時計業界の風雲児マニュエル・エムシュCEOに聞く新生「ルイ・エラール」の次なる一手

去る11月某日、新作を引っ提げてルイ・エラールCEOのマニュエル・エムシュ氏が来日した。彼が参画してから大変貌を遂げ、今やスイス時計業界の最注目ブランドのひとつとなった、1929年創業の名門。その最新作と今後の展望について、エムシュ氏にインタビューを行った。

「従来以上にクラフツマンシップに重きをおき、品質にこだわっています」

ルイ・エラールCEO マニュエル・エムシュ(Manuel Emch)。1972年スイス生まれ。デザインや経済学を学んだのち2001年よりスウォッチ グループに入社。ジャケ・ドローのCEOに就任し、「グランセコンド」の開発などでブランドの発展に貢献する。2010年よりローマン・ジェロームに加わりCEOに就任。様々なレアピースやコラボウオッチを発表して注目を集めた。2019年より現職就任。現在に至る。

筆者が前にエムシュ氏をインタビューしたのは2019年のこと。アラン・シルべスタインと初のコラボレーションモデルを発表したときで、まだ肩書きは社外アドバイザーだった。その翌年から同社のCEOに就任し、ブランドの再編を敢行。2024年はそれをさらに推し進め、コレクションの一斉再編を実施したのである。その決断に至った背景を聞いた。

「私が現職に就いてから、ルイ・エラールはよりクラフツマンシップと品質にこだわるブランドにしていきたいと考えました。その一方で、コレクション名があまりにも普遍的であると感じたのです。そこで今回のコレクション名変更では、従来の「エクセレンス コレクション」を「ノワールモン」とし、「スポーティブ コレクション」を「2300」として再定義することにしたのです。ノワールモンとは現在のブランドの本拠地の地名で、2300は創業地であるラ・ショー・ド・フォンの郵便番号です。このように意味のあるコレクション名を冠することは、今後のタイムピースがさらに進化するうえで不可欠だと以前から感じていました。ちなみにいつ頃かは明言できませんが、来年には2300のコレクションから2340というモデルを発表する予定です。この数字はノワールモンの郵便番号に由来します」(マニュエル・エムシュ氏)

「ノワールモン」から発表された新作の第1弾を見ると、確かに文字盤の表現や外装の仕上げのクオリティは従来品とは別物のように感じる。かなり優秀なサプライヤーを使っているのだろう。

「たとえば、今回の最新作となるヴィアネイ・ハルターとのコラボレーションウオッチ第2弾ですが、この時計はセリタ製のムーブメント以外、すべてのサプライヤーを変えています。結果、2020年に発表した第1弾から飛躍的な進化を遂げました。そして、これと同じことがコアコレクションにも起こっているのです。進化を経て別物のようになった時計に対して、同じコレクション名を使い続ける理由が見当たりませんでした」

エムシュ氏が持参した新作2本。左が「グラヴェ・ノワール」、右が「ルイ・エラール×ヴィアネイ・ハルター2」

圧倒的なクオリティと手の届く価格のバランスの取り方

クオリティを上げていくことは当然コストが嵩むことと直結する。ルイ・エラールは魅力的な価格も特徴のひとつだが、そのバランスはどのようにとっているのだろうか。

「現在、ルイ・エラールは約80%をスイス製とするほか、量産化を目指さないことで品質と価格の調整を図っています。私にとって生産本数を増やすことは重要ではありません。それよりもディテールの完成度を高め、クオリティを追求していくことの方が大切なのです」

実際、年間生産本数は以前の2万本から4000本弱へと減少させたそうだ。そうであれば、サプライヤーの変更も納得のいく話。一方で時計の製造本数が絞られれば流通量も減少する。これもエムシュ氏のプランに織り込み済みだった。

「あらゆる店舗に広く置かれるような拡大路線ではなく、ブランドの方針を正しく理解してくれるショップを厳選していきたいと考えています。エナメルやマルケトリなどのクラフツマンシップを駆使した素晴らしい時計を作っているという自負がありますし、それらの製造本数はどうしても限られますからね。先ほどもお話ししたヴィアネイ・ハルターとのコラボレーションは第1弾が3500スイスフランだったのに対し、第2弾となる新作では4444スイスフランとなっています。この価格差にはインフレやパーツの高騰などの要因もありますが、何よりもクオリティを格段に上げたのがその理由です。同様の価格帯でコレクションを展開するブランドが数多くある中で、このやり方だけがルイ・エラールの未来を築いていくものだと私は確信しています」

エムシュ氏の右手にあるのは、彼が友人と勧めているプライベートプロジェクトである「コロキウム」の時計。デビュー作にしてジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリにノミネートされた

エムシュ氏が参画してからブランドのアトリエも縮小したという。その中でもプロダクション部門に最も多くの人材を配属させるところが新生ルイ・エラールらしい。

「ブランドがスピンオフした2000年代前半からルイ・エラールに勤めている方もいますし、現在の従業員の勤続年数を平均すると大体12年ぐらいでしょうか。すごく良いチームワークができていると思いますね。昔の自分は若くして要職に就いていたこともあり、あまり人間関係が得意ではありませんでしたし、それが原因でいくつもの失敗を重ねてきました。そうした経験から、人それぞれにリズムであったり、自由があることを学んだのです。良い時計を作るには、チームワークが良好であることは欠かせません」

「ノワールモン メティエダール “レギュレーター グラヴェ・ノワール”」Ref.LE85248AA13.BVA158 65万9450円 自動巻き(SW266-1キャリバー)、毎時2万8800振動、約38時間パワーリザーブ。SSケース(シースルーバック)。直径39mm、厚さ12.82mm。カーフストラップ。5気圧防水

「ヴィアネイとのコラボレーションは電話の誤操作がきっかけでした」

これまでのキャリアでコラボレーションウオッチを連発してきたエムシュ氏が、以前は人間関係が苦手だったとは驚きの事実である。ルイ・エラールにおいては、そのコラボレーションウオッチの誕生秘話もかなりユニークだった。

「ヴィアネイとのコラボのきっかけは本当に偶然の産物で。ある日、私が山でゴンドラに乗ったとき、ポケットの中で電話が誤作動してしまい彼に連絡を入れてしまっていたんです。私はそれを知らないまましばらくすると、ヴィアネイが電話をかけてきたので『どうしたの?』と聞くと、『着信があったから折り返したんだけど』って。だから私はお詫びもそこそこに『これは運命的な電話だね。一緒に時計を作らないか?』と誘ったんですよね(笑)。新生ルイ・エラールの第1作となったアランとのコラボレーションも今だから言える話ですが、実はブランドの再建プランを私が投資家にプレゼンする場で話したことがきっかけでした。実はその時、まだ彼には承諾をとっていなかったんですよね(笑)。このように、これまでのコラボレーションモデルは最初のやり取りからして様々なプロセスを経ているんです」

新作のプロモーションムービーを制作しているヴィアネイ・ハルター氏(左)とマニュエル・エムシュ氏(右)。仲の良さが写真からも伝わる

たとえキャラクターに版権利用料を支払うようなコラボレーションであっても、手を取り合うのはあくまで人と人であるとエムシュ氏はいう。とくにルイ・エラールにおいては、相手の話を聞き、尊重し、互いに高めあうことで生まれるタイムピースでなければ意味がないのだ。

「1足す1が3になるようなタイムピースを生み出すには、チームワークが欠かせないのです。私たちには特別なムーブメントはありませんから、その分をあらゆるディテールの表現の追求に費やすことができます。ノワールモンではメティエダールを駆使したコラボレーションを推し進めていきます。実は来年に出す予定の2340には、誰か1人と手を組むのではなく、もっと抽象的な対象をパートナーとして協業するプランがあります。多くの方が楽しんでいただけると思いますので、そちらもぜひ楽しみにしていてくださいね」

筆者が約5年前に行ったインタビューには前CEOも同席していたが、そのときすでにエムシュ氏はスイス国旗の十字になぞらえて「新生ルイ・エラールは4つの方針を考えている」と述べていた。今回のインタビューに出た「ノワールモン」「2300」「コラボレーション」「パートナー」は、当時に彼が語っていたプランを体現する重要な柱となるのだろう。この5年の間に起こったパンデミックと戦争により世界は激変したが、それをルイ・エラールが耐え抜くばかりか発展までさせたエムシュ氏の手腕には唸るばかり。次なる一手となる「パートナー」の存在が明らかになる来年が、今から待ち遠しい。

「ノワールモン X “レギュレーター ルイ・エラール X ヴィアネイ・ハルター II ”」Ref.LE85246AA03.BVA172 109万4500円 自動巻き(SW266-1キャリバー)、毎時2万8800振動、約38時間パワーリザーブ。ステンレススチールケース。直径43mm、厚さ10.95mm。カーフストラップ。5気圧防水。世界限定178本

問い合わせ先:大沢商会 時計部 TEL.03-3527-2682 https://josawa-watch.com/louis_erard.html ※価格は記事公開時点の税込価格です。限定モデルは完売の可能性があります。

TEXT/Daisuke Suito(WATCHNAVI) Photo/Kensuke Suzuki (ONE PUBLISHING)