高額も納得の特殊素材でソーラー文字盤表現の限界を突破したカシオウオッチ50周年記念限定「オシアナス マンタ」開発秘話
カシオ計算機が行った2024年秋冬の新作展示会で個人的に最も注目したモデルがオシアナスの新作、「OCW-SG1000ZE-1AJR」だった。この時計の発電装置に使われる「ガリウム」は、前年にG-SHOCKのドリームプロジェクトとして1本のみ製造され、オークションにて約6000万円で落札された「G-D001」にも使われたもの。オシアナスの新作も相当な気合が入っていたに違いなく、その開発背景を聞くべく本社で開発メンバーの2名を取材した。
時計事業50周年とオシアナス誕生20周年のWアニバーサリー
–時計事業50周年を記念したブランド横断コレクションの第2弾の中でも、オシアナスが際立っていた印象を受けました。このタイミングで新技術を取り入れることに決めた経緯を教えてください。
佐藤さん:OCW-SG1000ZEは、創業一族の樫尾俊雄のポリシーである「0から1を生み出すものづくりの精神」から、「暗闇の中に光る灯火」をイメージした黒色とゴールド色を使っています。これは同じタイミングで発表された他の5シリーズの限定モデルとも共通デザインです。ただ、オシアナスだけは誕生20周年という節目もあったので、「ここはカシオのデジタルドライブ、アナログ表現の最先端をオシアナスで表現していこう」という決意を持って開発に取り掛かることになったのです。
黒羽さん:最も力を入れたのが新しいモジュールの設計です。ソーラー発電は半導体の働きで光を電力に変換し、それを二次電池に蓄えていく装置です。腕時計の場合、ソーラーセルを文字盤の下層に置くことになるため、どうしても文字盤の素材や加飾に制限が出てきます。この課題について、私たちは2013年の特許技術「遮光分散型ソーラーセル」を発明したり、インダイアルだけで必要な発電量を可能にする技術を開発するなどして、文字盤の表現の幅を広げてきました。
今回のOCW-SG1000ZEではガリウム化合物の太陽電池を使用しているのですが、これは2024年にJAXAの小型月着陸実証機「SLIM」にも使われたシャープの技術を応用したもの。腕時計サイズに組み込むことや室内光でも発電できるようにするなど、カシオのノウハウも提供して作り上げることができました。
–ただ、ガリウムタフソーラーセルは過去にG-SHOCKの2モデルでも使っていますよね?
黒羽さん:それらはかなりの少量生産でしたが、今回のオシアナスの限定本数は350本。これだけの量産化をするための品質管理、製造体制を構築するという点でも新たな試みとなっています。
–ガリウムはレアメタルにも指定されている素材で、かなり高額だと聞いています。実際にOCW-SG1000ZEも定価で55万円となっていますが、具体的にどのようなメリットがユーザーにあるのでしょうか?
黒羽さん:既存のシリコン系ソーラーセルと大きく違うのが照度による発電量です。そもそもの発電量もガリウムの方が通常品よりも2倍から5倍程度の高効率化が図れます。さらに通常品だと1万ルクスより強い光を浴びても発電量はほぼ横ばいとなるのに対し、ガリウムでは1万ルクスを超えても照度と比例して発電量が増えていく、と。結果、1万ルクス以下の照度でシリコンと発電量が同等になるまでガリウムを小型化したとしても、1万ルクスより強い高照度において充電速度が高速化されます。こうした機能進化に加え、デザイン進化もあります。ガリウムを使うことで文字盤の素材の自由度が飛躍的に高まったおかげで、OCW-SG1000ZEでは金属文字盤を使った高品位な表現が可能になりました。
黒羽さん:ガリウムタフソーラーセルは肉抜きしたカレンダーディスクの下層に配置しているのですが、日付の並びで何か気づくことはありませんか?
–1、17、2、18、3、19……数字が1日飛ばしで並んでいますね。
黒羽さん:はい、これは遮光分散型ソーラーセルの考え方を応用し、ソーラーセルに光が当たる面積を平均化するために数字をスキップして配置しているのです。
–確かに! 光発電のことに集中しすぎて忘れていましたが、マルチバンド6とBluetooth接続にも対応していましたね。
佐藤さん:ガリウムタフソーラーはもともと宇宙産業で使われるもので本当に世界の最先端、最高峰の技術。発電効率や受信感度のこともありますが、それを腕時計に使えること自体が私たちにとっても夢が広がる話でした。これまではソーラーセルの存在を感じさせないことに専念して結果を出してきましたが、今回のガリウムタフソーラーは漆黒で見た目にも映えるので、あえて露出させる新しいデザインを考えよう、という発想ができたのです。
黒羽さん:モジュール開発とデザインが、ソーラーセルを主軸に連携して時計を作るプロセスは異例中の異例ですね。ソーラーを見せたり、カレンダーディスクにグラデーションの蒸着をかけたりというのはパーツの設計にも関わってくるので、デザインチームとは本当に数え切れないぐらい打ち合わせを重ねながら開発を進めました。
佐藤さん:その甲斐あって、ソーラーの時計では考えられなかったような立体感のある文字盤ができたと思います。この文字盤は真鍮製で、これにメッキを施したあとに一度ブルーIPを入れてからブラックに塗装し、塗膜ラップを入れているのです。ですからパッと見はブラックですが、強い光を受けるとブルーIPの効果で少し青みがかって見えるんですよね。これはデザイナーのアイデアで、下地の色によって黒の見え方が変わるタキシードのような効果を狙ったもの。コレクション横断の「zero to one」のテーマカラーはブラックとゴールドですが、それを守りながらオシアナスらしいブルーの表現も成立できたと思います。
–先ほど少し話に出ましたが、従来のインダイアルソーラーの時計は金属文字盤ではないのですか? インダイアルだけでソーラー発電が行えるわけですよね?
黒羽さん:確かに発電はできるのですが、金属文字盤だと電波と干渉してしまい受信が困難になります。OCW-SG1000ZEでは電波受信用アンテナの真上に配置されたカレンダーディスクが肉抜きされているので、その隙間を活用して受信をしています。
佐藤さん:インダイアルソーラーの文字盤はポリカーボネイト製で、樹脂できた不透過のミラー材を裏に合わせることで受信感度を維持しながら深みのある黒が実現できました。金属文字盤だと思われていたのであれば、頑張って開発した甲斐がありましたね(笑)。
–OCW-SG1000ZEのサファイアベゼルはOCW-S6000にも使われているものと同じですか?
佐藤さん:実はOCW-SG1000ZEは若干厚く、径も大きくなっています。今までで一番贅沢にサファイアクリスタルを使っていますね。ファセットカットを施した48面体のサファイアは基本的には黒に見えつつ、光を受けると青く偏光するようなブラック蒸着を狙って入れました。内側側面にも青のスパッタリングを施すことで、横から見ても透明に見えないよう工夫しています。
–「オシアナス マンタ」というとスリムデザインが大きな特徴ですが、このモデルはサファイアを厚く設計したり、文字盤の立体感を強調したり、存在感を優先させた印象を受けます。
佐藤さん:OCW-SG1000ZEは、このモジュールだからできる立体的な作り込みを重視しました。
黒羽さん:普通のシリコン系のソーラーセルだとモジュールの上にソーラーを乗せて文字盤がくるのですが、OCW-SG1000ZEの場合はモジュールにガリウムタフソーラーを入れたあとにまたカレンダーディスクを載せていくわけです。こうしたイレギュラーな構造の製造工程も、高額品を手組みしていく山形カシオのプレミアムプロダクションラインの協力によって、350本の限定製造を実現しました。
佐藤さん:OCW-SG1000ZEは、新しい技術を使ってできるあらゆることにチャレンジしてできた渾身の一本。50万円という価格に見合ったものができたと自負しています。本当にガリウムタフソーラーって、びっくりするぐらい高価なんですよ(笑)。さらにサファイアベゼルですし、ケースもオールDLCなので長く綺麗にお使いいただけると思います。50周年を迎えたカシオウオッチの最先端技術を、ぜひオシアナスを通じて知っていただけたら嬉しいですね。
取材後記
取材中の余談として、カシオとシャープの接点は2013年に発明した遮光分散型ソーラーの記事をシャープの関係者が目にしたことがきっかけだったという。そこから限定35本の金無垢G-SHOCK「G-D5000」で初めてガリウムタフソーラーを採用し、その後ユニークピースの「G-D001」にも使われた経緯がある。海外にもガリウムタフソーラーを製造する企業はあるそうだが、腕時計に使えるレベルまで薄く作れるのはシャープの強み。
とはいえ宇宙産業など大型設備が前提のため、腕時計に組み込んでいるのはカシオだけではないかと思われる(以前にカルティエはアイコニックな黒のローマ数字インデックスを利用して光を透過させる「タンク マスト ソーラービート」を出していた。詳細は不明ながら、あれももしかしたら文字盤下層にガリウムベースのソーラーセルを使用しているかもしれない)。
OCW-SG1000ZEには円弧状のガリウムタフソーラーを入れているが、やろうと思えば完全なリングにすることも、文字盤全面にすることもできたという。ただ、サイズの大型化によりレアメタルであるガリウムから取り出せるソーラーの個数が減ってしまい量産が難しくなるため、必要十分なサイズに抑えたとのことだった。ソーラーだけならまだしも、電波受信という機能まで加えると非常に制約が多くなる。それも踏まえると、最新作では金属文字盤が使用可能になった点こそ、重要な技術革新と思える。
これは筆者の勝手な希望だが、今後は消費電力の大きなGPS搭載モデルにもガリウムタフソーラーの高効率発電を活かしてほしいと思う。また、同様に宇宙繋がりでメテオライト(=隕石)文字盤というのも面白そうだ。高額になるという課題を除けば、カシオが推し進めているCMF(カラー、マテリアル、フィニッシュ)デザインを加速させる原動力となるのは間違いなく、開発者でない筆者でさえも夢は広がるばかりだ。
Text/Daisuke Suito(WATCHNAVI) Photo/Kensuke Suzuki(ONE-PUBLISHING)