ドローが腕時計に! 結成60周年記念コラボウオッチを仕掛けたインド人実業家に取材

ジャケ・ドローがザ・ローリング・ストーンズとコラボレートしたオートマタウオッチを発表したのは2022年のこと。バンドが結成60周年という節目を記念してのことだった。実はこのストーリーの裏には、ある人物の存在があった。偶然にも対面する機会を得た編集部は、その重要人物にインタビューを行った。

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ミック・ジャガー、そしてザ・ローリング・ストーンズとの50年来の親友が手がけた“誠実なる友情の証”

2月末、ジャケ・ドローブティック銀座では、初上陸となるザ・ローリング・ストーンズ オートマトンが関係者向けに披露された。そしてその場には、本作誕生のきっかけを作ったディリップ・ドーシ氏の姿も。

元インド代表クリケット選手で実業家のディリップ・ドーシ(Dilip Doshi)氏

彼はインドのビジネスマン家系に生まれ、30代でクリケットのインド代表選手となり国際舞台で活躍。イギリスに移って選手活動を続け、引退後は実業家に転身する。以前はモンブランの筆記具や高級商材などを扱い、とある海外の人物評では「インドのラグジュアリー市場を開拓した」とも称されている。

Mr. Dilip Doshi

ドーシ氏は、まだ学生だった1960年代にコルカタでラジオから流れてきたザ・ローリング・ストーンズの『イッツ・オール・オーバー・ナウ』に衝撃を受けて以来、すっかり心酔。いまなお音楽はザ・ローリング・ストーンズしか聴かないのだという。そんな彼の思いが届いたのか、クリケットプレイヤーになってからミック・ジャガーと出会う事となり、意気投合。歳を重ねるごとに関係を進展させていくことになる。

つまり彼は生粋のザ・ローリング・ストーンズファンなのである。ちなみに編集部にドーシ氏を紹介してくれた日本の方もザ・ローリング・ストーンズのファンで、ドーシ氏とは30年以上前からファンコミュニティでの繋がりがあるのだという。そしてその方が今回の来日に際し、ドーシ氏の取材メディアとして唯一、ウオッチナビを選んでくれたわけだ。

聞けば、ザ・ローリング・ストーンズのファンのネットワークは広大な規模で、世代を超えて、世界中にあるのだという。恐るべき結成60年越えのレジェンドバンドである。いや、真に驚くべきは古き良き時代のコミュニティの結束力か。かくして無事にドーシ氏と対面できた筆者は、改めてこのザ・ローリング・ストーンズ オートマトン誕生の経緯について話を聞くことができた。

「ミックとは常に連絡を取り合う仲で、彼と話しているときに『60周年を迎えるにあたって歴史に残るスペシャルアイテムを作ろう』というアイデアが出ました。ちょうど同じ頃に、私はジャケ・ドローからビジネスパートナー要請を受けていたので、双方に私の考えを伝えてプロジェクトが始まったのです。ひとつ重要なこととして『時間を知るにはスマートフォンがあればいい。それよりも、バンドのDNAの象徴となるデザインが必要だ』と考えていました。今までにもロゴをコピーアンドペーストしたようなコラボレーションはありましたが、決してそのようなものでは満足できなかったのです。つまり、今回のプロジェクトは決して妥協を許さない、史上最高のロック・バンドを表現しなければならなかったという事です。その点においてジャケ・ドローは素晴らしいアトリエがあり、あらゆる技術を備えていることは以前から知っていました。ですから、こちらの考えを完璧に再現してくれると確信したのです。また、量産せず、1点ずつ作り上げていくという、他の工業製品とは一線を画すブランドのスタンスにも共感しました」

結果、ザ・ローリング・ストーンズが発表した作品のうち、23種類のアルバムのアートワークをオートマタウオッチに落とし込むという、およそ正気とは思えないプロジェクトがスタート。すでに多くのデザインがコンピューター上で出来上がり、コレクターへ向けて解禁すべく動いているという。

「もし自分の好きなバンドのアルバムをオーダーしたいという人がいたら、デザイン決定後から約8週間から10週間ほどで作り上げることができる段階です。今回、私が持ち込んだのは『スティール・ホイールズ』。1989年にリリースされたアルバムで、ワールドツアーも組まれました。このツアーでバンドは1990年に初めて日本でパフォーマンスを行ったのです。今回、私がここに来る前にスイスのジャケ・ドロー本社に立ち寄った際、『ヴードゥー・ラウンジ』(1994年リリースのアルバム)のタイムピースもありましたが、せっかく日本へ行くならば、ということでこちらを選びました」

時計のデザインと共通の特製ボックス。この箱には『スティール・ホイールズ』のタイトル名が記される。ドーシ氏の手には「ドラゴン・オートマトン」が見える

時計をよく見ると、回転ディスクにはアルバムアートワークが描かれており、バンドのステージセットのミニチュアも見ることができる。オフセットダイアルはアルバム盤面(同タイトルアナログレコードのレーベル面)と共通するグレー基調の模様があしらわれている。全ての塗装、装飾はジャケ・ドローの職人による手作業で、今日では究極的に贅沢である。

「時計に設けた“ステージ”にはバンドのライブ機材を再現しました。ステージに転がるミック・ジャガー(Vo.)のハーモニカ、キース・リチャーズ(Gt.)の5弦ギター、チャーリー・ワッツ(Dr.)のシンプルなドラムセット、そしてロン・ウッド(Gt.)のギターとアンプ他が精巧なミニチュアで作り上げられています。その周囲にある赤と青の“Lips and Tongue”ロゴは当時のツアーポスターのロケットに描かれていたもの。こうした熱心なファンにこそ伝わるような趣向を、他のアルバムをテーマにした時計にも凝らしました。ジャケ・ドローでなければ、ここまでファンの熱意を再現することは不可能だったでしょう」

リューズと同軸のボタンを押すと内部メカニズムが起動。Lips and Tongueのロゴが左右に動きながら下層の文字盤ディスクも30秒間に8回転する。9時側にあるレコード針はパワーリザーブ残量を示す

そして「これはバンドと直接の結びつきはないものの」ということで個人的な質問として追加の情報を教えてくれた。

「私はヴィーガン(完全菜食主義)になって18年なのですが、ミックも長年にわたってベジタリアンであり、ヴィーガンにも関心を持っています。そうした背景もあって時計に革を持ち込まず、ザ・ローリング・ストーンズの時計のストラップにはサステナブルなファブリック素材を使うようにしました。ミックはこの変更点に深いリスペクトを示してくれました。」

ドーシ氏は長らくのベジタリアン生活を経てヴィーガンになったという。今ではヴィーガン生活についてミック・ジャガーと意見交換を行うことも多いという。

「バンドは常に進化を続けています。最新アルバムの『ハックニー・ダイヤモンズ』もとても素晴らしい。私にとってザ・ローリング・ストーンズは、これからも特別な存在であり、私は熱烈なファンであり続けるでしょう」

ストラップを指差し、こだわりを説明するドーシ氏

万年筆でもザ・ローリング・ストーンズ

インタビューの最後には、タイムピースと同じタイミングで持ち込んだという、情報解禁前の万年筆についても見せてもらった。

「ザ・ローリング・ストーンズはまるで洞察力があり、大胆な歌詞も魅力。“アート・オブ・ソングライティング”、作詞もまた芸術だと考えています。そこで私は、彼らの芸術品である楽曲を書き上げてきた、という敬意を込めて筆記具でも60周年に相応しいアイテムを作りたいと考えました。私の娘Vishakhaがコンセプトに関するアイデアを練り上げ、それをモンテグラッパに持ちかけました。モンテグラッパCEOのGiuseppe Aquilaとともに、そのアイデアとヴィジョンを具現化することで、過去に類を見ないほどに驚嘆させられる美しさを誇る、ザ・ローリング・ストーンズモデルを4本作ってもらうことができました。パープル/グリーンとレッドのタイプは、万年筆の8面をヴィクトリアン調のエングレービングとカラーエナメルを交互にデザイン。エナメルの下層にはスティール・ホイールズのハンドエングレービングが入っています。ミックのステージ衣装に着想を得たヴィクトリアン調のモチーフは、スターリングシルバーに直接職人が手彫りしています。これらはバンドの結成年にちなんで1962本限定としました。これはバンドの歴史であり、とっての重要な数字です」

「このほか60年代のジュエリーに着想を得た18カラットのホワイトゴールド仕様の、『シーズ・ア・レインボー』と、イエローゴールド仕様の『ルビー・チューズデイ』のバージョンもあり、曲名にちなんだジェムセッティングを施しています。それぞれペン先にはバンドお馴染みのロゴを刻みました。蓋のクリップにはキース・リチャーズの5弦ギター、そして蓋栓部分にもロゴを入れました。胸ポケットにしまったときにはロゴが見えるようになります。モンテグラッパをこのプロジェクトの共同相手として選んだのは、ザ・ローリング・ストーンズの理念を理解し、私たちとマインド・セットを共有することができ、バンドの大胆さを表現でき得る、あらゆる意味で高級な筆記具のブランドであるという理由です」

関連URL: https://therollingstonesbymontegrappa.com/

取材後記

本インタビューのきっかけは弊社代表メールアドレスに届いた1通のメール。そこから個人間でのやりとりが続き、ジャケ・ドローに事実確認を含め連絡。今回の記事となった。腕時計をメインに扱いながら、音楽や万年筆につながっていく面白さがあるから、時計メディアに携わることはやめられない。筆者は最初、ドーシ氏は時計コレクターだと思い込んでいたが、結局のところザ・ローリング・ストーンズとジャケ・ドローからの使者であったわけだ。

見せてもらった時計は、ドーシ氏に共感する世界各地のザ・ローリング・ストーンズファンにどう映るのだろうか。少なくとも、50年来のファンがミック・ジャガーらバンドのお墨付きを得て作り上げた驚異的とも言えるスペシャルモデルであることに間違いはない。取材後の雑談で、筆者がザ・ローリング・ストーンズに疎くて申し訳ないという話をしたら、新譜『ハックニー・ダイヤモンズ』からでも始められると勧められた。実際にライブ会場では孫、息子、父親と、本人を含む4世代で楽しんでいる親子の姿もあるという。キャリア60年以上のバンドには、もはや時空を超えてファンがいるわけだ。

腕時計も同じく、大切に使えば何世代にも渡って受け継ぐことができるものだが、なんといてもミック・ジャガーは80歳(ドーシ氏は76歳)である。にもかかわらず4月からは北米ツアーをスタートさせるパワフルさ。ジャケ・ドローの時計を通じてザ・ローリング・ストーンズの偉大さを知る、極めて貴重なインタビューとなった。

TEXT/Daisuke Suito (WATCHNAVI) Photo/Katsunori Kishida