機械式時計界を2度救ったブランド・オリス会長が明かす再興秘話”1980年代、最先端だった東京で見た光景に機械式時計の復活を予見した”

「1980年代に機械式時計の復活を予見できたのは、東京で得た自信のおかげです」

独自のデザインと実用性の高い機構が特徴的なオリスに、世界の時計ファンが注目しています。9月末から10月にかけ東京・南青山にて6日間限定でオープンした「オリス ポップアップショップ」に駆けつけたオリス会長ウルリッヒ・W・ヘルツォーク氏に、新しいオリスの日本戦略について聞きました。

自社製ムーブメントを搭載した上位コレクションに注目

オリス会長 ウルリッヒ・W・ヘルツォーク氏

──毎年のように日本に来られていますが、今回で何度目になりますか?

最初に来日したのは1985年です。それから年に1、2回来ているので、もう50回くらいになりますね。東京がほとんどなのですが、大阪や京都にも行きました。地方にはあまり行ってないので、もっとゆっくり日本を旅してみたい気持ちはあります。ちなみに今回は、成田空港の入国審査がスムーズになっていて驚きました。

──かつてヘルツォークさんは、「飛行機はエコノミークラス、秘書はパソコン」とおっしゃっていましたが、今でもそうですか?

はい、ここに(ノートパソコンを指して)秘書がいます(笑)。今でもファーストクラスは使わないですね。さすがに今回の来日ではビジネスクラスで来ました。身体を大切にしないといけない年齢(75歳)ですからね。今回いっしょに来日した妻に、ちょうど飛行機の中で話したところでした。「ずっと長い間、エコノミークラスで来てたんだよ」って。

──今回の来日目的である「オリス ポップアップショップ」は、これまでにも海外では仕掛けてきたのですか?

そうですね。2年くらい前から、最初はスペインで、あとロンドンとか、いろいろな国でやっています。アメリカではトレーラーを使って、移動ショップを展開しています。エンドユーザーの皆様との距離を縮めて、直接コミュニケーションを取れるという意味で、とても有意義だと思っています。

9/26~10/1の期間限定で表参道にオープンしたオリスのポップアップショップ。最新の自社キャリバー114を搭載したモデルなどを商品カテゴリ別に展示し、オリスの新たなる世界観が味わえる構成となっていた

80年代、南青山のコム デ ギャルソンで販売されていたオリス

──クオーツショックで、スイス機械式時計ブランドのほとんどが窮地にあった1980年代、ヘルツォークさんは東京出張の際に、おしゃれな若者たちの間でオリスの機械式時計「ポインターデイト」や「ビッグクラウン」の人気が高まっていることを知り、機械式時計の復活を信じたと聞いています。その場所は、このあたり(東京・南青山)でしょうか?

まさに、そうです。南青山のコム デ ギャルソンとポール・スミスで、オリスが販売されていました。それでクオーツ時計の生産中止を決定し、機械式時計復活の先陣を切って、技術革新に努めたのです。

1987年発刊のシティマガジン。クオーツ時計全盛の時代にオリスは同誌に広告を出していた

この雑誌は1987年の『シティマガジン』です。今見ても、とてもスタイリッシュな誌面です。そして、これがフランスで一番最初に出したオリスの広告。パリと東京の文字が入っています。クオーツ全盛の時代に、当時の最先端を行っていたパリと東京で機械式時計が盛り上がっていたのです。

現在も東京は時代の最先端です。スイスで、東京はデザインの街として知られています。このあたりのお店は、みんな本当におしゃれですね。

──「初めての機械式時計はオリスだった」という時計ファンが日本には数多くいます。今年「オリスジャパン」を設立しましたが、今後、日本市場での戦略に変化はありますか?

私がオリスのトップになって、最初にオリスの販売を始めたのが日本とフランスです。日本では、コストパフォーマンスに優れた機械式時計として、ずっといいイメージで受け入れられていました。ただ、この5年くらい、オリスにとって日本市場は停滞していたと思います。他の国ではイメージアップが図れていたのにです。

たとえば2014年、オリスは35年ぶりに自社ムーブメントを開発しました。それ以降も、毎年新バージョンを発表しています。10日間パワーリザーブを搭載するなど、ハイスペックなムーブメントですから、これまでの価格帯より高く、60万円以上します。

大型リューズやコインエッジベゼルなど、オリジナルの意匠を受け継ぐ定番モデルの新作。日付は文字盤外周の数字をポインター針で指し示す。「ビッグクラウン ポインターデイト」(右)18万9000円/SS、ケース径/36mm

他国ではうまくいっているコレクションですが、日本では最近勢いが止まっていました。新しいオリス像をうまくアピールできず、よりハイスペックなモデルに日本市場がついてきていなかったのです。これからはリーズナブルなモデルを継続しながら、さらにステップアップできる上位コレクションにも力を入れていきたいですね。

そのために、ポップアップショップを含めたマーケティングを強化していきます。ふさわしいメディアを通した一般のお客様とのコミュニケーション、ブランドイメージに合う、オリスを理解してくれる時計店としっかり組んでいきたい。SNSをはじめ、デジタルマーケティングにも投資していきます。印刷物とインターネットをバランスよく組み合わせていきたいと思っています。

1938年に誕生したビッグクラウンに、24時間セカンドタイムゾーン表示を持つ自社開発ムーブメントCal.114を搭載。30分単位で時刻調整できるため、インドなど時差30分単位の国にも対応する。「ビッグクラウン プロパイロット キャリバー114」(右)71万2800円/SS、ケース径44mm

これからの腕時計は二極化していく

──アップルウオッチについては、脅威に感じますか?

スマートウオッチは、まず価格帯でオリスの競合ではありません。便利だけど、しばらく使ったら新型に買い替えるものです。

対して機械式時計はエモーション、気持ちが入っていくもの。たまには飽きてしまうことがあるかもしれませんが、何年かして、また使いたくなるものです。スマートウオッチとはまったく別物だと思います。

機能だけを追い求める時計と、感情や思いを込められる時計。これからの腕時計は、二極化すると思います。

 

──最後に、日本の時計ファンにメッセージをお願いします。

1985年から日本の時計ファンの皆さまにご愛顧いただいて、心より感謝いたします。皆さまの支えがあってこそ、現在のオリスがあると思っています。これからもっと、皆さまのニーズを吸い上げて、期待に応えられるよう頑張ります。機械式時計に対する愛を深めていただけるように、精いっぱい頑張ります。

もちろん、20万円台のリーズナブルな価格帯も、これまで以上にしっかりやっていきます。それと同時に、自社ムーブメントの価格帯も定着させていきたい。上位コレクションによって、ブランドとの真剣な姿勢を示したいですね。

──ありがとうございました!

オリス会長 ウーリックウルリッヒ・W・エルゾックヘルツォーク氏。1943年スイス・バーゼル生まれ。1982年にオリスの共同経営者となり、以来、時計界でも珍しい独立資本体制を維持し、ユーザーを最優先した独自戦略を貫く。2001年より現職