「失われつつあった伝統を取り戻したい」超個性派スイス時計ブランドの若き新CEOインタビュー

1955年に創業し、今年で70周年を迎えるスイス、ラ・ショー・ド・フォンの名門「コルム」が、再び100%スイスウオッチブランドとしての新たなスタートを切る。運命の鍵を握るのは、2011年にウオッチメーカーとして入社以来、約15年にわたってコルムひと筋でキャリアを重ねてきたハソ・メフメドヴィッチ氏だ。日本の市場視察のために来日した新CEOに、WATCHNAVI編集部はインタビューを行った。

「創業者が生きていたら何をするか」を常に考えている

輪列が縦一列に並ぶ「ゴールデンブリッジ」はコルムの革新的な時計作りの象徴。このキャリバーではトゥールビヨンを備える

新生コルムの陣頭指揮を執るハソ・メフメドヴィッチCEOは、今回が初来日という。彼は時計製造の学校を卒業後まもなくコルムに入社。ゴールデンブリッジの美しさに感動し、コルム1社のみを狙って応募したのだという。ウオッチメーカーを経て品質管理、セールスも担当したほか、2年間は中東のコルム代理店でも勤務した経験を持つ彼は、ブランドのあらゆる部分を内側と外側から知り尽くす。まさに新CEOに相応しい人選だが、そんな彼をCEOに任命したのは一体誰なのか?

「今回のコルムの再編については、約12年にわたり経営母体だったシティチャンプ・ウォッチ&ジュエリー・グループ(エテルナなどを傘下に持つ香港の企業)から、私がMBO(※マネジメント・バイアウト:経営陣による買収)を主導しました。必要な資金についてはラグジュアリー業界や金融業界での経験が豊富な少人数のスイス人投資家グループにも協力を得ています。私のMBOのプランはすぐに聞き入れられ、彼らとは5分程度ですぐに話しがまとまりました。それほどコルムというブランドのスイス復帰が期待されていたのです」(ハソ氏)

ハソ氏は、コルムがまだ独立ブランドだった2011年よりウオッチメーカーとして働いてきた。だが、当時のアントニオ・カルチェCEO時代については、あまりブランドのヴィジョンを把握していなかったそうだ。その後、グループ企業の傘下になり、複数の要職に就くにつれて色々な思いが募っていったという。

「現在のコルムはエントリーレベルからコレクションを展開しています。それ自体は多くの方に時計を見ていただけるのでポジティブに捉えています。私たちの代表作である『ゴールデンブリッジ』や『アドミラル』『バブル』は時計界においても極めてユニークであり、いまなおパーフェクトなタイムピースですからね。一方で、コレクションの幅が広がり過ぎたとも感じているので、これから製品の再構築を行うつもりです。取捨選択や製品開発の基準は、ブランドの創業者であるルネ・ヴァンヴァルトの視点。彼がいまのコルムを見たとき、どのような判断をするかを常に考えています」

コルムが1964年以降に手がけたコインウォッチの数々

スイス時計界でおそらく最年少のCEOが描く未来予想図

32歳という若さでCEOとなったハソ氏が拠り所にするのは、創業者の想いだ。改めて独立したスイスウオッチブランドとなったコルムを、今後どのように導いていくつもりなのか。

「今回の来日も新体制の一環といえるのですが、シティチャンプ時代のコルムはあらゆる面でコミュニケーションが足らず、それが低迷の要因になったと考えています。たとえば日本は私たちにとって大切な国であるはずですが、これまでのCEOはオフィシャルリテーラーへ足を運んだり、エリアごとの市場を調査したりといった行動を十分にできていなかったようです。こうした内向きな姿勢を変えていきたかったので、私はCEOに就任してすぐ最初の海外視察の国として日本を希望しました。自分自身、初めて日本に来ましたが人々がとても丁寧で、あらゆる物事にリスペクトが詰まっており、本当に学ぶべきところが多い国です。とくに和食は自分にとって大好きな食べ物になりました(笑)」

市場視察に限らず、コミュニケーション不足もまた時計製造の現場においても起こっていたとハソ氏は言う。

「先ほどもお話しした通り、コルムはとても幅広い価格帯でコレクションを展開しています。ただ、この戦略を私たちのパートナーであるサプライヤー企業と共有することが非常に難しい。たとえば4000スイスフランと4万スイスフランの時計のケースを同時に発注するとして、その価格差に見合うクオリティで仕上げてほしいというのでは誰も得しませんよね。私たちがプロフェッショナルな仕事に対するリスペクトが欠けていると思われても仕方ありませんし、長きにわたって築いてきた信頼関係も失うでしょう。今後の具体的な戦略についてはお伝えできませんが、来年以降に発表していく新作にご期待ください」

コルムは創業70周年にあたる今年をネクストステージに向かうための準備期間としている。そのため、ハソ氏の手腕が発揮された時計を見るには2026年まで待つ必要がある。とはいえ、今後のコルムのムーブメント事情は気になるところ。シティチャンプ時代はエテルナから供給を受けることもできたが、果たしてコレクション再編後はどこから調達することになるのか。

「申し訳ないのですが、それも今の段階ではお伝えできません。ただ、新作を公開するタイミングになったら包み隠さずお知らせしますよ。これからのコルムはオープンなブランドになっていきます。新体制の準備はまもなく整いますので、ぜひラ・ショー・ド・フォンにある私たちのマニュファクチュールを取材しにきてくださいね」

コルムCEO兼取締役会長、ハソ・メフメドヴィッチ氏。1992年、ボスニア生まれ。現職就任以前は同ブランドのインターナショナル・セールスディレクターを担当

インタビュー後記

32歳という若きCEOは、約1時間のインタビューの間、繰り返し「創業者の想いを受け継ぐ」趣旨の発言をしていた。確かにコルムは創業間もない1957年に「ゴールデンチューブ」を発表して以降、実際の20ドル金貨を用いた超薄型時計「コインウォッチ」や孔雀の羽を文字盤にセットした「フェザーウォッチ」など、現代時計界における“メティエダール”の観点から見ても極めてユニークなタイムピースを早くから手がけてきた。そして、そうした功績が認められて創業者ルネ・ヴァンヴァルトは2000年に“時計界のノーベル賞”と称されるガイア賞のクリエイション部門を起業家として初めて受賞するに至ったのである。

偉大なる創業者が築き上げてきたアヴァンギャルドな時計製造の伝統をハソ氏が再び実践していくのだとしたら、これほど注目に値するブランドはない。一方で、今後のコルムが1000万円超のハイウオッチメイキングの領域で勝負するブランドになるのであれば、筆者としては少しさみしい気もする。ともあれ、停滞感のある時計市場に新風が吹き込まれることは専門メディアとしては大歓迎。果たして2026年にコルムはどのような新作を披露するのか。いまから楽しみにでならない。

Text/Daisuke Suito (WATCHNAVI)