ランゲ中興の祖に捧げるオマージュ【2018新作レビュー/A.ランゲ&ゾーネ】
2017年1月17日、ジュネーブで開催されていたSIHHに集まっていた時計関係者に衝撃のニュースが走りました。A.ランゲ&ゾーネ再興の立役者となった中興の祖、ウォルター・ランゲ氏が急逝したのです。同社はそれから1年以内に、彼の業績を称えるトリビュートモデルの開発を決意。今年のSIHHで「1815 “ウォルター・ランゲへのオマージュ”」を発表しました。
文/鈴木裕之
19世紀の機構を模したジャンピングセコンド
一見すると、実にシンプルなモデルですが、この時計は2本の秒針を備えています。ひとつは6時位置に置かれた通常のスモールセコンド。こちらは6振動/秒のリズムでスィープ運針します。そしてもうひとつが、センターに配置されたジャンピングセコンド。こちらは1秒ごとに針が進むステップ運針で、2時位置のプッシャー操作で針の動きを一時的に止めることもできます。
A.ランゲ&ゾーネでは2016年にも、オフセンター配置のジャンピングセコンドを備えた「リヒャルト・ランゲ・ジャンピングセコンド」を発表していますが、ウォルター・ランゲ自身が望んでいたジャンピングセコンドとは少し違うものだったとも聞きます。
現代的なルモントワール(定力装置)を備えたこちらのジャンピングセコンドは、レギュレーター(標準時計)に相応しい高精度と、確実な秒表示を可能としていましたが、かつてランゲファミリーが開発した伝統的なシステムとは機構が異なっていたからです。
新しいトリビュートモデルのジャンピングセコンドは、古のシステムに則っています。星車と独特なスラップアームによるステップ運針を可能としているのです。
この原型は、彼の曾祖父であるフェルディナント・アドルフ・ランゲが1867年に発明し、祖父のエミール・ランゲが実用化して当時の懐中時計に搭載したもの。この「ステップ運針式秒単位ムーブメント」は、1877年にドイツが初めて交付した特許のひとつに数えられています。
ステップ運針の仕組みは実にシンプルです。
4番車から出車を介してセンター位置にリレーされた星車には6枚の歯が設けられており、そのうちの1枚がやや長くなっています。4番車の動きは6振動/秒ですから、1秒間を6ステップに刻みながら回転しています。
星車も同じ動きをトレースしますが、実際にはスラップアームに規制されて、回転力を針に伝えることができません。しかし、1秒間の6ステップ目にやや長い歯の1枚がスラップアームの規制を解放することで一気に360°回転し、それを1秒分の動きとしてジャンピングセコンド針に伝えます。
これを永遠に繰り返すことで、センター針は1秒に1回だけジャンプする、ステップ運針となるのです。
スラップアームの動作は、プッシャー操作でセンター針の動きを止めている場合のほうが面白いかもしれません。
センター針の動きにプッシャーでブレーキをかけている場合、その力は秒針をジャンプさせる力よりも何百倍(いやもっと??)も大きいため、そのままでは機構を壊してしまいます。
プッシャー操作で運針を規制されている場合、スラップアームは星車の回転力を針に伝えないまま、ピンッと弾けます。
ステップ運針時と秒針停止時の双方で起こる、この弾けるような動きを指して、時計師たちはこのパーツをスラップアームと呼ぶのです。
オマージュにまつわるさまざまな数字
1815 “ウォルター・ランゲへのオマージュ”には、数字にまつわるエピソードがいくつも隠されています。
まずリファレンスナンバー上3桁の「297」は、彼の誕生日である7月29日。またムーブメントナンバーも通常の開発開始年に基づくナンバリングとは異なり、彼の誕生年をとって「L1924」とされています。
リミテッドエディションの本数は、18KPGが90本、18KWGが145本、18KYGが27本となりますが、これはそれぞれ、ランゲ再興の登記が完了した19「90」年、この年が創業から「145」年後、そしてランゲ再興の日からこのモデルの正式発表日である2017年12月7日(SIHHに先だっての先行発表)までに「27」年間が流れたことを意味しています。
また、たった1本だけが製作されるSSケース×ブラックエナメルモデルはオークションに出品され、その売り上げは全額寄付されると発表されています。また落札者には、各リミテッドエディションのNo.1を含めた、4本セットを購入する権利が与えられます。
5月13日、ジュネーブの「フィリップス」で開催されたオークションでは熾烈な落札合戦が行われ、これまでのA.ランゲ&ゾーネで最高額となる85万2500スイスフラン(約9548万円 ※1スイスフラン=112円換算)で落札されました。
驚愕のラトラパンテ3連装
今年のSIHHでA.ランゲ&ゾーネが発表した最も複雑なモデルが「トリプルスプリット」。独自機構の「ダブルスプリット」をさらに磨き上げ、最長12時間のスプリット計測を可能としたモデルです。
超複雑機構のひとつに数えられるラトラパンテは、2本重ねとされた積算針の一方を一時的に停止させ、スプリットタイムの計測を行う機構。スプリット計測の終了後は、ラトラパンテ針が通常の積算針に追いつき、連続計測を行えることに最大の特徴があります。これを一般的に「スプリットセコンド」と呼ぶのは、積算秒針にしかラトラパントを備えないため。このため一般的なスプリットタイムの計測は、60秒以内に限定されてしまいます。
A.ランゲ&ゾーネが画期的だったのは、同じ機構を分積算針にも載せて、最大30分までのスプリット計測を可能としたこと。これが「ダブルスプリット」で、2004年に発表されています。さらに「トリプルスプリット」には、ラトラパンテ式の時積算針が備えられています。
ロングパワーリザーブ機をベースに機構を再構築
新しいトリプルスプリットは、ダブルスプリットをベースにラトラパンテ式の時積算針を追加したものと考えがちですが、これは少し違うようです。なぜならダブルスプリットは、通常時のパワーリザーブが約33時間しかないため、最大12時間のスプリット計測を行うには、ゼンマイの持続時間がギリギリになってしまうためです。
このため新しいトリプルスプリットは、ロングパワーリザーブ仕様のダトグラフ系ムーブメントをベースに、新たにラトラパンテ機構を再構築しています。秒と分のラトラパンテ機構はダブルスプリットと同様のため、プレシジョン・ジャンピング・ラトラパンテ・ミニッツカウンター(瞬転式の分表示+スプリット機構)やフライバック機構もそのまま受け継いでいます。
またラトラパンテ針の停止時に負荷を切り離す、ランゲ独自のアイソレーターホイールも健在です。
A.ランゲ&ゾーネ初の時積算計付きクロノグラフ
トリプルスプリットの時積算針は、通常のクロノグラフと同様に、香箱から直接動力を得ています。この機構がクラッチを持たず、基本的にブレーキレバーしか備えないのは、精度に与える影響が少ないからとされています。このためトリプルスプリットでも、この部分にはアイソレーターを設けていません。
注目すべきは、このモデルがA.ランゲ&ゾーネ初の“長時間計測クロノグラフ”であることでしょう。
意外かもしれませんが、これまで同社のクロノグラフは、時積算計を備えていませんでした。トリプルスプリットは雲の上の存在ですが、このモデルで試みられた技術は必ず他のモデルにもフィードバックされていきます。
ということは、時積算計付きのランゲ製クロノグラフが登場する可能性もゼロではなさそうです。
A.ランゲ&ゾーネの最新トピックスはこちら