“サマータイム”の迷走――並木浩一の時計文化論

2014年以降、都市名リングのモスクワに変更があったこと気がつきました?

今回は、腕時計の問題でもあるのに話題になりにくい“サマータイム”の迷走について考えます。この記事が載る頃にはまた事態が変わっていそうですが。

これまでの経緯をまとめると、こんな感じでしょうか。今年の東京が酷暑の夏だったために、2020年東京五輪への影響、特にマラソンについての懸念が顕在化した。そして与党筋から、その時期に2時間時計を進めるサマータイムの提案。しかしコンピュータ業界からはプログラミング変更に関する懸念、第二次大戦直後に実施されたことがあるサマータイム経験者からはマイナスの思い出話、睡眠障害を主とする健康への不安、EUでサマータイム廃止の論議が出ているという指摘。これらの燃料投下もあって、国民の世論は反対多数の傾向に。ところが、EUサマータイム廃止は見送りとなった……。

2018年発表のワールドタイマーで、最も話題となったパテック フィリップの「ワールドタイム・ミニット・リピーター」

私自身はヨーロッパでのサマータイム経験が通算数百日あり、経験則として好ましさが身に染みています。日本のマスコミも最近までは「仕事が終わっても夜9時過ぎまで明るく、人生を楽しむヨーロッパ」といった論調が主流だったはずです。それが、真反対の方向にシフトした。事実上不可能、とまで言い切るのはどうなのでしょうか。

実はロシアでは2014年に夏・冬時間を廃止し、ついでに国内を11タイムゾーンに分けるという劇的な変更を行いました。

首都のモスクワ時間はUTC+4からUTC+3にとサマータイムの逆を行き、日本との時差はマイナス5時間から6時間になりました。それでも特に混乱というか、システム上の深刻なトラブルは聞かれませんでした。

読者は翌年以降、現代のワールドタイマーの主流であるルイ・コティエ式の都市リングで、モスクワの位置が変わったり、都市名の入れ替えが行われたのに気がつきましたか。機械式時計への影響はその程度で、もしかしたら買い換えのいい口実ができたのかもしれません。

2時間早めるサマータイムをもし実施すると、UTC+9からUTC+11になるので、ニューカレドニア時間、ワールドタイマーでは多くヌーメアが記載されているところと同じです。

さらにはわが国固有の領土である北方領土を含む極東地域に、実効支配するロシアが適用する時間と同じで、突拍子のない時間ではない気もします。

東京五輪の男子マラソンの当日のスタート時間である午前7時は、現在の時間に換算すると5時。当日の東京の日の出時間は4時55分で、まさにジャストタイムです。問題はむしろ日本国内にあって、当日の那覇の日の出は5時59分と、東京と1時間以上違うことでしょうか。

ともあれ、2年後にはどんなワールドタイマーが話題になるのか。腕時計と文化の立場から見守っていこうと思います。

 

並木浩一
桐蔭横浜大学教授、博士(学術)、京都造形芸術大学大学院博士課程修了。著書『男はなぜ腕時計にこだわるのか』(講談社)、『腕時計一生もの』(光文社)、近著に『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)がある。早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校・学習院さくらアカデミーでは、一般受講可能な時計の文化論講座を講義する