約6000万円で落札された時の心境は!? AIとの共創により誕生したオンリーワンのG-SHOCK【G-D001】の開発裏話を中心メンバーに聞いた

昨年12月、世界的なオークションハウス「フィリップス」がニューヨークで開いたオークションに、特別なG-SHOCK「G-D001」が競売にかけられた。7万ドル〜14万ドルという予想落札額に対し、最終的には40万ドルというハンマープライスとなった。後日、WATCHNAVIは日本円にして6000万円に迫る歴史的なG-SHOCKを作り出したチームから代表3名に話を聞くことができた。なお、この落札額はすべて生物生息地の確保や、稀少野生生物・生態系の保全活動を行う環境保護団体「The Nature Conservancy」に寄付され、彼らの活動に活用されるという。

「当日はみんなでオークションの行方を見守っていました」

–今回のG-SHOCKドリームプロジェクト第2弾「G-D001」は、すでに多くのメディアが取り上げているように18Kゴールドでできたまったく新しい形状のG-SHOCKとのこと。これは2022年12月のG-SHOCK誕生40周年キックオフイベントで伊部さんが予告されていたモデルですよね? 「AIと人間が共同で作り上げる」とのことで、完成をとても楽しみにしていました。

井ノ本さん:2018年に発売されたG-D5000がドリームプロジェクトの第1弾で、今回のG-D001は2作目となります。今回のプロジェクトは2020年末に立ち上がりました。企画、開発、設計、デザインの各部署から2名ずつ招集されたのが始まりですね。

商品企画部の井ノ本さん(右)と黒羽さん(左)

–AIの活用は最初から決まっていたのですか?

黒羽さん:集まったメンバーは、「まったく新しいG-SHOCKを創造する」ことを目標に意見交換をしました。AI技術の活用は、研究開発は進めているけれど、まだ形になっていない技術について話しているときに出てきたのです。

網倉さん:新しい耐衝撃構造の開発の一環としてAI技術はすでに導入していました。ですが、まだ製品としては出せていなかったので、ドリームプロジェクトの初期段階でAI技術を活用することは決まりました。これまで培ってきた耐衝撃構造などを学習させることで、見たことのないG-SHOCKを作ろうとしたのです。ただそう簡単に行くわけもなく、着手した当初のAIが提示してきたデザインはG-SHOCKどころか、とても腕時計とさえ言えないもので……。それに対して私たち人間が軌道修正したり、要望を入れたり、と数えきれないほどの修正をAIとやりとりしてG-D001のデザインに行きつきました。

デザインを担当した網倉さんは駐在先からオンラインで取材に参加

–てっきり私は39年分のG-SHOCKの全製品データを入れて外装デザインもAIが提示したものがベースになっていると思っていました。AI技術は主に耐衝撃構造の開発に使われていたのですね。

網倉さん:G-SHOCKの基本スペックとなる耐衝撃性能を目標に、過去の設計のほか、材料や製造方法などの条件をソフトウェアに入れてAIにデザインを自動生成させていく「ジェネレーティブデザイン」のプロセスを重ねていく中で、大型の枝状パーツがモジュールを支える耐衝撃構造のものになっていきました。「素材は18Kゴールド」「より有機的なデザイン」「ベゼルに4つのビス」「フロントボタン」などの条件を与えながら、新しい耐衝撃構造を成立させつつG-SHOCKらしい「堅牢さ」や「タフネス」といったイメージも併せ持つよう私たちが導いていった結果、G-D001の構造と外観がまとまっていきました。

外周のフレームが直接的な衝撃を受け、枝状のスポークが緩衝。モジュールを格納するミドルケースにダイレクトで衝撃が伝わるのを防ぐ構造となっている。この複雑な形状はブレスも含めロストワックス鋳造により一体成型。これを研磨職人が細部まで手作業で仕上げる

–この有機的な形状は確かに想像もしなかったデザインで、初めて見た時は本当に驚きました。モジュールも新規設計ですよね?

黒羽さん:モジュールはG-SHOCK初のフルメタルとなっています。通常のソーラーセルではなく、発電効率の高いガリウム化合物を採用することで通常の半分程度の面積でこれまで同様の発電量を賄うことができました。これによりモジュール表面を露出した、これまでにないスケルトンダイアルを実現しています。ちなみに中心の針の軸から外側に向かって伸びる3本の音叉型のブリッジは見返しリングと連結しており、中心でモジュールを支える構造になっています。

左がガリウム化合物でできたソーラーセル。右は従来のもの。見比べると、色味の違いまで一目瞭然だ

–文字盤側でも衝撃がモジュールに伝わらないよう、パーツにサスペンションの役割を持たせた、と。さすがG-SHOCK、ひとつひとつの形状にしっかり機能がありますね。その下側に見えるG-SHOCKの文字が抜かれた歯車も目を惹きます。

黒羽さん:その歯車はシリコン製です。半導体を製造する技術を応用しており、これ以外にもいくつかシリコンパーツを使っています。時計パーツに使うシリコンは硬く摩耗しにくいのでモジュールの耐久性を高めています。

井ノ本さん:このモジュールで個人的にすごいと思ったのが日付のディスクで、数字の並びを見ていただけますか?

–日付が1個飛ばしのような並びになっていますね。

井ノ本さん:この並べ方にすることで、つねにガリウム化合物でできたソーラーパネルの発電量を最大化しているんですよ。身内のことながらカレンダーの並びを入れ替えるなんてよく思いつくな、と。

黒羽さん:同じくらい細かいところでいうと、アナログ時計の場合は針の自動位置修正機能についても工夫があります。従来の方式はモジュール内部に置いたLEDが歯車の隙間に光を通すことでズレを感知し、針位置の同期を行っていました。一方のG-D001はモジュールが露出されている都合上LEDを設置することができません。そのため、LEDの光に代わって外の光を使うことにしたのです。ただ、外の光はあらゆる方向から挿し込んでくるので、実用レベルに行き着くにはかなり苦労しましたね。

G-D001専用ボックスはステンレススティール製で重さは4kgという。打ち抜かれた文字列はG-SHOCKの歴史上で重要な品番とその誕生年で、ランプシェードとして活用すると文字列の通りに影が落ちる

井ノ本さん:あと、モジュールをフルメタルにしたことで生じた問題点もあって。

黒羽さん:G-SHOCKのモジュールの基本構造はボタンを押すとそのシャフトが内部の金属端子を押し込み、モジュール側と接触させることでボタンが機能します。これはモジュールの基盤が絶縁体となる樹脂でできていることが前提の構造なんです。対してG-D001のモジュールはフルメタルなので、従来と同じように作ってしまうとずっと通電しっぱなしになってしまう。この問題を解消するため、このボタン周りにはセラミックを使うことにしました。

カレンダーディスクの数字の並びを変更し、光発電の効率を最適化。モジュール側面には絶縁体としてセラミックをセット

–妥協なく作るとはいえ、思いもよらないところで手間がかかっていたんですね。

井ノ本さん:完成が40周年のうちに間に合って本当によかったです(笑)。

–そして12月10日、世界的オークションハウスのひとつ「フィリップス」がニューヨークで開催したオークションの目玉商品のひとつとしてG-D001が出品されました。みなさんも現地に行かれたのですか?

井ノ本さん:プロジェクトメンバー8名のうち、1名に代表して行ってもらい、私たちは日本で中継を見届けていました。オークション側が提示した7万〜14万ドルという落札予想価格に対する私たちの印象はバラバラで。個人的には前作が800万円程度だったことを考慮したら妥当だと思いましたけど、なかには「もっといけるんじゃないか」という人もいましたし、伊部なんかは「誰も手をあげないまま0円で終わるんじゃないの?」なんて(笑)。

–結果、40万50ドル、日本円で6000万円に迫る価格で落札されましたね。G-SHOCKにこれだけの価格がついたことに、日本人として誇らしい気持ちになりました。さて、ドリームプロジェクト第1弾、18KゴールドのG-D5000はその後ステンレススティールのフルメタルスクエアGMW-B5000の開発に技術が応用されましたが、今回のG-D001も今後の製品化などは見据えているのでしょうか?

 

 

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網倉さん:G-D001の耐衝撃構造は18Kゴールドの素材特性まで計算した上で成り立っている形状なので、この形状のままステンレススティールで作り変えることはできません。ただ、AIの活用自体は今後も続けていくことになるでしょうし、ほかの技術転用もあると思います。

黒羽さん:デザインも機構もオールニューのG-SHOCKですから、AIに限らずG-D001を通じて確立できた技術は多いです。これを今後のモデルに応用していきたいとは考えていますが、まだそこまで手が回っていません(笑)。

井ノ本さん:2024年はカシオの腕時計開発50周年という節目もあるので、そちらを盛り上げつつG-SHOCKの新商品も考えていきます。G-D001を作り終え、オークションも予想を上回る落札額となり、もう少しやり切った感に浸っていたいところですが、そうも言っていられないですね(笑)。今年もなかなか面白いモデルが出てくる予定ですので、期待していてください。

取材後記

ドリームプロジェクトの第1弾となるG-D5000は、2015年のバーゼルワールドの会場でプロトタイプを初めて見せていただいた記憶がある。あのモデルはその後に世界限定35本で製品化されたほか、同様の技術を活用してフルメタルスクエアG-SHOCK「GMW-B5000」誕生のベースも築いた。一方の第2弾となるG-D001はすべてが新しい技術で作られており、まさに次の時代を見据えた試金石としての一本である。

「G-D001」耐衝撃構造、20気圧防水、ソーラー充電システム、標準電波受信機能(マルチバンド6)、デュアルタイム、ストップウオッチ、暗所視認補助(ソーラーセル発光)、日付表示。商品名のG-D001は、G-SHOCKのドリームプロジェクト、次世代を見据えた初号機を意味している。

筆者は2015年にG-D5000の試作機を見せてもらった際、伊部さんが「地球上にある最高の金属でG-SHOCKを作りたい」という純粋な動機からオリジンのフルゴールド化に着手した、と聞いた。このようにいわば誕生から30年以上にわたって研鑽を積み重ねてきた技術の集大成というべき取り組みだった第1弾に対し、若手に託された第2弾の目標は誰も見たことのないG-SHOCKを作り上げること。たとえばガリウム製のソーラーセル。これは一般に搭載できないほど高額だというが、もしかしたら今後のMR-Gに使われる可能性は否定できない。外光を使った針位置の自動修正機能も、きっと技術的には応用できる時計がこれから出てくる可能性があるだろう。耐衝撃性能という制約がなければ、オシアナスやエディフィスなど、そのほかのブランドに使うことも考えられる。

約6000万円で落札された夢のようなG-SHOCK。収益金は北米の環境団体The Nature Conservancyに寄付されるため、ドリームプロジェクトを通じてカシオ側に売上があるわけではない。だが、このモデルで得た飛躍的な技術進化と世界に向けた宣伝効果は、2年に及ぶ研究開発の時間とコストや、落札額と比べても遥かにそれを上回る価値があったのではないかと筆者は考えている。

1983年、「落としても壊れない丈夫な時計」という実現不可能に思えたタフネス性能を実現したオリジンから40年を経て、もはや完全に金属のみでG-SHOCKの耐衝撃性能を確立する術を得た。ここから果たしてG-SHOCKはどのような進化を遂げていくのか。50周年を迎えたときのG-SHOCKが世界でどのような存在になっているのか、いまから楽しみで仕方がない。

Text/Daisuke Suito(WATCHNAVI) Photo/Katsunori Kishida

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