ニューヨークでは腕時計の「スキップ・ジェネレーション」が流行中!? 150年の歴史を持つブローバのキーパーソンに聞く“時計市場の変化”
5月22日、東京・銀座にてブローバが創業150周年を祝して製作した映画の関係者向け上映会が行われた。会場となった「シネスイッチ銀座」に多くの関係者が来場。ロビーに展示された過去のアーカイブや最新タイムピースを鑑賞しながら、一世紀半の歴史を持つアメリカンブランドの足跡を振り返っていた。ウオッチナビ編集部では、このイベントに合わせてアメリカ本社から来日していたブローバのグローバル商品統括責任者スーザン・C・チャンドラー氏に対面インタビューを実施。創業150周年の歩みと現在の時計市場について話を聞いた。
創業150周年に向けた取り組みは2年以上前から構想
WATCHNAVI(以下W):チャンドラーさんは、2016年にブローバに入社されましたが、以前はどのようなお仕事をされていましたか?
チャンドラー氏(以下C):宝飾業界や複数のプレステージブランドで北米市場の商品開発を担当していました。宝飾と時計を合わせたキャリアは30年以上ですね。腕時計はとても素晴らしい歴史、製品があり、それらが多くのことを私に教えてくれるので日々とても楽しく過ごしています。
W:ブローバは今年、創業150周年という大きな節目を迎えました。映画の上映イベントにも今晩伺いますが、アニバーサリーイヤーに向けた準備はいつからしていたのですか?
C:今年のプロジェクトは2年以上前から準備を進めてきました。プロダクトでいうと、ブローバの歴史を皆さんにお伝えできるような時計を作りたいと思い、構想を練っていました。たとえば、262KHzのハイプレシジョンクオーツを搭載した「マリンスター」ですね。この時計は、1970年代のオリジナルモデルにルーツを持つ時計でディテールやサイズも当時のものを再現しながら、現代技術によって作り出したムーブメントを備えているという二面性がお楽しみいただけます。
W:そして、「ミルシップ」ですね。現代ダイバーズウオッチの歴史を知る人ほど、興味深く接することのできる時計だと思います。
C:150周年記念モデルとして、自然な経年変化が楽しめるブロンズをミルシップのケースに初めて使いました。この時計は、NASAや米軍の要請で1957年に試作機として開発された11本のダイバーズウオッチにそのルーツがあります。当時はブローバ以外の時計メーカーも参加し、米軍のためのダイバーズウオッチの開発を行っていました。結果的に私たちは別の要因で開発競争から手を引くこととなり、軍への納入業者はレイヴィル-ブランパンに決まったのですが、こうした希少性と開発エピソードが極めてユニークであることからアニバーサリーモデルに相応しいと考えました。
W:創業150周年プロジェクトを進める中で新たな発見やインスピレーションを得たことなどはありますか?
C:ブローバは女性の社会進出を最も早く予見していた時計メーカーであったと思います。アメリカでは1920年に婦人参政権が認められましたが、その頃の女性が持っていた時計は主に男性からのプレゼントされた、ペンダントやブローチのような装飾品だったようです。対してブローバでは、ビジネスでの着用を想定した女性用の腕時計をすでに製作していました。また、1970年代の女性解放運動でも「EQUAL PAY. EQUAL TIME.(同一賃金。同一時間。)」とのキャッチコピーの後ろにアキュトロンを着用した男女ががっちり手を組んだ写真を載せた広告を製作しています。なお、婦人向けの最初の時計コレクションは「ルビア」といって、いま私も着用しているロングセラーです。とても気に入っていますよ。
豊富なコレクションからエリアにあったモデルを戦略的に展開
W:しかしながら、いまルビアは日本で未展開となっています。こうした各国によるコレクション展開の調整はあなたが行なっているのでしょうか?
C:おっしゃる通りです。ブローバにはとても多くのコレクションがあるので、私があらゆる国や地域の担当者とコミュニケーションをとりながら、そのエリアの嗜好やトレンドに合った展開を担当者と決めています。日本市場は時計への理解が深く、デザインやメカニズムへの感度が高い方がとても多いので、私たちのコレクションの中でもとくにストーリーのある製品を重視しています。新作のクラシック マキナも、日本では初めて知る方が多いシリーズかもしれませんが、実は2021年から展開しています。ただ、今回の新作はブレスレットの作りや外装の仕上げにかなり時間をかけて開発した自信作なので、日本でも取り扱うことになりました。
W:アメリカのBULOVAオフィシャルサイトには膨大な数のコレクションがあるので、その中からエリアにあった製品を戦略的に展開していく方法は正しいと思います。そういえば、ブローバの本拠地である北米における1500ドル未満の腕時計のシェアは、パンデミック以前の2019年のデータで1位がシチズン、2位がブローバという資料を見かけました。このシェアは現在も維持されているのでしょうか?
C:はい。いまもシェアは変わっていません。パンデミックの期間は店頭で時計を買うことができずとても厳しい状況ではあったものの、うまくEコマースを成長させることができました。現在、北米ではシチズンとブローバの2ブランドでおおよそ40%を占めていると言われています。また、興味深い傾向としてアメリカでは若者が腕時計を着けるようになっています。彼らが好むのは「スキップ・ジェネレーション」の腕時計、つまり彼らの親世代ではなく祖父や祖母の愛用品を着けることがクールなファッションとして流行っているんですよ。このトレンドが豊かな歴史を持つブローバにとって非常に良い追い風になっています。
加えて、時計ブランドとして唯一、本社がニューヨークの中心地にあるというのも大きな強みだと考えています。この街の人々にブローバがどれほど愛されているかは、ニューヨークに来ていただければすぐにお分かりいただけると思いますよ。ちなみに、エンパイアステートビルの29階に私たちの本社があるのですが、このフロアは元々ビルの機械や空調の設備があったところで、オフィスとして使ったのはブローバが最初でした。私たちは“WORLD FIRST”という言葉が大好きなので(笑)。
W:確かにラジオやテレビのコマーシャル、音叉式電子時計「アキュトロン」、湾曲したクロノグラフムーブメント搭載の「カーブ」などに代表されるように、確かにブローバには数々の「世界初」のエピソードがありますね。それ以外にも多くのエピソードがブローバにはありますが、果たして今後はどのようなブランドになっていくのでしょうか。
C:創業者であるジョセフ・ブローバは1875年にボヘミア(現在のチェコ)からアメリカンドリームを目指して単身渡米し、小さな時計店から大企業へと自身のブランドを導いた人物です。時計の製造に希望を見出し、人々の要求に応え続けることができた彼の鋭い先見の明があったからこそ、ブランドは早い段階で発展を遂げることができました。そうした創業者の開拓精神はいまも私たちへと受け継がれているので、150年から先も常に歴史的な価値を大切に守りつつも新しいことへの挑戦は続けていくでしょう。それと同時に1000ドル未満の価格帯を今後もメインに据え置くことで、いつの時代にも若い世代の人々に愛用していただける存在でありたいですね。
取材後記
ブローバは現在、時計の製造をシチズン関連グループで行なっている。チャンドラー氏によると、スイス製にこだわらなければ価格対比の品質の良さでは日本製が最も優れているという。ニューヨークでデザインされ、シチズングループで製造、品質管理される腕時計という事実だけでも十分な魅力だが、さらにブローバには150年という長い歴史もある。また、海外ブランドでありながらシチズングループにあるため内外価格差がしっかり調整されている(いまは空前の円安時代がネックではあるが)のも極めて良心的だ。
腕時計の「スキップ・ジェネレーション」というトレンドは、おそらく“スキップされる世代”にあたる40代半ばの筆者にとって少し寂しい話ではあるものの、機械式腕時計の黄金時代である1960年代前後の製品は本当にバリエーションに富んでおり、世代を超えて愛されるべきものが多い。実際、多くの時計ブランドがこのあたりの製品をリバイバルしたり、ブランドごと復活したり、といった事例も増えている。いつの時代も流行は移りゆくものではあるが、若者世代が腕時計を着用しているという話題は時計専門メディアとして嬉しい限り。そのまま腕時計を着用する習慣が、多くの人に再び根付いていくことを願うばかりである。
問い合わせ先:ブローバ相談室 TEL.0570-03-1390 https://bulova.jp/ ※価格は記事公開時点の税込価格です。
Text/Daisuke Suito (WATCHNAVI) Photo/Kazuyuki Takahashi (PACO)