時計ジャーナリスト・柴田 充さんが語る「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」
今年の腕時計を“最良”というキーワードからリサーチすると、スイスの老舗時計ブランド、オーデマ ピゲが26 年ぶりに発表したニューコレクションである「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」が筆頭に挙がる。話題性十分なこの新作について、様々なメディアに寄稿されている時計ジャーナリストの柴田 充さんが語ってくれた。
誰もが認める名作とは異なり、育て上げる楽しみがある
年頭のSIHH(年に一度、ジュネーブで開かれる時計見本市)では、既成概念にとらわれぬ斬新なスタイルに対し、「1972年に発表したロイヤル オークも、1993年のオフショアも、当初は理解されなかった」というコメントが印象に残った。ブランド側があえてそう語るほど、「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」の評価は難しいのだろう。
いまやラグジュアリー・スポーツのパイオニアとして、圧倒的な人気を誇るロイヤル オークにしても、90年代初めには、やや時代遅れの感があった。少なくとも、30歳頃の自分にはあまり興味が湧かなかったのは確かだ。ところがその印象が変わったのは、イタリアに出張するようになってから。ミラノのセレクトショップに訪れると、ひと世代上のオーナーたちは大抵、腕にはロイヤル オークを着けていた。
それがオッサンっぽいどころか、なんともカッコいい。お気に入りの理由を訊ねると、発表当時から身近だったが、歳を重ねるとともに、徐々に自分のスタイルや気分に合ってきたという。同じ時代感を共有し、時間の経過が互いを近づけたのかもしれない。当初は理解できずとも、魅力はボディブローのようにジワジワっと効いてくる。それが名作と讃えられる所以だ。そして「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」にも、同じことがいえるだろう。
セールスポイントを挙げるのはたやすい。シンボリックな八角形とラウンドがハイブリッドしたケースや、構築的なラグ形状。技巧を凝らしたフェイス。だが多弁は無用だ。むしろこれに注がれた時代の息吹を楽しみ、どう向き合っていくか。
人生も半世紀を超えると、スマートウオッチの利便性を日常的に享受し、機械式時計の趣味性を味わうといった、器用な使い分けはできないし、今後もしないだろう。それよりも日々を共に暮し、理解を深めていく。そんな付き合い方が「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」には似合う。それには素モデルがいい。シンプルなフェイスは美しさが際立ち、デザイン性の高いケースとのコントラストでさらに映える。ブラック文字盤なら存在感を損なうことなく、シャープに引き締めるだろう。それこそイタリアオヤジのようにさらりと着けこなしたい。
評価はまだ未知数だ。だが、誰もが認める名作と異なり、育て上げる楽しみがあり、それは目利きの愉悦と共に、同時代を生きる僥倖でもある。
時計ジャーナリスト・柴田 充さん
腕時計はもとよりファッションやクルマなどにも精通するベテランライター。豊富な知識と親しみやすい人柄で、業界内の信頼も厚い。