【小橋めぐみの映画時計学Vol.2「アンナ・カレーニナ」編】ロシア皇族たちをたちまち虜にした時計への親近感

歴史に残る腕時計は、鮮烈なデザインと誰もが共感できる名前を持っている。エレガンスを讃えながら〝バナナ〞の愛称を持つ今回の時計は、親しみを感じさせる魅力を生まれながらに持っているのだ。

貴族たちを虜にした伝説の時計「バナナ・ウォッチ」

小橋めぐみ
女優。1979年7月3日生まれ。東京都出身。読書や映画鑑賞のほか、俳句、茶道、ピアノなどに造詣が深い

大河ドラマ「徳川慶喜」で皇女和宮を演じることが決まったとき、脚本家の田向正健さんから「座っているだけで品格を感じさせる女性になってください」と、言われた。それは撮影が始まる一年前のことだった。
「品格を感じさせる…どうすればよいのだろう…」考えてみたがわからず、まずは立ち居振る舞いから身に着けようと思った私は、お茶のお稽古を始めた。そして家では浴衣で過ごし、部屋に正座しては「品格ってなんだろう」と考えた。が、いつまでも「品格」についての明確な答えは出なかった。

撮影が始まって、田向さんに再びお会いしたとき、そのことを素直に話した。「ずっと品格というものを考えていたのですが、よくわかりませんでした」と。田向さんは「大丈夫です。もう、身に着いてますよ」とおっしゃってくださった。本当に身に着いていたのかはいまもわからない。けれど、品格とは?と考える時間が私には必要だったのだと思う。

話はぐるっと変わるのだが、父がバナナを食べるとき、3回に1回はする話がある。うんと幼い頃、私はバナナが大好きだったらしい。私(2歳)が、あんまりバナナを食べすぎるから、自分でも恥ずかしくなったのか「バナナ食べたでしょ」と母に言われても「食べてないもん!」と言い張り、その後、部屋の隅から乾いたバナナの皮が出てくることがよくあったのだと。父のお気に入りのエピソードだ。

今回身に着けたクラシカルで品のある時計に「バナナ・ウォッチ」という名が付けられていることを知り、一気に親近感が湧いた。手首に沿うかのように湾曲した長方形のユニークなケース形状から、そう名付けられたそうで、言われてみれば「バナナ」のゆるい湾曲と似ている。だがその歴史は、バナナとはかけ離れている。

20世紀初頭、ロシア帝国で栄華を誇っていたロマノフ王朝において、宮廷貴族の腕を飾る時計がティソに依頼された。ティソは、19世紀にはロシア向けにエレガントなペンダントウオッチを製作し、皇帝ニコラス2世に時計を献上するなど宮廷御用達時計の名声を得ており、そうしたことから極めて独創的な時計が完成した。それがこの「バナナ・ウォッチ」で、たちまち貴族たちを虜にした。ところが翌年ロシア革命が勃発し、帝政ロシアは終焉を迎えてしまう。そして一世を風靡したバナナ・ウォッチもわずか1年たらずで製造終了し、伝説の時計になってしまった。

しかしこうした激動の歴史に翻弄されつつも、終了から78年を経た1995年に復刻された。新作はクラシックロゴに、カレンダーや秒針さえも省いたドレッシーなスタイルが、アール・ヌーヴォー当時の優雅な時を刻んでいる。100年の歴史を持つ時計だが、男女問わず、シェアウオッチとしても活用できる稀有な存在だ。

映画「アンナ・カレーニナ」は、ロシアの文豪トルストイの同名小説を映画化した作品で、19世紀末のロシアを舞台に、政府高官の妻アンナが、騎兵将校と出会い、禁断の恋に堕ちていく様子を描いている。
アカデミー賞衣装デザイン賞を受賞した本作は、毛皮もアクセサリーもすべて本物で、豪華絢爛な衣装を観ているだけでも優雅で幸せな気持ちになる。

と同時に、時代も階級も、私がいる場所とは遥か遠くに感じる。でも、ロシアの貴族たちも湾曲したケースを見て「バナナだ」と呟いたかもしれない、と想像すると、そんな貴族たちが少し近くに感じられるのだ。

小橋さんが回顧した“ウオッチ”な映画
2012年公開 アンナ・カレーニナ

CAST
監督:ジョー・ライト
出演:キーラ・ナイトレイ、ジュード・ロウ、アーロン・テイラー=ジョンソン、ケリー・マクドナルド他

STORY
政府高官の妻であるアンナは、兄夫婦の仲裁をするため訪れたモスクワで、若き貴族将校ヴロンスキーと恋に落ちてしまう

名画のようなこの一本
ティソ ヘリテージ バナナ

Ref. T117.509.36.032.00
5万8320円

湾曲した長方形ケースにデフォルメされたアラビアンインデックスが特徴的なタイムピース。同社のクラシックロゴがアール・ヌーヴォー調のデザインを一層盛り上げている。
クオーツ。SSケース。縦49×横27㎜