【ルイ・ヴィトン】のウォッチメイキングを支えるマスター・ウォッチメーカー、ミシェル・ナバス氏に聞く今後の展望
ルイ・ヴィトンの創造性豊かなウオッチメイキングを具現化するマスター・ウオッチメーカーのミシェル・ナバス氏が、新作のプレゼンテーションのために来日した。この機会に、ウオッチナビ編集部はインタビューを要請。快諾いただいたナバス氏に、最新作から今後の展望について話を聞いた。
「新しいムーブメントを完成させるためには、何よりも忍耐力がいるんですよ」
WATCHNAVI(以下W)/LVMH WW 2025で発表された「タンブール コンバージェンス」にはセンターローターの新しい自動巻きキャリバーLFT MA01が搭載されています。個人的な意見としては、このLFT MA01が新しい「エスカル」には相応しかったのではないかと考えています。実際のところ、MA01.01の開発は2023年に発表されたLFT023と並行して行われていたのでしょうか?
ミシェル・ナバス氏(以下M)/あなたの意見は確かに面白いですね(笑)。私たちの開発はLFT023が先行していました。その後に「タンブール コンバージェンス」の製作を決めたわけですが、ご存知の通り新しいムーブメントを世に送り出すには多くの時間をかける必要があります。プロトタイプの設計から組み上げて、そこからさまざまな耐久テストや精度チェックを繰り返し、製品化の確証を得てから実際の製作に移るのです。確かLFT MA01は開発に3年以上の歳月をかけているので、新しい「エスカル」にLFT MA01.01を搭載することはありませんでした。新しいムーブメントを完成させるためには、何よりも忍耐力がいるんですよ。
W/そのLFT MA01ですが、これは「タンブール タイコ スピン・タイム」のキャリバーのベースにもなっていると推察します。このセンターローターの自動巻きムーブメントは、開発当初からエアー、アンティポード、センタートゥールビヨンなどの発展性を見据えていたのでしょうか?
M/その通りです。今年のLVMH WATCH WEEKの新作として発表した「タンブール タイコ スピン・タイム」のファミリーへの発展を念頭に置いたものです。この4Hz(=毎時2万8800振動)のムーブメントの特徴として、正確かつ安定的にモジュールを組み込むことが前提になっていたので、合理的な設計かつ頑丈で強いトルクを私たちは求めたのです。もちろん細部に至る美観についても敬意を持って仕上げています。
W/では、LFT MA01をベースにした最新の「スピン・タイム」は、従来のものと構造的にまったく異なるものと考えて良いのでしょうか?
M/はい。まったく違います。私たちには常に改善を重ね、より良いものを作っていきたいという気持ちがありますし、またお客様に新しいものを届けたいと考えています。新しいテクノロジーがあればそれを提供したいですし、さらにその先を追い求めるような姿勢で作品製作に臨んでいます。最新作では2つのマルタ十字のギアを組み込むことで調整がかなり簡便になりました。ジャンピングキューブの送りと戻しの調整がわずかな力で簡単に行えるようになっています。
W/ところで、この「スピン・タイム」のアイデアもあなたが考えたものですよね。一体どのようにして、このユニークな発想が生まれたのですか?
M/ある日、私は空港で椅子に座りながらフライトボードを眺めていたました。あの飛行機の情報がパタパタと変わるフラップ表示板ですね。それを見ながら、「あ、これは面白いかも」と思ったんです。ルイ・ヴィトンには“アート オブ トラベル”の精神が息づいていますから、この表示を活かせた機構なら相性も良いだろう、と。それで、「ラ・ファブリク・デュ・タン」に戻ってから同僚のエンリコ(・バルバシーニ ※ミシェル・ナバス氏とともにラ・ファブリク・デュ・タンを創業)に思いついたアイデアを共有したんです。そうしたら「それ、面白そうだね」となり、その流れから「スピン・タイム」の開発に進んでいったのです。独特なシェイプのタンブールに、キューブを収めるだけの十分なスペースがあったことも功を奏しましたね。
W/今年の新作の中では、とくにアンティポードのアイデアが秀逸だと思いました。「スピン・タイム」の発展型となるワールドタイムの表示方式は、一体どのような経緯で考案されたのですか?
M/ずいぶん前にさかのぼるのですが、エンリコと「12個のキューブで24都市の時間を表示するにはどうしたらいいだろうか」と話し合ったことがあったんです。そこで私たちはひらめいたんです。ちょうど12時間の時差がある都市をひとつのキューブにまとめたらよいのではないか、とね。たとえば日本(キューブ上のTOK)が正午ならリオデジャネイロ(RIO)は深夜12時となる。これら2都市を2段で色分けをすることでAM / PMの表示にも対応しています。
「ルイ・ヴィトンはとても自由な発想で時計作りに取り組める環境が整っている」
W/この機構はあなたの発想でしたが、ルイ・ヴィトンから新しいムーブメントの開発が要請されることもあるのですか?
M/まず最初にお伝えしておきたいのは、ルイ・ヴィトンはとても自由な発想で時計作りに取り組める環境が整っているメゾンであるということです。とても人間らしさに満ちているんですね。だから、私たちも思いついたアイデアをすぐに共有しやすい。さきほどのアンティポードのアイデアのように「ラ・ファブリク・デュ・タン」のメンバーに話すこともあれば、デザインチームに持ち掛けることもあります。もちろんジャン・アルノーに直接伝えることもありますよ。その段階で共感を得られれば実際に製作してみよう、となるわけです。私にとってハイウオッチメイキングはヘリテージであり、レガシーであるので信頼性や正確性は担保するのは最低条件。それに加えて、これまでとは違うものを提供していきたい、というようなことを日頃から考えているので、自由な環境はとても大切です。
W/2023年に発表した新しい「タンブール」は、メゾンの時計のイメージを一新するインパクトがありました。あの時計に搭載されるキャリバーLFT 023もあなたのアイデアでしたか?
M/LFT 023について、我々は薄型のムーブメントを開発したいという思いがありました。実用に耐えるだけの正確かつ頑丈な薄型ムーブメントの開発はとても複雑さを伴いますが、完成することができたならば、とても美しいプロポーションの時計を作ることが可能になります。新しい「タンブール」はスーツの袖にもおさまりが良いでしょう。分厚いムーブメントではこのような設計はできません。
W/では、「タンブール コンバージェンス」に搭載しているキャリバーLFT MA01.01のように、LFT 023もモジュールを組み込んだ発展型が出ることは今後あるのでしょうか?
M/モジュールを組み込むことに関してはやはりLFT MA01.01の方が適していますね。LFT 023はスモールセコンドとセンターセコンドの2タイプがありますが、それらが完成型だと考えています。
W/先ほどからのお話にもあるようにセンターローター仕様のLFT MA01.01はモジュール搭載を前提にしたものだということですが、逆の発想で自動巻きの構造を外して手巻きのムーブメントに作り変える、ということは可能ですか?
M/そういった発想は私の中にはなかったですね(笑)。もしデザイナーが薄型のケースをデザインしたなら、手巻きムーブメントのアイデアを形にしたいと思いますし、その要望があれば私たちは作ることができるでしょう。というか、なぜ思いつかなかったのだろう(笑)。
「私たちはこれまでにないものを作りたいと考えています」
W/最後にメティエダールについてお話を聞かせてください。ルイ・ヴィトンのようなビッグメゾンであれば、ユニークピースの製作のオーダーは絶えないだろうと想像します。実際のところ、昨年発表されたユニークピース「エスカール ア アニエール」や今回の新作「タンブール ブシドウ・オートマタ」などのハイウオッチメイキングは、どのようにして作られるのですか?
M/先ほどもお伝えしたように、私たちはこれまでにないものを作りたいと考えています。そしてそれらの多くは、お客様からの要望をもって叶うものなのです。「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン」では、さまざまな職人技と専門技術が統合されており、それによってお客様のために唯一無二の作品を生み出すことができます。ユニークピースの製作が可能なウオッチメーカーはいますが、彼らだけでなく各パーツに専門の技術者がいますし、エナメルやストーンセット、エングレーブにも卓越した職人が関わります。
W/それらの作品に、著名なエナメル職人であるアニタ・ポルシェさんを起用することもありますよね?
M/「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン」にはメティエダールのワークショップがあり、エナメルマスターも数名います。ただ、何かしらの条件があって自社で内製することができない場合は、外部のエキスパートに依頼することがあります。エナメルであれば、私の長年の友人であるアニタ・ポルシェを頼ることもありました。ただ、いずれはすべてを一つ屋根の下で完結させる体制をより一層強化していきたいと考えています。
W/今回の新作である「タンブール ブシドウ・オートマタ」を観ても、「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン」のハイウオッチメイキングの奥深さが伝わってきます。
M/こちらは今回、東京で行った展示会のハイライトとなる一本です。日本へのオマージュとして製作したオートマタで、サムライとカタナ、ヨウカイ、フジヤマと、あらゆるパーツがオンデマンドで動き、時刻とパワーリザーブ残量を表示する仕組みです。この作品製作を通して、私たち自身も限界を突破し、さらなる高みに到達できました。私たちが大切にしている卓越性とクラフツマンシップを巧みに表現した一本だと思います。
W/妖怪、という発想が面白いですね(笑)。
M/それは、なにかアクセントを加えたかったデザイナーの遊び心でしょう。ちなみにサムライが口を開くと、武士道と書いてあったりもします(笑)。
W/そうしたルイ・ヴィトンのユーモアを目の前で楽しめるのはオーナーの特権、というわけですね。これからも新たな時計表現を楽しみにしています。
問い合わせ先:ルイ・ヴィトン カスタマーサービス TEL.0120-00-1854 https://jp.louisvuitton.com/jpn-jp/homepage ※価格は記事公開時点の税込価格です。限定モデルは完売の可能性があります。
Text/WATCHNAVI編集部