5月某日、ゼニス ブティック銀座(東京都中央区銀座6-7-16)に同ブランドのチーフプロダクトオフィサーのロマン・マリエッタ氏が来るということで、WATCHNAVI編集部はインタビューを申し込んだ。新CEOが就任したばかりでブランドの方向性がどう変わるのか、ゼニスでの18年のキャリアを持つ同氏であればブランドの真意を聞けると考えたからだ。果たしてロマン氏の回答とは。
TEXT / Daisuke Suito Photo / Kensuke Suzuki (ONE PUBLISHING)
6名のCEOと仕事をともにした18年間
–ロマンさんがゼニスが展開しているコレクションを現在の4本柱にしたと聞きましたが、合っていますか?
「そうですね。私はゼニスに18年間勤めていますが、ティエリー・ナタフCEOの時代、最も多いときには15のシリーズがあり時計の種類は800にも及びました。これを路線変更したのがジャン-フレデリック・デュフール氏でした。ただ、彼がCEOだった時代はシリーズを絞りすぎた感もあり、のちにジュリアン・トルナーレ氏の時代に現在の『クロノマスター』『デファイ』『パイロット』『エリート』という4本柱のコレクションへと収束させたのです」
–というか、いま話に出てきただけでもCEOが3名出てきましたが、最近になってまた新しいCEOに変わりましたよね。ほかにもジャン-クロード・ビバー氏が暫定的にCEOだった時代などもありました。個人的なゼニスへの印象として、トップがよく変わり、その度に方針もかなりガラっと変わるブランドだと思っています。
「私がゼニスに入ってから一緒に仕事をしてきたCEOは、現在で6人目です。確かにトップの交代によってブランドの方針も変わるのですが、最も大切にしなければならない歴史や技術まで変わらないようにすることは私の重要な役割だと思っています。例えば年間製造本数について、コレクション数が最大だったときと現在とで、ほぼ変わらずに数万本前後をキープし続けているんですよ。さらにエル・プリメロの製造数についてもお伝えすると、単純計算にはなりますが1969年の誕生から現在までの55年間、他社に供給した分を含めてもおおよそ90万個。これは現在のロレックスの年間生産本数にも満たない数です。それほどエル・プリメロの製造に惜しみなく時間をかけ続けることはゼニスの伝統でもあるのです」
–個人的にはもっと製造本数を増やしても良いのではないかと思います。一方で、ル・ロックルのマニュファクチュールを取材させていただいたことがあるのですが、あの街自体が世界遺産ということもあり工場の大規模な改修や拡張が難しいのだろうとも推測します。実際のところ、他の場所に新しい工場を構えようと考えたことはありますか?
「それは有り得ませんね。先ほどもお伝えしたように、ゼニスには何よりも歴史を重んじています。その象徴であるル・ロックルのマニュファクチュールから離れた場所で時計を製造することは絶対にないです。取材されたときに見ていただいたと思いますが敷地内には18棟の建物があり、規模を拡張できるだけの余地も十分にあります。今以上に広げないのは製造体制と品質維持のバランスを考慮しての判断です」
–現在の年産本数のコレクション内容に見合った最適な規模ということですね。取り扱い店舗についても調整している印象を持っていますが、ショップの展開でなにか具体的なプランはありますか?
「まず、ブランド直営ブティックというのはグローバルでもそれほど多くありません。とくに日本はゼニスにとって特別な国ですし、ブティックをオープンするときでもパートナーである時計店との関係をとても大切にしています。ただし、可能な限り各店で平等にタイムピースを並べていただくために取り扱い店舗の数を見極める必要があることも事実。現行コレクションの本数を適正にし、それらを分け隔てなく取り扱い店舗に展開するための調整は今後も必要だと考えています」
最近の新作の狙いと話題作の製作秘話
–そうしたブランドの背景も踏まえ、改めて今年の新作の狙いなどあれば教えていただけますか?
「WATCHES AND WONDERSでは、デファイ エクストリーム ダイバーを発表しました。デファイというとナタフ時代のモデルを思い浮かべる人もいるかもしれませんが、歴史はエル・プリメロと同じく50年以上の歴史があります。スポーツウオッチとして開発され、200mの防水性能がありました。今年の新作では防水性能に着目し、その性能を600mにまで引き上げたのです。この600mはフィートに換算すると約1969ftということで、デファイの誕生年となります。なお、数値では600mですが自社テストは750mに設定して行っているのでスペックには絶対の自信を持っています。初期モデルを復刻したデファイ リバイバル A3648は特徴的なオクタゴンケースなどの制約があり開発には苦労しましたが、これにも同じ防水性能を持たせることができました」
–WATCHES AND WONDERSの前、今年1月に開かれたLVMH WATCH WEEKではパイロットシリーズからブルー文字盤を出しましたね。あれは昨年にリニューアルしたシリーズですが、発表当時に「プッシュボタンの押し心地にこだわった」という説明を受けました。非常にニッチな着眼点だと思うのですが、どのような経緯があったのでしょうか?
「まず、パイロットの商標をゼニスが持っており、文字盤にPILOTと記すことができる唯一のブランドであることはご存知だと思います。まだパイロットが懐中時計に革紐を付け、二の腕や大腿部に巻き付けていた時代から、ゼニスは航空計器を開発してきたのです。新世代機では、そうした歴史の本質である“ツールウオッチ”としての航空時計に回帰しようと考えました。グローブをしたままでもフライバッククロノグラフが着実かつ迅速に起動するよう従来の900gから500gの力で押せるように改良し、ビッグデイトの切り替えも0.007秒で瞬時に切り替わるようになっています。誌面や画面越しには伝わりにくいことなので開発には社内でも賛否両論ありましたが、パイロットシリーズの存在意義をより明確にするためにも不可欠な進化だったのです」
–1月にはクロノマスター スポーツのバリエーションも追加されています。こちらは2021年に登場し、長らく供給が追いつかないほどの大ヒットを記録したというモデルの新作ですが、人気になった要因についてロマンさんはどう分析しますか?
「発表年である2021年はパンデミックという特殊な事情の影響で高級時計全体の生産本数が減り、流通量が制限される中で各社の人気モデルの価値が高まっていました。とくにロレックスのデイトナのような知名度のあるクロノグラフは市場で枯渇状態。そうした需要過多にあったところへ、クロノマスター スポーツの登場がうまくはまったのだと思います。とはいえ予想をはるかに超える反響で本当に驚きました。注文が最も多い時期には、月に7000本のオーダーが入ったことも。エル・プリメロ誕生から50年間の粋を集約した渾身のモデルですが、何もイレギュラーなことをしたわけではありません。クロノマスター スポーツは『デ・ルッカ』や『レインボー』などのアーカイブピースにインスピレーションを得ていますが、そのようにして新型をデザインする手法は以前から行っていますからね」
–新作投入のタイミングも重要なヒットの要因だったわけですね。ところで、デファイ、パイロット、クロノマスターのお話は聞きましたが、コレクションの柱のひとつであるエリートからは新作が出てきていませんね。
「ゼニスは来年で創業160周年を迎えるので、それに合わせてエリートが生まれ変わる予定です。詳しくはお伝えできませんが、まったく新しいムーブメントを搭載した新型をお見せできると思います。かつて『アカデミー』シリーズとして展開していた『ゼロ-G』や『ダブルトゥールビヨン』といった複雑機構は現在『デファイ』に搭載していますが、それも今後は変わっていくことになるでしょう」
インタビュー後記
ロマン氏がゼニスに入社した2006年当時のコレクションは、確かにナタフ氏の強烈な個性が反映されていた。取材中も話題にあったが、当時のラインナップはとにかく多かったように思う。時計店で在庫状況にバラつきが出るのも仕方のない状況だっただろう。そこからのちにロレックスのトップになるデュフールCEO時代で一気にクラシック回帰。看板アイテムだったクロノマスター オープンは一気に端正な顔立ちになり、多くのモデルが過去のものとなった。
その後、ブランドを大きく変えたのは、やはりジャン-クロード・ビバー氏の影響が大きかったに違いない。2017年にCEOを経て会長に就任すると、その年のバーゼルワールドで『デファイ エル・プリメロ 21』を発表。このモデルは、名門ゼニスのイメージに現代性をもたらした点でも極めてセンセーショナルだった。それを受け継ぐ形で入ったジュリアン・トルナーレ氏がCEOとなり、現体制を構築したのである。
時計メディア編集者の正直な意見として、2010年から2016年ごろまでのゼニスは変化が読みにくく、とても触れにくかった。その際たる例が2014年にひと型だけ発表された外部ムーブメント搭載モデル。このモデルの存在をロマン氏に確認すると、とても残念な顔をしながら「あの時計は800本作ったが、すぐに生産をやめた」と言った。彼の存在をもってしても止められなかったのだろう。価格競争力と希少性からすぐに完売したそうだが、製造が間違った判断であったことは筆者から見ても明らか。ロマン氏が冒頭に語ってくれたように、ゼニスのゼニスたる所以は、半世紀以上に及ぶ歴史を持つル・ロックルのマニュファクチュールであることなのだ。
今年の1月には、主にリシュモン グループでキャリアを積んだブノワ ド クレーク氏がゼニスの新たなCEOに就任しており、その手腕に注目が集まっている。果たしてゼニスの方針はまた大きく変わるのだろうか。ひとまず今回のインタビューでロマン氏が教えてくれたように、来年の創業160周年が私たち時計ファンにとって楽しい内容になりそうなことだけは間違いないだろう。
問い合わせ先:LVMH ウォッチ・ジュエリー ジャパン ゼニス
TEL.03-3575-5861 https://www.zenith-watches.com/ja_jp
※価格はすべて記事公開時点の税込価格です。
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