MY TIME〜私の時間術〜 Vol.3 1秒1秒を大切に積み上げている――吉田尚記(ニッポン放送アナウンサー)
時間は誰にでも平等。だからこそ1日24時間、その限られた時間をどう使うかが「人生を楽しむ」ための鍵となります。様々な業界で活躍する人物から「時間術」を聞く本連載。第3回はニッポン放送アナウンサーの吉田尚記さんにお話を聞きました。
撮影/高橋敬大 文/赤坂匡介
「日本でいちばん有名なラジオの局アナウンサー」と言っても過言ではない吉田さん。ラジオ愛にあふれ、リスナーを「友だちだと思っている」というその姿勢は多くの人から支持を受け、今や局アナの枠を越え、イベントMC、執筆など幅広い分野で活躍しています。一方で、現在も週に5回の生放送をこなすなど、その生活は多忙を極めています。
そんな吉田さんに日々、どんな時間の使い方をしているのか聞いてみると、そこには「失敗やトラブルは財産」という吉田流の時間術がありました。
――週に5回の生放送だけでも充分にお忙しい中、さらにさまざまな活動をされている吉田さんですが、毎日欠かさずしている“日課”はありますか?
僕は月曜から木曜まで『ミュ〜コミ+プラス』という番組の生放送を担当しています。さらにイベントの企画やMC などをしている関係もあって、出勤時間や起床時間は日によって異なるんです。
本当は毎日、決まった時間に起きた方がいいのかもしれませんが、僕はそもそもペースというものを意識していません。基本は「目の前のものに全力で向き合う」というのが僕のスタイルです。だから長期的な展望のようなものも持っていません。これはあえて、というより、そういう性格なんでしょうね。
ただ、「いつまでにこれをやる」という課題があったら、期限より先にやります。目の前に来たら、すぐに取り組むようにしています。
――ただでさえ忙しい中で、「すぐに取り組む」はかなり負担ではないですか?
僕は日々を、フルマラソンではなく、短距離走を何本も走っているような感覚で過ごしています。正直、無理をしていないと言えば嘘になるかもしれません。ただ、目の前にあるものを放置しておくと、自分の気持ち的に落ち着かないんです。だから、できるかできないは別問題で、まずは「箱を開けてみる」というのを大切にしています。
――業務量が増えれば、ときにミスもあると思います。その中で、失敗することが怖くなることはないですか?
ないですね。最近だとAIとプロによる将棋の対局がよくニュースになりますが、AIが強くなるのは「負けたとき」だけなんです。これは人間も一緒だと僕は思うんです。だから失敗は怖くありません。
それに僕の場合、失敗を「ネタ」できるという強みもあります。先日も海外に行ったら、空港に預けた荷物を紛失してしまったのですが、落ち込むと同時に、「この不幸はラジオで話せるな」と、ニヤリとしてしまう自分がいたりします(笑)。
だから日本中の人がみんなパーソナリティになれば、世の中から不幸なんてなくなると思うんです。少なくとも、自分の不幸を笑い話にできれば、もっと楽に生きられると思います。そうなれば、不幸も失敗も「財産」に変わりますから。
――そんな吉田さんが日々の中で、“いちばん好きな時間”は何をしているときですか?
ラジオの本番中ですね。PRという側面だけで見れば、単純にテレビの方がリーチはあるはずですが、それでもタレントさんによっては、「テレビは出ないけど、ラジオは出る」という方がいるんです。
これはラジオに、PRの力を超えた“何か”がある証拠だと思います。
僕はラジオを「人の気配、発生装置」だと考えています。ちょっと寂しいなと思うとき、ラジオをつければ気分が紛れることもあります。さらにそこには、まるでファミリーレストランを訪れて、隣の席の会話を聞いているような“気楽さ”があります。
なぜ気楽なのかといえば、リアクションをしなくていいからです。「つまらない」の代名詞といえば、上司の話や学校の授業ですが、どちらもときにリアクションすることが求められます。それが実は、聞き手からすると意外と負担なんです。
ですが一方で、本当は、人は人の話が好きだし、どこかで人と関わりたいとも思っています。それをラジオは、いちばんいい形で実現してくれるものなんです。だから聞いていて、とても心地がいいんです。
1秒1秒を大切に積み上げている。
――ラジオの本番中に腕時計を見ることもありますか?
ありますね。だから時計にいちばん求めることは、正確な時間を刻んでいることです。今日はいくつか持ってきたんですが、どれも時間の狂わない電波時計です。それは、1秒でも時間がズレていたら、仕事にならないからです。
ラジオの生放送というのは、秒単位の感覚を持っている必要があります。
たとえば、同じラジオCMでも、「32秒で読む」ときもあれば、「32.5秒で読む」こともあります。その要望に合わせ、ラジオ局のアナウンサーは秒単位で調整しながら、原稿を読み上げます。だからストップウォッチを持っていないアナウンサーはいません。
――ラジオをやっているからこそ、気付いたことはありますか?
1秒に秘められた可能性ですね。ラジオをやっていると、「1秒あれば何でもできる」という気分になります。
たとえば1秒あれば、人を元気にすることだってできます。たった一言、「がんばれ」と発するだけで、誰かを勇気づけることもできます。
その逆に、1秒で誰かを傷つけてしまうこともあります。だから、なるべくそんなことはないように、僕のラジオを聞いて悲しむ人がいないように、「できれば笑顔でいてほしい」と願いながら、1秒1秒をいつも大切に積み上げています。
吉田尚記(よしだ・ひさのり) ニッポン放送アナウンサー
1975年東京生まれ。大学卒業後、ニッポン放送に入社。2012年に、第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞を受賞。現在、ラジオ『ミュ~コミ+プラス』(ニッポン放送)、『週刊ラジオ情報センター』(ツイキャス)などで、パーソナリティとして活躍中。マンガやアニメ、デジタル関係にも詳しく、その知識を活かし、さまざまな分野にも活動の幅を広げている。主な著書に『ツイッターってラジオだ』(講談社)、『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』(太田出版)。