【時計界の偉人列伝】パテック フィリップの創成期を支えた天才時計師――ジャン-アドリアン・フィリップ

ジャン-アドリアン・フィリップ(1815年-1894年)は、フランスで時計師の息子として生を受け、若くして父親と同じ職で才能を開花させた。1845年にミニッツ・リピーター付き懐中時計を製作したほか、生前に特許を申請していた永久カレンダー機構は彼の死から5年後の1899年に特許として認められるなど、数多くの実績で時計史に名を刻む偉人である。

 

社名に名を連ねるほどパテック フィリップ創立に尽力

ジャン-アドリアン・フィリップ

時計師を父に持つジャン-アドリアン・フィリップは、発明の才にあふれた技術者だった。弱冠21歳で自らの工房を開き、年間150個の懐中時計を生産。1842年、27歳のときに鍵巻きが一般的だった当時にして、現代の主流となるリューズによる巻き上げ&時刻合わせの機構を発明し、これを組み込んだ時計で成功することを夢見ていた。その2年後、それを実現するチャンスが巡ってくる。

1844年のパリ博覧会で、フィリップはアントワーヌ・ノルベール・ド・パテックと運命的な出会いを果たす。2人はすぐに意気投合し、フィリップがパテックの会社の共同経営者に名を連ねた。そして時計界の頂点に君臨する、「パテック フィリップ」が誕生したのである。

1851年、ロンドンで開催された最初の万国博覧会に出品し、ヴィクトリア女王に贈ることとなったブローチ型懐中時計

 

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