AI活用で創造力をストレッチして作り上げたG-SHOCK最新作「MTG-B4000」開発秘話に腕時計製造の未来を見た
先日発売が開始されたMTG-B4000は、既報の通りAIを活用してカシオが作り上げた最新作だ。では、いったいどこにAIを活用したのか。詳しい話を聞くべくWATCHNAVI編集部はカシオ羽村技術センターへ赴き、企画担当の泉さんを訪ねた。
AIが何もかもやってくれるわけではない
泉さん:羽村までようこそ。今日はなんでも質問してくださいね。
WATCHNAVI(以下、WN):では、さっそくですが、今回のMTG-B4000はAIを活用したとあります。具体的にどの開発段階で活用されたのでしょうか?
泉さん:このモデルは、これまで蓄積された耐衝撃データを活用したAIとデザイナーが壁打ちしながら作り上げていったデザインとなっています。
WN:そのAIのデータベースは、以前にオークションで約5800万円で落札されたドリームプロジェクトのモデルと同じものですか?
泉さん:その通りです。弊社のAIのデータベースには、これまで作ってきたあらゆるG-SHOCKの構造設計などの情報が入っていて、いまも更新し続けています。だからといって、AIに「新作を作って」という安直なことではありませんよ(笑)。これから先も新しいモデルを考えるのは人ありきで、AIはあくまでもツールの一つです。MTG-B4000もデザイナーがAIを誘導しなければ商品化できるものにはならなかったですし、最も大切な“G-SHOCKらしさ”をAIは判断できません。今後も人の感性なくしては新しい時計を作ることはできないでしょう。
WN:とはいえ、今回のMTG-B4000の形状はまったく新しい部分がありますよね。私が一番気になったのはベゼルの形状で、G-SHOCKで初めてガラスの側面を見た気がします。
泉さん:よく細かいところに気付きましたね! このパーツ形状はAIとの共創により、必ずしもガラス全周をベゼルで囲まなくてもG-SHOCKの耐衝撃構造が実現できることがわかったんです。ベゼルの立体形状をよく見ていただくと、対角線上4箇所だけがガラスよりも高い位置にきています。このわずかな4点でも、平面での衝撃に対してガラスを保護できるわけです。
WN:分解されたパーツの展開図を見ると、モジュールを収めているカーボンファイバー強化樹脂製のインナーケースが要となって、ベゼルとケースバックでネジ留めしているようです。その外側にある特徴的なカーボンフレームやラグはどのように固定されているんですか?
泉さん:MT-Gは、可能な限りネジを使わない設計に挑戦しています。ネジの使用を避けたい理由は、MT-Gの条件である「トリプルGレジスト」の性能をより確実にするため。ネジが増えると耐衝撃、耐遠心重力、耐振動の3つをクリアしにくくなるんですよ。過酷な条件で使い続けた場合、ネジがゆるむ可能性は否定できませんからね。そこで最新作では、カーボンフレームとラグは木材の継ぎ手のように嵌め合わせる、インターロッキングすることでネジを8本にまで減らすことができました。
WN:それにしてもこのカーボンフレームはインパクトありますね。
泉さん:素材の融合と構造の進化、装着感などの条件をもとにデザイナーがベースを作り、さらにそれをAIを使いながらブラッシュアップを重ねることで最終的にこの形にたどり着きました。ただ、弓形という条件はあったもののここまで大胆な立体形状をグラスファイバーとカーボンファイバーの積層素材で作るという発想は、なかなか人の頭脳だけでは思いつかなかったかもしれません。メタルパーツにもシビアな寸法精度も要求されますから、これら外装パーツの組み合わせを成立させるために開発チームがかなり頑張ってくれました。おかげでMTG-B4000は、MT-G最大の魅力であるメタルと樹脂の融合、“メタルツイステッドG-SHOCK”のコンセプトを貫きながらも、まったく新しい時計を作り出すことができました。
WN:ここまで大胆なデザインだと、開発チームの皆さんはすごく苦労したでしょうね。
泉さん:設計上は成立していても、いざ工場で加工してみたら収まりが悪い、ということは往々にしてありますから。「ここにはドリルが入らない」とか、「この部分はどうやって研磨しようか」とか、素材を加工するマシン側の制約があったりもしますし、どうしても現場合わせになる部分は出てきます。ただ、弊社の開発チームは優秀ですし、困難であるほど燃えるので、いつも助けられています。
WN:AIを使うのも人ですし、時計を組み上げるのも人。何事も最終的にはやっぱり人の仕事が欠かせないんですね。
泉さん:試作品をテストするのも人ですからね。いくら斬新であってもG-SHOCK独自の厳しい条件を満たせなければ製品化はできません。構造の話ではないのですが、実はこのブルーのバリエーションは新しいIP(※イオンプレーティング)カラーって、嫌というほどの不採用を経てようやく完成した色なんです。G-SHOCKからメタルの新色を出すのはめちゃくちゃハードルが高くて(苦笑)。「ちょっとコスって剥がれなければ」とかのレベルではなくて、本当に私でさえ引くぐらい色々な試験があるんですよ。MTG-B4000で初めて使ったブルーは本当に苦労した色なので、無事にデビューできて本当によかったと思っています。
WN:これからもAIを活用したモデルの開発を続けていくとは思いますが、新しいツールが増えると今度は次回作以降に要求されるレベルがさらに高くなって大変そうですね。もはやG-SHOCK自体が40年以上の歴史あるブランドですし、そろそろネタ切れになったりしませんか?
泉さん:そうならないよう、色んな場所を巡って刺激を受け続けています。私たち企画の部署はいくつかのチームに別れているのですが、私のチームは来週からフランスに出張へ行ってきます。この計画も数週間前に思いついて、すぐにメンバーへ共有し、行動に移しました。現地では店舗の視察やインフルエンサーと面会するなど、新たな知見の獲得や情報のアップデートをしてくるつもりです。帰国後もインドへ行ったりとか、とにかく色々な計画がありますね(笑)。G-SHOCKは他にはないコンセプトを持ったブランドでライバルがいないため、商品企画は常に自分自身との闘いです。これは個人的なことですが、先輩たちが手がけてきた歴代モデルも現行品として製造が続いているので、それらと自分の企画したG-SHOCKを競わせて勝った負けたを繰り返すことが仕事のモチベーションになっています。もちろんMTG-B4000は、きっと好成績を作ってくれると信じていますよ。
取材後記
カシオ計算機が年2回行う時計の新作展示会に足を運ぶたび、「よくこれだけの新作をまだ出せるな」と驚かされる。しかも毎回ただのカラーバリエーション追加などではなく、新たな素材や技術、コンセプトなど幅広いテーマがあるのだ。そして、これからは新たにAI活用というキーワードも加わってくる。そうした膨大な新作の源泉となる商品企画の裏側には、泉さんのような行動力が不可欠であることを知れたのは今回のインタビューでの思わぬ収穫となった。
今回のMTG-B4000については「AI共創」の文字が一人歩きしてしまいそうだが、文字盤などについてAIはノータッチ。あくまでメタルと樹脂の融合、素材の進化、そして革新的なモノづくりを実現するためのツールとしてAIを活用したわけだ。ちなみにG-SHOCKのデータベースが詰まったAIを扱えるのは社内でも数名のみだというから、今後も何もかもがAI活用とはならないだろう。このような考えを巡らせながらMTG-B4000の新たなデュアルコアガード構造を改めて見ると、その近未来的なフォルムに自然と心が躍ってくる。
近年、筆者が普段目にする高級時計は自社のアーカイブや自然の風景にインスピレーションを受けてデザインされたものが多い。対して最新作となるMTG-B4000は極めて未来志向であり、新鮮な驚きを与えてくれた。プレミアムコンセプトのMR-Gを除けば、MT-GはG-SHOCKの最上位モデルに位置付けられるため決して安いものではない。ただ、その背景にある企画段階からの苦労を知れば、その価格も納得できるはずだ。
Text/Daisuke Suito (WATCHNAVI) Photo/Takefumi Taniguchi