遂にベールを脱いだMR-G「フロッグマン」|G-SHOCK企画担当者が語る誕生秘話

2023年はG-SHOCKの誕生40周年イヤーである。と同時に、1993年に登場した200m潜水用防水性能を持つダイバーズG-SHOHCK「フロッグマン」の30周年でもある。このダブルアニバーサリーの節目に、プレミアムラインのMR-Gからフロッグマンが発表された。これに先立ち、筆者はカシオ羽村で企画担当の石坂さんにインタビューを行った。果たして60万円に迫るダイバーズウオッチを出すことになった経緯とは?

Text/Daisuke Suito Photo/Takefumi Taniguchi

最新作を手掛けたのは1stモデルのデザイン担当者でもあった!

G-SHOCK「MRG-BF1000R-1AJR」 59万4000円/クオーツ(Bluetooth搭載電波ソーラー)。 チタンケース、内面反射防止コーティングサファイアガラス風防。 縦56.0×横49.7mm、厚さ18.6mm、質量132g。20気圧防水。4月21日発売

–ついに出ましたね!開発には苦労もあったと思いますが、まず計画がスタートした時期を教えてください。

石坂さん:以前からフロッグマンのケースをメタルにしたら絶対かっこいいと思っていて、実際には4年以上前から着手していました。途中、他のプロジェクトとの兼ね合いなどもあり、予定より時間はかかってしまいましたね。ただ、結果的に節目の年に発表できたので、これはこれでよかったと思います。

MR-Gフロッグマンの企画を担当した石坂さん

–今回のMR-G フロッグマンにはどのような特徴がありますか?

石坂さん:まずMR-Gには、G-SHOCKブランドの最高峰ということで最上級のタフネスと質感、美しさを目指す思いを込めて「マジェスティ アンド リアリティ」というコンセプトがあります。山形カシオの専用ラインで作り出す、先端技術による機能追求と、人間の手技(てわざ)による作り込みの融合により生まれる製品を「ジャパンスピリッツが紡ぎ出す高機能クラフト」と位置付け、差別化を図っています。新作は、MR-Gのフロッグマンということで、⼆重硬化処理を施したチタンケースを使⽤。リューズやプッシュボタンは堅牢な64チタンとなっています。こうした外装をフロッグマンの非対称ケースで構築した点が、最も特徴的な部分ですね。

MR-Gフロッグマンの外装を展開した展示模型

–MR-Gらしく、ケースの入り組んだところまですごく丁寧に仕上げてありますね。

石坂さん:「マルチガードストラクチャー」という耐衝撃構造を採用していて、パッキンなどの細かいものまで含めると、外装だけで70個以上のパーツ点数があります。細分化したメタルパーツのすべてを仕上げ切ることで、MR-Gに相応しい質感に辿り着きました。一番わかりやすいのが4のパーツで構成されるベゼル部分。内部にサファイアガラスと嵌合したベースがあり、緩衝体を挟んでリング状パーツが重なります。この上に再び緩衝体をはさんでガラスを保護する3時側と9時側のプロテクター部分が組み合わさっています。プロテクターを大きくならないようにしつつ強度を保ち、さらに美しく仕上げるというのが非常に苦労した点です。メタルパーツでこの異形の薄型パーツを削り出すなんて、ふつうはやりませんので。これにパーツの多さも加わり、だいぶ高額になってしまいましたが、G-SHOCKの中でも象徴的なモデルですので、絶対に妥協はできないという思いがありました。

LIGHT 、STARTが記されたパーツが最新作での難所に

外装面で言うと裏蓋にも特徴があって、ISO準拠のダイバーズなのでネジ込み式になっているんですが、メタルで覆ってしまうと電波受信やBluetoothの信号が遮断されてしまうため、サファイアガラスを使うことにしました。このガラスは、表面と裏面にレーザー刻印を入れて立体感を出しています。裏面にはデジタル化した波型のパターンを施し、肌に触れる表面には潜水蛙のロゴマークなどが入っています。ちなみにこの潜水蛙のロゴマークを考えたのは私なんですよ。

受信感度を確保するため裏蓋にはサファイアガラスを採用

–えっ!そうなんですか!?

石坂さん:以前はデザイナーだったので、1993年の初号機を担当することになったんです。といっても、最初に企画から「次はフロッグマンで」と言われたときに、一体なんのことか全くわかっていませんでしたけどね。「蛙男」ってなんだろう?って(笑)。これは裏話ですが、フロッグマンのロゴには2つの案があったんです。いわゆる潜水士の姿と、半分冗談で自分が最初に抱いた第一印象をイラスト化した潜水蛙。まさか本当に蛙に決まるとは思いませんでした(笑)。

–すごい……インタビューできて光栄です!

石坂さん:過酷な作業にあたる潜水のスペシャリストを指す言葉だとわかった後は、G-SHOCKに相応しいネーミングだと思いましたね。ケースをオフセットにデザインしたのも、本来はG-SHOCKの耐衝撃構造のためなんです。ご存知だと思いますが、G-SHOCKは衝撃から守るためにプロテクターを出っ張らせて直接ボタンなどがぶつからない設計になっています。現在では色々な構造の進化でボタンガードの必要ないものもありますが、当時はシンプルに「完全にボタンがぶつからないようにする」ことを考えていた時代でした。プロテクターがないとボタンは当然ぶつかるし、増やすとグローブをしたダイバーには押しにくい。どうしたものかと思案したなかで本体をオフセットする構造を考えたんですよね。そうすることでボタンが相対的に引っ込み、バンド部分との兼ね合いでぶつかりにくくなるわけです。この構造により、さらに3時側が「手の甲に当たりにくくなる」という効果も生まれました。

画面に表示させて初代フロッグマンのオフセットデザインを説明する石坂さん

–現在まで受け継がれているこのオフセットデザインは石坂さんの発案だったんですね。

石坂さん:このケースのオフセットが決まったことで、それに追従するデザインというのが自然と出てきたのも良かったですね。

針による表示を選んだ背景にある深い理由

–石坂さんならではのお話が盛りだくさんですね。そういえば、このMR-Gフロッグマンもリューズを持ったアナログモデルですね。フロッグマンにはデジタル(液晶表示)とアナログ(針表示)がありますが、どちらを採用するかで悩みませんでしたか?

石坂さん:最初からアナログで決まっていました。MR-Gのメタルケースにふさわしい質感表現をするにはアナログが最適という理由からです。またケース構造の話に戻るのですが、この時計は裏側のボタンをピンで押すことでバンドが外すことができます。ご自身でバンド交換や清掃などのメンテナンスができるようになっています。こうした工夫も長くお使いいただくことを前提にした、MR-Gならではの設計と言えます。

このボタンを専用工具で押すとバンドが外れる仕組み。着用時はバンドの一部で隠され、不用意に触れることを防ぐ

–確かに潜水士用のフロッグマンは海水に浸かることが前提だからパーツ細部に何が蓄積するかわからない……。価格面のこともありますし、細かい部分まできちんと手入れできる構造はユーザーとして安心できますね。

石坂さん:このMR-Gフロッグマンは他にも特別な構造があって、例えば3時側・9時側のプロテクター部分。9時側プロテクター固定用のネジには、通常よりも緩み止めを強化した特殊な構造のものを使用しています。この部分は衝撃を受けた時に特に負荷がかかるので、より信頼性の高い物を採用しました。一方、3時側のパーツは、小さくて固定用ネジを配置するスペースが取れなかったので、ボタンガードパーツ固定用ネジで兼用する構造を取っています。また、ケースを小型薄型化するさまざまな構造も盛り込まれています。フロッグマンはモジュール自体が大型なので、いかにサイズを大きくせずダイバーズウオッチとしての気密性を持たせるか、という点でデザインと設計の担当は苦労していました。

–リューズも複雑な形をしていますね。刻みの模様は何かモチーフがあるんでしょうか?

石坂さん:菱形のような模様も波の形を表しています。かなり危険な波のサイン(※)だと聞いています。裏蓋と同じく、バンドにも波の模様を入れています。文字盤は潜水中の視認性を考慮し、サンドブラスト仕上げを施しました。これも単純なマットではなく、少し粗目の粒感を持たせることで質感のあるテクスチャーに仕上げています。

(※編集部注:後日調べた結果、荒れた海で見られる「四角い波」と呼ばれる状況を図案化したものと思われる)

メタルケースに既存のMaster of Gとは異なる上質感が漂う。素材はチタンのため、重厚な見た目に反してかなり軽いと感じた。潜水時間と水面休息時間を正転・逆転する針で表示するダイブモードとダイビングスポットの潮汐情報と現地時刻を表示するタイドグラフモードという、ダイビングに役立つ機能をフルアナログで表示する

–サブダイアルにも波の模様が入っていますね。フロッグマンの海のイメージに相応しいブルーのテーマカラーと合わせ、このモデルにかけた皆さんの情熱が細部まで十分に感じられます。時間がかかったと仰っていましたが、それに見合う完成度だとよくわかりました。

石坂さん:以前、MR-Gのオーナーの方々からご意見をいただく会を設けたのですが、その場でも「MR-Gからフロッグマンを早く出してほしい」というご要望をいただきました。ようやく発表できたので、本当に「お待たせしました」という思いです。

取材後記

1999年にフルメタルフロッグマンがMR-Gから発表されていたものの、アイコニックな非対称デザインのメタルケースは本作が初登場となる。さらにこの最新作は初号機をデザインした石坂さんが関わったという背景を含め、30周年を飾る最高峰の一本としてこの上なく相応しいと言えるだろう。

他の現行MR-Gがそうであるように、量産に向かない本作が万人受けを狙っていないことは明白。一方、熱心なG-SHOCKファンと高級時計の愛好家を中心にMR-Gのオーナーは国内外で着実に増えており、入荷しても店頭に並べる前に売れるというショップの話も聞く。そうした追い風を受け、MR-Gフロッグマンも59万4000円という価格ながら発売間も無く入手困難モデルとなる可能性が高い、と筆者は見ている。発売は4月。果たして市場がどのような評価をするのか、今後の売れ行きを注視していきたい。