【映画時計学Vol.1】名画の1シーンを時計と美女の妄想で贈る 「華麗なるギャツビー」編
いつの時代も経済的に熱狂する地域は存在し、そこには必ず高級時計の姿がある。世界最古のブランドは、至上最も壮絶な狂乱の時代でも愛された、歴史的なタイムピースを有していた。
狂騒の20年代が生んだ名作に宿るブランドの出自
撮影の前日、私は1つの役を京都の地で演じ終えた。貧しさ故に、とても苦しい思いをし、どうか息子だけでも幸せになってほしいと願う母親役だった。時は江戸。ボロボロの着物を着て、演じる年齢が幅広かったので老けメイクまで施した。シリアスなシーンが多かったので、京都にいる間、どことなく気分が落ち込んでいた。
ボロボロの着物とお別れをした次の日、メイクさんに綺麗にお化粧をして頂き、インポートの素敵なワンピースを着て、ヴァシュロン・コンスタンタンのヒストリーク・アメリカン1921を腕につけた瞬間、私はタイムスリップをしたかのような感覚に陥った。これが普通の、と言ったら語弊があるかもしれないが、普通の高価な時計だったら、ただ単に貧しさと華やかさの対比を感じただけかもしれない。
腕につけた時計を見て、私は首を傾げた。「文字盤が斜めになってる……?」まだどこか、江戸から気持ちが抜け切れていないのか、斜めの文字盤を見ながら前日の撮影シーンがふと蘇ったそのとき、撮影に同行していた方が「自動車のハンドルを握った時に、文字盤が見やすい位置にくるのです」と教えてくださった。
試しに左腕をハンドルを握った形にしてみる。ぴたっと、美しい文字盤がまっすぐな位置にきた。その途端、私のなかのどこか止まっていた歯車が再び動き出したような気がした。自動車のハンドルを握ったままでも、あるいはスピーチの最中でも、手首をひねらずに時刻が読み取れる、という非常に実用的なこの時計の歴史は、1920年代に遡る。
1921年、ヴァシュロン・コンスタンタンが斜めにセットされた文字盤を考案したのは、自動車に情熱を傾けるアメリカ人顧客の要望に応えるためだった。当時のアメリカは、第一次世界大戦が終わり、大量生産、大量消費の場として、経済的に
大きな力を持ち始めていた。車社会が到来し、乗用車の大流行を受け、高速道路が設置された。ニューヨークはロンドンを抜いて、世界最大の人口都市になり、ジャズミュージックが花開き、大衆はトーキー映画に熱狂した。
多くの若者たちが浮かれ騒いだことから「狂騒の20年代」と呼ばれている。そして1929年、ウォール街の暴落がこの時代に終止符を打ち、世界恐慌の時代に入った。フィッツジェラルド原作の映画「華麗なるギャツビー」は、この狂騒の20年代の10年間を、ギャツビーという男の人生になぞらえたかのようだ。打ち上げ花火の如く、華やかで、人々を照らし、楽しませ、そして散ってゆく。すべてが夢だったかのように。
狂騒の時代は終わりを告げたが、「ヒストリーク・アメリカン1921」を生み出したヴァシュロン・コンスタンタンは、1755年の創業から一度も途切れることなく現在に至った世界最古の時計ブランドである。あらゆる時代をくぐり抜けてきたこのブランドのシンボルは、マルタ十字。これは、かつて香箱のカバーに取り付けられていたムーブメントの部品に着想を得て1880年に誕生したもの。〝ゼンマイのトルクを可能な限り一定に保ち、より高い精度を実現する〞という役割が、精度を追求するメゾンの姿勢を体現すると考えられ、260年以上続くブランドの誇りを体現するマークとして、文字盤やリューズ、ラグなどに用いられている。メゾンの誇りと華麗なる時代を腕に携え、ハンドルを握る。最高のドライブになりそうだ。
小橋さんが回顧した“ウオッチ”な映画
2013年公開 華麗なるギャツビー
CAST
原作:F・スコット・フィッツジェラルド
監督:バズ・ラーマン
出演:レオナルド・ディカプリオ、トビー・マグワイア、キャリー・マリガン他
STORY
ニューヨークの郊外にある大邸宅では毎夜饗宴が開かれていた。邸宅の主・ギャツビーは、かつての恋人デイジーに再会するため宴会を繰り返していた。
名画のようなこの一本
ヴァシュロン・コンスタンタン ヒストリーク・アメリカン1921 -36.5㎜
1920年代、アメリカ市場で大人気となったアイコニックな時計のモダンな1本。新たに36.5㎜径サイズが設定され、現代的な紳士にはもちろん、付属の赤い発色がまぶしいストラップを纏えば女性にも似合う。手巻き。18KPGケース