LVMHグループによる会社の中の時計学校。世界のどこでも活躍できる一流のウオッチメーカー輩出を目指して

時計製造のオートメーション化が進む一方で、今でも職人の技術がものを言う分野がある。それがアフターサービスだ。とくに機械式時計は一生モノとして使われることも多く、定期的なメンテナンスは必須であるし、各メーカーにとって腕利きの修理技能士の確保は急務となっている。そのような現状を打破すべく、LVMH ウォッチ・ジュエリー ジャパンが画期的な育成プログラムをスタートさせた。この設立に尽力した同社取締役COOのジュリー・ブルジョワ氏とカスタマーサービス ディレクターの林繁氏に、プロジェクトの目的や将来の展望について尋ねた。


↑「LVMH Watches & Jewelry ウォッチメイキング アカデミー」のトレーニングルーム。まさに会社の中の時計学校だ

高級時計におけるアフターサービス体制強化のテストケースとなるか!?

 

4月某日、LVMH ウォッチ・ジュエリー ジャパンの“時計の学校”として設立された「LVMH Watches & Jewelry ウォッチメイキング アカデミー」が開校した。これは、世界に通用する時計修理技能士の育成を目的とした、同社初の本格的な人材育成プロジェクトである。記念すべき第1期生として、これまで時計とは深い縁はなかったという18歳と19歳の2名の青年が入学した。彼らはメカニズムの基礎知識から修理に関する技術、さらには歴史や語学に至るまで、世界のどこでも活躍できる一流のウオッチメーカーを目指し、同社のサービスセンターで学ぶこととなる。


↑(左から)LVMH ウォッチ・ジュエリー ジャパンの取締役COOジュリー・ブルジョワ氏と、カスタマーサービス ディレクターの林繁氏

 

(ジュリー氏)「スイスやイギリスといった時計文化を現代に伝える国でも、大きな市場を持つアメリカにおいても、ウオッチメーカーのリクルートは難しい状況にあります。それは日本においても同様で、熟練の修理技能士の多くが一線から退く年齢となる一方、新しい世代がチャレンジしにくい環境となっています。LVMHグループとしても経験豊富な技術者の技を継承させたいですし、世代交代の中で新たなアイデアが生まれてくることにも期待しています」

日本国内には時計の専門学校が複数存在しており、国家資格である時計修理技能士になるための手段はいくつかある。しかし「LVMH Watches & Jewelry ウォッチメイキング アカデミー」がユニークなのは、生徒だとしても“正社員”として雇用されている点だ。

(ジュリー氏)「生徒となる2人には、まずは2年間にわたって時計の理論をみっちり学んでもらいます。このプログラムが特別なことは、技術と経験を持つ修理技能士が常に周りに居る環境に身を置けることで、ワークショップにも参加してもらい実践の中でスキルを磨けることにあります。そして2年後には、オーバーホールや一連のリペアの技術を習得したウオッチメーカーとして、サービスセンターの即戦力となることを目指してもらうこととなります」

実際のカリキュラムについてはアフターサービスの現場キャリアが長い、林氏が答えてくれた。

(林氏)「我々カスタマーサービスの仕事は、プロダクトの開発や製造ではなく、アフターサービスに特化しています。ウオッチメーカーは作る技術者だけを指すのではなく、修理の技術者もそこに含まれ、むしろ修理には経験や専門性が問われます。カリキュラムは、後者であるアフターサービスに不可欠な技術や知識に特化したものとなっており、実践的な内容となっています。たとえば午前にある理論を学んでもらい、午後に関連する実技を体験してもらう。このような連携したプログラムによってこそ、実力が身につきます。まずはウオッチメーカーとしての基礎を学んでもらい、そのうえで専門性を極めてもらうこともできるでしょう」

生徒だけではなく、教える側にとっても効率的なカリキュラムの構築。アイデアマンの林氏らしいノウハウが活かされている。


↑ゼニス、ウブロ、タグ・ホイヤー、そしてブルガリという、時計界を代表する4メゾンの協力体制のもとでスタート

 

日本の風習やモノ作りを重視し、プロジェクトが立ち上げられた

(ジュリー氏)「日本もスイスも、モノ作りに対するリスペクトを持つ国民性。それは道具を大切にするカルチャーが育んだ証といえるでしょう。この哲学から企画されたLVMH Watches & Jewelry ウォッチメイキング アカデミーに近いプロジェクトは、ゼニスがスイスで、タグ・ホイヤーがスイスとアメリカで実施しています。しかし大きく異なるのが、ウブロ、ブルガリ、ゼニス、タグ・ホイヤーの4社のメンテナンス技術を、ボーダレスに学ぶことができることにあります」

LVMHグループとしても大きなチャレンジだ。それは、社風から生まれたものともいえる。

(ジュリー氏)「LVMHグループ全体で大切にしていることは、イノベーションとクリエイティビティ。それはプロダクトに対することだけではなく、働くヒトに対しても同様のことを求めています。クラフトマンシップやスキルは当然ながら、新しいアイデアを生むためのオープンマインドな人材を求めているのです」

(林氏)「私自身の体験となりますが、ウオッチメーカーは個々での作業が大半であるぶん、上司や先輩に話しかけにくかったり、教えを乞うために気を遣い過ぎる経験をしました。それは効率的ではないですし、クオリティに悪影響を与えることもあります。ですから今回のプロジェクトは、メンターシステム(経験豊富な先輩社員=メンターが、後輩社員=メンティをサポートし、キャリア形成や業務上の課題解決を援助)を導入しています。ジュリーが話したオープンマインドというのは、コミュニケーション能力やその雰囲気作りも含めたことです。結果、クオリティも皆のモチベーションのアップにも繋がることとなります」


↑「LVMH Watches & Jewelry ウォッチメイキング アカデミー」は継続的なプロジェクト。第2期生の募集も予定されている

 

ラ・ショー・ド・フォンでは、タグ・ホイヤーとゼニスの専門技術や卓越性を学ぶことができる「エコール・デュ・ロジュリー LVMH」も存在している。こちらは4年制のアカデミーで、正社員の雇用形態ではないと聞く。今回あえて“正社員”としたのは、日本の風習への配慮や時計文化の将来を真剣に考えてのことだろう。

(ジュリー氏)「仕事に真摯に取り組み、器用な日本人技術者は海外から高く評価されています。ですから、ここで学ぶ生徒には自由な発想と情熱を持ち、グローバルでオープンマインドであれば、時計の本場であるスイスでも活躍できるチャンスであることを伝えていきたいです」

(林氏)「時計の修理は、正確に素早くが基本で、それがお客様の信頼に繋がります。このアカデミーを修了したとしても実力は常に試されますし、進化するメカニズムに併せて新たな技術の習得も必要となるでしょう。これはLVMH ウォッチ・ジュエリー ジャパン独自のプロジェクトですが、もちろん本国の了承のもとに開始したものです。海外からは技術者の人材確保の試みとして、注目されています」

時計の技術や伝統を継承するための一歩となる「LVMH Watches & Jewelry ウォッチメイキング アカデミー」が、日本から生まれたことは実に誇らしい。華やかなラグジュアリービジネスの支柱のひとつがアフターサービスであり、ブランドの実力や修練が最も試される部分ともいえる。まさに水面下ではメーカーによる先行投資の意図を含んだプロジェクトが進行しており、それを認識するきっかけとなった。

 

〈BVLGARI〉https://www.bulgari.com/ja-jp/

〈HUBLOT〉https://www.hublot.com/ja-jp

〈TAG HEUER〉https://www.tagheuer.com/jp/ja/

〈ZENITH〉https://www.zenith-watches.com/ja_jp

 

Text/山口祐也(WATCHNAVI編集部)