シン・国産時計【オリエントスター(ORIENT STAR)】編 vol.5 ―― 世界初のクオーツを生み出した技術を継ぐ秋田エプソンを訪ねて 日本が誇る4大ウオッチメーカーの重要人物をルポ
新型コロナウイルスの世界的まん延の関係から、改めて日本には輸入品が数多く出回っていることに気付かされた人もいるだろう。時計市場においても欧州勢を中心に入荷が遅延し、予定されていた発売日が延期となった新作もある。
そこで時計だけではなく注目を集めているのが、“国産”だ。スイスに次ぐ時計大国の日本には、長い歴史を持つ4大メーカーが存在し、国内外問わず高く評価されている。いま再び、“国産”の底力を見つめ直すきっかけとして大手4社のキーパーソンに取材し、その高度な技術や斬新なアイデア、先進的なデザインの魅力あるコレクションについて尋ねた。
第5回も引き続きWATCH NAVI編集長・水藤が、【オリエントスター(ORIENT STAR)】を製造する秋田エプソンを訪問した模様をお届け。
2年越しの念願叶ってWATCH NAVIは一路、秋田へ!
2021年3月にオリエントスターから発売された「スケルトン」に、筆者(本誌編集長・水藤大輔)は初見で度肝を抜かれた。真っ先に目に飛び込んできたのは、もちろんシリコン製ガンギ車だ。シリコンパーツ自体は、2001年にユリス・ナルダンが実用化してから、主にスイスのトップブランドが採用をはじめ、いまや多くの搭載モデルを見ることができる。が、日本で採用したのはオリエントスターが初。世界に比肩する技術を国産ブランドが手にした事実は、日本人として素直に誇らしい気持ちになった。同時に疑問が湧く。「果たして、どのように作られているのか」。
現在、オリエントスターはエプソン傘下の時計ブランドとして展開されている。シリコン製ガンギ車も当然、最先端プリンタ製造の技術を持つエプソンが関係していることだろう。時計とプリンタ。この2つが集う拠点となるのが、今回取材した「秋田エプソン」だった。実は筆者は、約2年にわたり「オリエントスターの製造現場を取材したい」とラブコールを送っていた。見送りになった理由は、関連工場の再編、そしてもちろん新型コロナの影響。今回の取材は、文字通り念願だった。
東京から約4時間かけてたどり着いた秋田エプソンは、湯沢市工業団地の中でもひと際大きい。物流の効率化を図るべく建設された8号棟が竣工し、駐車場などを含む総敷地面積は8万7620㎡に及ぶ。そのうちの約7割がプリンタ製造関連となり、2割ほどがウオッチ製造部門だという(残り1割は事務方)。工場内で最初に案内されたのは、金型製造と微細パーツ加工のフロア。CNCマシンやワイヤ放電加工を駆使し、主に受け板(高難度金型)パーツがここで作られていた。ちなみに最新のF8ムーブメントは、渦目(ペルラージュ)や筋目(コート・ド・ジュネーブ)の仕上げをゴム砥石の押し付けから、切削に変更。面取りもダイヤモンドカットにして美観を高めた。ここにはそれらも仕上げられる設備が揃っている。
次に案内されたのはクオーツムーブメントの製造フロア。完全オートメーションの複数ラインを設置。海外への出荷分も合わせ、多種多彩なムーブメントがフル稼働で作られており、ムーブメントメーカーとしての一面を垣間見た。振り返れば、セイコーエプソンは1969年に世界初の量産型クオーツ腕時計を発明した企業だ。この光景を見た際、頭をよぎったのは、「技術そのものには価値がない、人々に喜んでもらって初めて価値となる」と語ったセイコーエプソン 名誉相談役の故・中村恒也氏の言葉。クオーツの技術を広く公開し、人類の発展に貢献することを選んだ歴史を、いまの秋田エプソンの姿から感じられた。
プリンタヘッドの製造技術ルーツは腕時計製造にあった
《取材協力者》
秋田エプソン代表取締役/遠藤正敏さん
秋田エプソンのたどってきた道のりは平坦なものではない。しかし、その歴史があってこそ現在のオリエントスターが作られたといっても過言ではない。遠藤社長に、工場の歩みを聞いた。
(遠藤社長)「秋田エプソンは、1986年にオリエント時計100%出資で設立した『秋田オリエント精密』が前身です。秋田に拠点を置いたのは、人や土地などのコスト面でしょう。一方で、諏訪精工舎をルーツに持つセイコーエプソンのムーブメントを製造してきた経緯があり、完全子会社となったいまもそのDNAを継承しています。私たちは腕時計加工で培ってきた精密加工、金型製造・保全の技術を世界に提供するほか、様々なプリンタヘッドやウェアラブル、医療機器などの広範な機器の製造も行っています」
遠藤社長は、自らもオリエントの熱心なコレクターで、工場に併設されたものづくりミュージアムには私蔵品も展示されている。その時計への愛が、いまのオリエントスターを支えているのだろう。正面玄関を入ってすぐ、見学者を最初に迎え入れる「AECスクエア」には、クオーツ時計の組立キットが用意されていた。子供でも取り組みやすいよう低めの台に置かれたキットは、工場の起源が腕時計であることと、ものづくりの技術を次世代に伝承したいという社長の願いが伝わってくる。
(遠藤社長)「2019年に1拠点体制になり、いまの秋田エプソンにいる多くの人が、時計部品を作ったり、プリンタヘッドを作ったり、水晶振動子を作ったり、様々なものづくりを経験してきました。これからも“最強のものづくり集団”を合言葉に、秋田から最高品質の製品をお届けしていきます」
オリエント/オリエントスターの多くの製品が手の届く価格でも品質が高い理由は、高精度で作られた金型がキーポイントのようだ。大量生産に向くプレス加工が高精度で行え、そこに自社開発マシンによるオートメーションも加われば、機械式でも効率良くムーブメントの製造が可能。その恩恵を、私たちは享受していることに改めて気付かされた取材でもあった。
オリエントスター誕生70周年目の大変革! 秋田エプソンで生み出されるシリコン製ガンギ車使用ムーブメントの機械式フラッグシップ
オリエントスター「スケルトン」Ref.RK-AZ0002S 31万9000円
クラシックコレクションの最上位となる「スケルトン」の新世代機。美しさを増したオープンワークダイアルが最大の魅力だ。秋田エプソンで組み立てられる自社製造の46系キャリバーF8B63には、シリコン製ガンギ車や最新の機構が採用されており、パワーリザーブの大幅な強化に成功した。
スペック:手巻き(自社製Cal.F8B63)、70時間以上パワーリザーブ。ステンレススチールケース(シースルーバック)、両球面サファイアクリスタル(SARコーティング)、本ワニ皮革ストラップ。直径38.8mm(厚さ10.6mm)。5気圧防水。
問い合わせ先:オリエントお客様相談室 TEL.042-847-3380 https://www.orient-watch.jp/orientstar/
Text/水藤大輔 Photo/岸田克法