孤高のクラシック「手巻き式クロノグラフ」の愉悦(パテック フィリップ)
一般的なクロノグラフであれば数十万円から購入できますが、「手巻き式」になるとその価格は数十倍に跳ね上がります。それでも愛好家を魅了する理由はどこにあるのでしょうか?
時計愛好家はなぜ手巻き式クロノグラフに惹かれるのか?
スイスの時計教科書には「クロノグラフとは時計ムーブメントの付加機能で、正確な時間の長さを求められるスポーツイベントや工業用測定、研究や実験に用いられるもの」とされています。
そのルーツは1822年にフランスの時計師ニコラ・リューセックが考案したとされており、1844年にはアドルフ・ニコルによって、スタート/ストップ/リセットという3つの動作が完成。クロノグラフの基本構造が決定しました。
時計業界が腕時計へとシフトしていくと、1910年ごろにはクロノグラフムーブメントの小型化を進め、腕時計にも搭載されるようになります。業界初の腕時計式クロノグラフは1913年に誕生したロンジンといわれ、1923年〜26年にはパテック フィリップが同社初の腕時計式クロノグラフを発表。1933年にはブライトリングが2つのプッシュボタンで操作するメカニズムを完成させ、クロノグラフ機構は熟成期へと入っていきます。
クロノグラフは微細なパーツが多く、ムーブメントの製造が困難です。そのため凄腕のムーブメント会社から半完成品を購入し、社内で加工するのがセオリーでした。1926年にはヴァルジューやヴィーナスなどクロノグラフムーブメントの名門が統合したエボーシュSAが発足し、さらにクロノグラフは高機能化。複雑機構の花形となり、医師や高級将校、経営者ら知的職業が好んで使う格上の時計となりました。もちろんこの時代のクロノグラフは、すべてが〝手巻き式〞なのです。
時計技術の進化が思わぬ逆風になる
ところが時代の転機は突然やってきます。1969年に自動巻き式クロノグラフが誕生するのです。既に当時は手巻き式=時代遅れというイメージがあった上に、セイコーが「Cal.6139」をスイス製クロノグラフの半値で発売。さらにはセイコーの「クオーツ アストロン」によって、機械式時計の市場自体が壊滅的な状態へと陥りました。
1980年代後半に再び機械式時計の人気が盛り上がってきたときには、完全に自動巻き式が主流となっており、手巻き式クロノグラフはほぼ市場から姿を消してしまいます。そして現在では、ノウハウを維持してきた一部の実力派マニュファクチュールのみが、少量製作する程度になってしまうのでした。
それにしても、なぜ手巻き式クロノグラフはここまで希少な存在なのでしょうか?
理由は手間と価格に集約されます。手巻き式クロノグラフは〝手巻き〞であることが大前提であるため、専用設計が必要となり、パーツのすべてを見せるために、仕上げも完璧に行うので、どうしても生産コストがかかるのです。その結果、自動巻き式との価格差は数十倍にもなります。この状況を理解してくれるのは、よほどの好事家だけでしょう。
しかもトゥールビヨンや永久カレンダーの場合は、動きや性能が重視されているので、新しい素材やデザインを取り入れやすく、時代の変化にも対応しやすい傾向にあります。しかし手巻き式クロノグラフは、大きな進化を求められてはいません。
古き良き高級機械式時計の味わいを、残すことを求められる文化遺産のような存在なのです。そんな状況でも作り続けられるのは、これほどまでにムーブメントの美しさを堪能できる時計が存在しないからです。
つまり、美しい機械を操作したいという愛好家の欲望を叶えるのは、〝手巻き式クロノグラフ〞以外にはありえないなのです。
問:パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター TEL.03-3255-8109
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