ヒゲゼンマイ完成350周年。日本橋三越本店 本館6階ウォッチギャラリーで特別企画展「星が時を語る ― ホイヘンスと時計の起源、そして未来へ」開催

2025年12月2日まで、日本橋三越本店 本館6階ウォッチギャラリーで特別企画展「星が時を語る ― ホイヘンスと時計の起源、そして未来へ」が開催している。クリスティアン・ホイヘンスによる「ヒゲゼンマイ」の完成から350周年という節目を迎える今年。その歴史的な瞬間を祝うだけでなく、ヒゲゼンマイの意義、時計誕生の背景、そして現代へと脈打つ時間技術の継承まで、多層的に味わえる構成となっている。

本展の中心テーマともいえるヒゲゼンマイとは、いったいどのようなものなのか。時計の心臓部であるテンプを、規則正しい周期で振動させるために不可欠な渦巻き状のバネである。単純に見えるが、この仕組みがなければ機械式時計は精度を保てず、現在のような姿には決して辿り着かなかった。ヒゲゼンマイが発明される以前の携帯時計の誤差は、日差で数十分から数時間にも及び、不安定極まりないものだった。ゼンマイの巻き上げ量が変われば、針の進み方も大きく変わってしまう。そこにヒゲゼンマイが登場し、テンプに安定した復元力を与えることで、時計は飛躍的に等時性を向上させ、初めて“実用的な携帯時計”となったのである。

このヒゲゼンマイを1675年に完成させたのが、オランダの数学者・物理学者・天文学者であったクリスティアン・ホイヘンスである。1629年に生まれた彼は、まさに「知の黄金時代」と呼ばれるオランダ共和国の空気を存分に吸い込んで育った。父は外交官でありながら詩人・学者としても知られ、ホイヘンス家にはヨーロッパ中の知識人が訪れた。少年時代から数学・哲学・天文学といった自然哲学の諸分野に触れ、学問を横断して理解する資質を備えた人物だった。

ホイヘンスが特に情熱を注いだのは天文学で、自作の望遠鏡を用いた観測で土星の衛星タイタンを発見し、土星の環の構造を正しく描き出した。また光は波として伝わるという「光の波動説」を唱え、後の科学史に大きな影響を与えた。こうした研究からも分かるように、彼は宇宙と自然の背後に潜む法則を、数学的に、そして機構的に理解しようとする一貫した思索を持っていた。その探究心が、やがて「時間」というテーマへと結びついていく。

当時の世界、そしてオランダにとって正確な時間の獲得は喫緊の課題だった。17世紀は海運大国オランダが世界貿易をリードした時代であり、遠洋航海の命運を左右したのが「経度測定」であった。経度を知るには正確な時刻比較が欠かせないが、そのための精密時計はまだ存在しなかった。ホイヘンスは、ガリレオが見出した振り子の等時性に着目し、それを発展させて1656年に振り子時計を完成させる。しかし振り子時計は携帯性に乏しく、船上では波の揺れに弱いため航海時計としては不向きだった。この限界を打ち破るために、彼は新たな調速装置としてテンプとバネの組み合わせを考案し、研究を重ね、1675年にヒゲゼンマイという革命的な構造へと到達したのである。

ヒゲゼンマイの誕生によって携帯時計の精度は劇的に向上し、懐中時計というスタイルが確立した。この調速方式は350年経った現代の機械式時計においても、依然として原理が変わらず使われ続けている。素材が鉄や真鍮からニヴァロックス合金やシリコンへと変わり、構造が平ヒゲからブレゲヒゲへと進化したとはいえ、根本的な仕組みはホイヘンスの発明にほかならない。この事実は、彼の洞察がいかに普遍的であったかを雄弁に語っている。

さて、今回のシェルマン日本橋三越店 本館6階ウォッチギャラリーで特別企画展「星が時を語る ― ホイヘンスと時計の起源、そして未来へ」は、このホイヘンスの発明350周年を祝うだけではなく、複数の貴重な要素が詰まった展示となっている。その一つが、世界有数の時計専門博物館であるラ・ショー・ド・フォン国際時計博物館との連携である。同館は、歴史的時計から近代の機構まで幅広いコレクションを持ち、調速機構の発展史に関する資料も豊富に保有している。同館は2025年春にホイヘンスの発明350周年記念イベントを実施し、シェルマン日本橋三越店がこれに呼応して今回のイベントが成立した。

さらに、本展の大きな魅力となるのが、インデペンデント(独立時計師)とスモールメゾンの作品が一堂に並ぶ点である。シェルマンは独立時計師の作品を積極的に扱ってきたショップとして知られており、いわゆる“大量生産時計”とは異なる、作り手の思想や美学が凝縮された作品を紹介し続けてきた。今回の展示では、現代の独立時計師たちがどのようにホイヘンスの発明を受け継ぎ、自らの技術と創造性を通じて「未来の時計」を形づくろうとしているのかを間近で感じられる。ヒゲゼンマイの登場によって機械式時計が生まれ、それが350年後に独立時計師たちの手仕事へと連なっているという事実に、時計文化の厚みを実感できるだろう。

そして、今回の展示を語るうえで欠かせないのが、各時計メーカーから寄せられた「350周年を祝う直筆レター」の存在である。「Dear Watch Lover,」と題されたこれらの手紙には、時計師や経営者が自らの言葉で、作品に込めた想い、時計づくりへの哲学、そして未来のオーナーへの温かなメッセージを綴っている。展示として会場で読むことができるほか、時計を購入した来場者には、このサイン入りレターが贈られる。この取り組みは、単に時計を“モノ”として販売するのではなく、その背後にある作り手の精神性を共有するための特別な体験となるだろう。

ヒゲゼンマイという小さなバネが、なぜ350年ものあいだ時計の心臓部として生き続けてきたのか。その答えを、ホイヘンスの人生と現代の独立時計師の作品が静かに語る。過去を学び、未来を想像し、そして今を楽しむ。そんな豊かな時間を味わえる展示である。

↑オランダの時計メーカー、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウが、ホイヘンスへのオマージュとして発表した「プラネタリウム クリスティアン・ホイヘンス」。本企画展でも展示。

 

【星が時を語る ― ホイヘンスと時計の起源、そして未来へ】
開催期間:~2025年12月2日(火)
会場:日本橋三越本店 本館6階ウォッチギャラリー/cal.BAR、プロモーションスペース

協力団体:ラ・ショー・ド・フォン国際時計博物館(MIH)、ハーグの時の財団-Stichying Haegsche Tijd(SHT)、明石市立天文科学館、名古屋市科学館、一般社団法人日本時計輸入協会

 

問い合わせ先:日本橋三越本店 本館6階ウォッチギャラリー/シェルマン TEL.03-6225-2134 https://shellman-dearwatchlover.com

Text/高井智世

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