スイスで活躍する日本人独立時計師・関口陽介氏【インタビュー】AI全盛の時代に「人の熱量」を刻む、妥協なき機械式時計を作り続ける意義

自身の名を冠したブランドを立ち上げてから6年。スイスを拠点に活動する独立時計師・関口陽介氏は、独自の美意識と作業のほとんどを手作業で行うタイムピースで、いまや世界中のコレクターから求められる注目の時計師となった。AIや先進の工作機械による効率化が業界のスタンダードとなりつつある時代に、コンピューターによる設計作業に一切頼らず、ひたすらに歴史ある工具や自作のツールを手に、膨大な時間と情熱を込めてハンドメイドにこだわる理由とは何か? 自身が憧れる巨匠・フィリップ・デュフォー氏も認めた時計作りへの揺るぎない哲学に迫る。


↑関口陽介(Yosuke Sekiguchi)/1980年、群馬県生まれ。骨董好きだった高校生時代に出会った古時計の修理を独学で行ったことから時計に興味を持ち、大学卒業後に単独フランスへ。2007年に仏国家時計技師資格(CAP)を取得し、ラ・ジュー・ペレを経て、クリストフ・クラーレでは複雑時計の開発やアンティークの修復に従事。そして2020年、時計製造業の都市計画として世界遺産に登録されているヌーシャテル州ル・ロックルにて「YOSUKE SEKIGUCHI」を設立し、翌年にファーストコレクション「プリムヴェール(PRIMEVERE)」(仏語で「サクラソウ」を意味し、ル・ロックル周辺で雪解け後に咲く花として知られる)の第一号を発表。妥協なき時計作りに邁進する。

アワーグラス銀座で「YOSUKE SEKIGUCHI」の実機が見られる!〉

アジアを中心に展開する高級時計専門店「アワーグラス銀座」のサロンにて、この5月より「YOSUKE SEKIGUCHI」の取り扱いがスタートした。2024年の移転オープンを経て、さらに洗練された寛ぎの空間へと生まれ変わった同店には、世界の名立たるステータスブランドが揃えられている。今回、その錚々たる顔ぶれの中に、関口氏のアトリエ系ブランドが新たに名を連ねることとなった。


【アワーグラス銀座】ショップ情報
TEL:03-5537-7888
住所:東京都中央区銀座6-6-5 HULIC &New GINZA NAMIKI6 8F
営業時間:12:00~19:00
定休日:日曜、月曜

https://www.thehourglass.co.jp/

 

5年の軌跡。そして生ける伝説、フィリップ・デュフォー氏からのオーダー

自身のブランドを設立した当時、描いていたビジョンに現在到達しているのか? そのような問いに対し、関口氏は自然体でこう振り返ってくれた。

(関口氏)「最初の時計が完成してから、5年後にこうなりたいという明確な目標があったわけではなく、その時その時でできることをやってきたという印象です。正直、5年も続けられるかもわからなかった(笑) 努力し続けられていること、思うような時計作りができていることに対して、家族や支えて下さっている皆さんへの感謝しかありません。ここまでは、自分なりにうまくいっているのかなと感じています」


↑ YOSUKE SEKIGUCHI「プリムヴェール 2025」 Ref.39RG-GAWG 8万スイスフラン(税別)/18Kローズゴールドケースに、深紅のグラン・フー エナメル文字盤を合わせたモデル。フィリップ・デュフォー氏が実物を一目見て、即座に自身と夫人のための一本を直接オーダーしたという。こちらはローマ数字インデックスを採用。

その「うまくいっている」という言葉を表す夢のようなエピソードがある。時計界の生ける伝説、独立時計師・フィリップ・デュフォー氏との邂逅だ。関口氏が初めてデュフォー氏に会ったのは2000年のこと。以来、デュフォー氏は関口氏の憧れとなった。そして「プリムヴェール」の第一号が完成してから5年という節目を迎えた2025年、関口氏は「ここまで自分ができるようになりました」という報告のために、完成した時計を携えてデュフォー氏のもとを訪れたのだという。

「見ていただけるだけで光栄だと思い、持参で伺いました。そうしたら『じゃあ一本作ってくれますか?』とオーダーして下さって、全く予想していなかったので本当に嬉しくて。25年前、何の時計の知識もなかった学生だった私の時計を買って下さった。これで時計師人生が終わっても悔いはないと思えるぐらい、ありがたい出来事でした」

100年前の意匠を現代に。エナメル文字盤にかけるこだわり

今年発表した「プリムヴェール」の最新作のデザインは、100年以上前のアンティーク時計から強いインスピレーションを受けて制作された。関口氏が所有する膨大な文字盤コレクションの中から、装飾的でありながらも絶妙なアクセントを持つローマ数字の意匠を見出し、独自にアレンジを加えたという。

「所有している秒針のないエナメル文字盤が、新作のデザインのヒントとなりました。本来ならば1900年代初頭のエナメル文字盤のように、数字を金箔や銀箔を組み込む製法で作りたかったのですが、現代の技術ではそれは不可能とのことでした。それでもあの独特な輝きを再現したいと思い、現代の印刷技術で理論的に可能かを探ってもらうことで実現しました。暗いところから光りに当てたとき、キラッと数字が輝きます。予想以上の出来栄えで、大変満足しています」

また、今回はイエローゴールド製のケースを初めて採用している。煌びやかなイエローゴールドに艶のある漆黒の文字盤を融合することで、関口氏が愛してやまない懐中時計らしいクラシカルな雰囲気をより引き出すことに繋がっている。

見えない部分にも哲学を。ムーブメントに究極の仕上げを施す

ムーブメントにおいては、もはや説明の必要はないかもしれない。どうしてかといえば関口氏の技術の真骨頂はムーブメントのフィニッシングにあり、初期からその緻密かつ精妙さは息を呑む美しさとして知れ渡っているからだ。彼が一つひとつにかける手間と時間、そして情熱は常軌を逸したものともいえる。

「けれども、この5年間でさらに進化していると自ら明言できます。使用する道具や作業手順が定まり、初期の頃のような迷いや失敗によるロスは減って、クオリティが安定してきたと実感できているのです。たとえば2番車の受けパーツだけでも、15個から20個をまとめて準備できるようになりました。仕上げの途中で傷をつけてしまったり、やり直しになるものがここから3分の1くらい出るため、多めに準備しておくのです。実際に組み上げる準備段階として、これらのパーツを揃えるだけでも数か月がかかってしまいます」

さらに知っておいてほしいのが、シースルーバックからは見えない箇所にも仕上げを施していることだ。文字盤の下など、隠れている部分にもすべてペルラージュ装飾がなされている。さらに仕上げに最も時間を要するのが、「ガンギ車」と「アンクル」とのこと。


↑18Kホワイトゴールド製ケースの「プリムヴェール 2026」 Ref.39WG-GAWGのシースルーバック。「ヤーゲンセンスタイル」のレトロな手巻きムーブメントに、とことん磨き上げを追求した。

 

「この作業では、用意したガンギ車またはアンクルの実に半分以上が壊れてしまうのです。硬い鋼材を使っているのですが、焼き戻し(素材を柔らかくする処理)をせず、硬い状態のまま自分で作った道具で面取りをします。ジグボーラーを使って極限まで厚さを削ぎ落とし、段差をつけた部分を面取りしていくわけですが、その過程でどうしても欠けたり折れたりしてしまう。ハイブランドのムーブメントだとしてもガンギ車やアンクルは平面を磨くだけですが、私はあえてそこからリスクと時間をかけてポリッシングを行っています。その理由は、この『キャリバーYS-Y01』の美しさの見せ所だからです」

AIやコンピューターによる設計とは一線を画す。骨董が教えてくれる「ヒトが作るエネルギー」に触発されて

効率化が“正義”とされがちな現代において、関口氏はAIやCNC(コンピュータ数値制御)マシンによる時計作りにアンチテーゼを突きつける。彼のインスピレーションの源泉は、最新の時計たちではなく、古い建造物や骨董にあると語る。

「15世紀の建物、500年かけてすり減った石の階段、16世紀のタイルなど、ヒトのエネルギーが込められている骨董全般に魅力を感じており、私には今も輝いて見えます。それは時計にも当てはまるでしょう。だからこそ、私はコンピューターによる設計を用いていません。頭の中にあるイメージからダイレクトに自らの手でヤスリを使い、パーツを削り出していく昔ながらのやり方が性に合っています(笑)」

関口さんの手法は極めて古風。図面を描く際は、1827年の古い書物などを参照し、当時のアンティークコンパスを用いて手書きで引くという徹底ぶりだ。なお、キャリバーYS-Y01のベースとしているエボーシュ(ムーブメントの半完成品)は、時計師ユール・ヤーゲンセンが1871年に製作した懐中時計のムーブメントを、腕時計用に再設計したものである。これは「ヤーゲンセンスタイル」とも呼ばれ、ロービートのほか、質実剛健で無駄のないブリッジなど、古典的な構造が特徴である。この歴史的遺産を基本に、オリジナルのパーツや至高の仕上げで、工芸品としての審美性をさらに引き上げている。

「スイスの伝統的な時計作りに倣い、これを引き継ぐウオッチメーカーとしての仕事を全うしたい。そういう認識で今後も続けていきます。最適化や利便性を考慮するなら、AIほど便利なものはない。ですがそれを追求するあまり、ヒトの感情や判断が機械に支配され、人間らしさが蝕まれていく現在の風潮にはやや危機感を抱いています。不完全だからこそ、粗があるからこそ、道具もヒトに近い存在になるのではないでしょうか? そして時計に絶対的な精度を求めるならばクオーツが最適解でしょう。ですが私は、ヒトの手で作り上げる機械式時計において、ささやかながら時代の潮流に抗いたいという思いで取り組んでいます」

たった一人のアトリエで「パーツと対話」。時計作りは己に対するミッション

原材料費の高騰が続く昨今においても、関口氏のスタンスは揺るがない。為替レートの変動の影響があるものの、5年前からプライスを改定していないというから驚きだ。その理由は、“利益の追求よりももっと良い時計を作りたい”という純粋な発想であり、彼自身のライフスタイルにもそれが現れている。

「もちろん家族と過ごす時間が何より大切ですが、夕食後も夜9時半から12時までは毎晩必ずアトリエに戻って作業を続ける生活を送っています。作業に没頭することが私のミッションであり、幸せでもあるのです。また、こうしたらもっと良くなると感じているにもかかわらず、それを実行に移さないことは、自分自身が許せないのです」

時計作りの終わりなき探求。関口氏には“完成”がないようにさえ思えるが、その一線はどう見極めているのだろう? 

「自分が決断するというより、パーツとの対話といえるかもしれません。磨いたパーツの面に自分が映り込むのですが、それを見ながら『もうここまでやれば恥ずかしくないかな』『これ以上やったら壊れてしまうかな』と探りながら、見極めています。そうしないとエンドレスになってしまいますから(笑) そして完成した瞬間、そのミッションはクリア。頭の中は次の時計のことでいっぱいになっています。これを時計師になってから25年、続けてきましたね」

 

最後に、次のようなエピソードも教えてくれた。関口氏の金庫には、時計師を志した学生時代に手に入れた安価な時計から、最近惹かれた骨董に至るまでが「タイムカプセル」のように収められているとのこと。時折それらを取り出しては“対話”を交わし、かつての純粋な情熱や歩んできた軌跡を確かめるのだという。過去の自分を道標に心を研ぎ澄まし、再びひたすらに時計作りへ没入していく関口氏。きっと今日も、ル・ロックルの閑静なアトリエで彼はミッションに向き合っていることだろう。


↑ YOSUKE SEKIGUCHI「プリムヴェール 2026」 Ref.39YG-BKPAWG 8万スイスフラン(税別)

ブランド初となる18Kイエローゴールドケースを採用し、よりクラシックな懐中時計の風格を高めた意欲作。およそ1世紀前のアンティーク懐中時計から着想を得た漆黒のグラン・フーエナメル文字盤と、そこに配されたオリジナルフォントのアラビア数字インデックスが光る。特殊な製法で記された数字は、光を捉えると金属のように反射し、静謐な文字盤に躍動感を与える。シースルーバックから鑑賞できる手巻きムーブメントは、トラディショナルなヤーゲンセンスタイルを踏襲する「キャリバーYS-Y01」で、関口氏がパーツひとつずつを丹念に仕上げた技巧の極みの逸品だ。

スペック:手巻き(Cal.YS-Y01)、毎時1万8000振動、約40時間パワーリザーブ。18Kイエローゴールドケース(シースルーバック)、サファイアクリスタル風防、グラン・フー エナメル文字盤、アリゲーターストラップ。直径39.5mm、厚さ12mm。3気圧防水。※フルハンドメイドのため、年間生産本数は極少。

 

https://yosuke-sekiguchi.com/japanese/watchmaker.html ※価格は記事公開時点の税込価格です。完売の可能性があります。

Text/山口祐也(WATCHNAVI編集部) Photo/岸田克法

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