スクエアウオッチの魅力――カルティエの角型に、なぜ男は惹かれるのか?
名作と呼ばれる角型時計のなかでも、カルティエの美しさは群を抜きます。時計評論家・松山 猛さんがその魅力を語ります。
スクエアウオッチを象徴するカルティエの逸品
機械式時計は塔時計の時代から、時刻を示す針が円運動をするため、必然的に丸い文字盤を与えられたのでした。時計が小型化され、ポケットウオッチやリストウオッチの時代になっても、時計は丸く作るというのが一般的でしたが、20世紀の初めに、その常識を打ち破ったのがパリの宝石商、“カルティエ”でした。
カルティエがまず製作したのが、ブラジル生まれの飛行家アルベルト・サントス=デュモンのための腕時計です。サントス=デュモンは「飛行船や飛行機を操縦するときに、ポケットウオッチをいちいち取り出すのは不便」ということを、三代目当主だったルイ・カルティエに伝えました。そこでデザインされたのが、ベゼルをビス止めにしたスクエア形のリストウオッチでした。
時代はちょうど科学技術が発展し、鉄骨の建築が登場した20世紀の初頭で、馬車に替わってエンジンで走る車が走り始め、蒸気機関の大型客船が海を越えて人々を運び、科学万能を謳歌する気分にあふれていました。そんな雰囲気をデザインに生かしたのが、“サントス”ウオッチだったように思えます。
やがてヨーロッパは戦乱の日を迎えます。第一次世界大戦の戦線に、アメリカから義勇軍の戦車部隊が参戦し、彼らの活躍もあってフランスは勝利しました。その戦車部隊を率いた将軍たちにカルティエが感謝を込めて製作し、贈ったのが、いわゆる“タンク”ウオッチの原型。その時計のケース・デザインは、近代的な存在のタンクを上から俯瞰し、ケースの左右にタンクの無限軌道=キャタピラをデザインしたものでした。
数年後、カルティエは要望に応える形で「サントス」や「タンク」を、注文に応じて製造するようになり、かくしてスクエアウオッチのマスターピースは、時計愛好家の腕を飾るようになっていったのでした。
1950年代まではそのほとんどがブティックでの販売であり、製造本数も少なかったので、古いサントス、タンクは現在、コレクターアイテムとして高い人気を誇っています。腕時計というものに高度なデザイン性を与えたサントスとタンク。時計デザインの手本となり、それ以降様々なスクエアデザインの腕時計が作られましたが、やはりサントスとタンクを超えるデザインはあまりなかったといえそうです。
今日のファッションに組み合わせても、タンクやサントスは良くマッチします。つまりそれだけのオリジナリティーと完成度が、これらのデザインに込められていたということなのでしょう。
松山 猛
1946年、京都市生まれ。時計評論家として毎年足繁くスイス・ジュネーブ&バーゼルの取材を欠かさない。一方、作家、作詞家、編集者としても知られ、鉄道やカメラ、茶道、骨董などにも造詣が深く、多方面に活躍。