18世紀にオートマタ(からくり人形)の制作で世界的に名を馳せた偉人、ピエール・ジャケ・ドローの正統後継ブランドであるスイスのジャケ・ドローが、これから大胆な方針転換を行うという。その真意を聞くべく、来日していたアラン・デラムラCEOにインタビューした。
TEXT/Daisuke Suito(WN編集部)
ニッチブランドとしての再出発
アラン・デラムラCEO(以下AD):あなたは、私たちのブランドについてすでに何か聞いていますか?
WATCHNAVI編集部(以下WN):えぇ、少しは。なんでも今後は時計の製造本数をかなり絞っていくと。
AD:その通りです。では、より具体的なお話をしましょう。私たちはこれから「ジャケ・ドロー8.0、ディスラプティブ・レガシー」というビジョンを持ってこの素晴らしいブランドの価値をより高めていきます。偉大な創業者であるピエール・ジャケ・ドローは、オートマタの制作でスペインやイギリスの王のみならず、中国の皇帝らにも寵愛を受けていました。いわば「キング」のための作品を制作していたのです。その技芸の限りを尽くした作品は今も博物館に永久展示されるほどの技術的、芸術的な価値を持っています。その遺産を今一度、現代に復権させることが大切だと考えたのです。
WN:では、それと生産数を絞ることにどのような関係があるのですか?
AD:私たちはキングのために特別な時計を製造していくブランドであるべきだと思い直したのです。確かに、これまでは日本円でいう100万円ぐらいのエントリープライスのモデルも展開してきました。ただ、正直なところ同じグループ内でさえ競合してくるプライスレンジです。そこで、私やスウォッチ グループを統括するマーク・A・ハイエックなどとディスカッションをしながら、飛び抜けた計画を立てることにしたのです。それが、先ほど触れた「ジャケ・ドロー8.0、ディスラプティブ・レガシー」の計画です。
WN:生産数を絞るということは、現在の販売店に流通しないモデルがかなり出てきそうですね。
AD:私たちは今後、常設の販売拠点をほぼ持たないブランドになる予定です。こちらから新しく発信する新作発表などの情報については、オンラインを活用するのはもちろん、特別なお客様に個別でご案内したり展示会のような形でお披露目したり。常設の店舗がなくてもできることはたくさんあると思います。
WN:D2C(ダイレクト to コンシューマー)のビジネスモデルになるということですか?
AD:基本的にはそうなりますね。たとえば日本の場合、私たちのハイエンドピースにも理解の深い愛好家が多くいますので、銀座のブティックのほか、一部のアンバサダーに協力いただきながらブランドとお客様の交流をより深めていければと考えています。これを主要各国で行うことで、あとは愛好家の口コミで広まっていく分で予定している生産数に到達すると考えています。私たちが目指すのは、現代の「キング」のために時計を作るブランドになることです。
WN:そのような人たちは要求も高いと思います。どのようにして顧客満足度を担保するお考えですか?
AD:私たちは新たに「PHYGITAL」というコンセプトを紹介していきます。これはフィジカルとデジタルの融合を意味しており、購入を検討していただく方を私たちのアトリエにお招きしてジャケ・ドローの時計作りに対する姿勢をお伝えしますが、ラ・ショー・ド・フォンまでお越しいただくことが難しい方のためにアトリエの一部に複数台のライブカメラを配置したワークベンチも用意し、お客様がオンデマンドで職人の作業を画面越しにも見ていただけるようにしました。オーダー済みの方であれば、自分の時計ができていく様子も見ていただくことができます。このようにブランドとお客様の距離をより緊密にすることで不満やトラブルを未然に防ぎながら、ご要望を満たすプロダクトを作り上げることが重要だと考えています。マイクロブランドのようにニッチで柔軟性を持ったスタイルですが、一方で私たちにはスウォッチ グループという強みもありますからアフターサービスの体制まで安心していただけると思います。
実際に展開する商品について
WN:では、実際にこれからどのような時計を展開される予定か教えてください。
AD:今後はベースのモデルをご用意して、それをお客様の好みに合わせてデザインするビスポークオーダーが主体となります。これは一例で、私たちにはピエール・ジャケ・ドローから連綿と受け継いできたオートマタの技術を現代的に昇華させた「チャーミング・バード」という限定モデルがありますが、これをスカルで解釈したモデルなども作ることができます。そのほか、ロード・オブ・ザ・リングのイラストレーター兼コンセプト・アーティストであるジョン・ハウとのコラボレートモデルのように、コンセプトそのものからオーダーを受けることもできますし、ベストセラーの「グラン・セコンド トゥールビヨン スケルトン」をベースに彫刻を配置したり、素材の組み合わせをカスタマイズしたり、ということもできます。さらなるご要望があれば、制作した時計を収める専用ボックスも特注でお作りすることができます。
WN:ジャケ・ドローが持てる技術の総力を上げて作る世界に唯一のタイムピース。富裕層の愛好家にとってはとてもエキサイティングな方針転換となりそうですね。
AD:これからのブランドの方針はかつての創業者のレガシーではありながら、現代技術も取り入れた変革です。チャールズ・ダーウィンの名言「生き残る種とは最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最も適応したものである」とあるように、これからは私たちのことを真に必要としている「キング」のために特別な時計を制作していきます。
デラムラ氏は、もう1000万円以下の製品は作らないと述べた。そして2023年の年間製造本数はわずか50本程度だという。確かにジャケ・ドローのオートマタ制作の技術は、これだけ世に溢れかえった腕時計ブランドの中でも突出しており、世界を見渡せば需要はあるに違いない。一方で、私たちがしばしば紹介してきたグラン・セコンドのスポーツウオッチ「SW」やグラン・ウールなどはもう店頭で見ることはないだろう。タイムピースを一斉に店頭から引き下げることはないそうだが、もう現在市場に出ている以上の増産は見込めないのも事実。高額ではあるものの親しみを持って幾度となく取り上げてきたブランドがこれからより高嶺の花になってしまうのは、いち時計好きとしては少々残念な思いである。
問い合わせ先:ジャケ・ドロー ブティック銀座 03-6254-7288
https://www.jaquet-droz.com/
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