ゼニス × NAOYA HIDA & Co.が紡ぐ奇跡【インタビュー】伝説の「キャリバー135」を舞台にした、スイスと日本の美の結晶が生まれるまで

スイスの名門マニュファクチュールである【ゼニス(ZENITH)と、日本の独立系ウオッチブランドとして注目を集めるNAOYA HIDA & Co.】。国境も規模も全く異なる両者による、奇跡のダブルネームモデル「G.F.J. DOUBLE SIGNED WITH NAOYA HIDA & CO.」が先日誕生した。

搭載されるのは、1950年代のヌーシャテル天文台クロノメーターコンクールで最多の賞に輝いた伝説の手巻きムーブメント「キャリバー135」。プラチナ950製の39mmケースに収められ、世界限定わずか10本というこの至高のタイムピースは、いかにして生まれたのか? 本稿では、ゼニスのロマン・マリエッタ氏とNAOYA HIDA & Co.代表の飛田直哉氏にインタビューした模様を伝える。その時計愛に溢れる両者の対談から、真のコラボレーションの舞台裏を紐解く。

両氏が惹かれ合った「キャリバー135」による必然の出会い

―― 今回の歴史的なコラボレーションが実現した経緯から教えてください。

飛田氏:「まず私自身、ゼニスの『キャリバー135』という伝説的なムーブメントのことは、1996年に購入した洋書で知って以来、ずっと憧れでした。いつか自分で欲しいと思って探していたんですが、ヴィンテージ市場ではコンディションが良くなかったり、高額だったりで、どうしても手に入れることができなかったのです。でも、心の中にはずっとその存在があった。

そして今回のきっかけですが、ロマンさんが私たちのオフィスに来たい、という連絡をくれました。実際に会って話してみると、彼が“本物の時計通”だということが一瞬で分かりましたね(笑)。我々のブランド(NAOYA HIDA & Co.)のことも本当によく研究してくれていて。そんな彼からのコラボレーションの要請ということで、何の不安もなく“やりましょう”とスムーズに話が進行しました」


↑飛田直哉(ひだ・なおや)氏/1963年京都府生まれ。1990年代より日本デスコや日本シイベルへグナーで時計業界に携わり、F.P.ジュルヌやラルフ ローレン ウォッチの日本法人代表を歴任。2018年に独立し、自身の名を冠したブランド「NAOYA HIDA & Co.」を設立した。ヴィンテージ時計への深い造詣と日本の職人技を融合させた至高のタイムピースを生み出し、世界から高い評価を得ている。

 

ロマン氏:「飛田さんの時計に対するアプローチ、過去の遺産へのリスペクト、そしてそれを極めてモダンに表現する日本のカルチャーに、私は深く感銘を受けました。伝統的な時計をモダンな形で表現するという意味において、NAOYA HIDA & Co.が活動拠点に置く『東京』は、これ以上ない最高の舞台と言えます」


↑ロマン・マリエッタ(Romain Marietta)氏/ゼニス チーフ・プロダクト・オフィサー。2006年にゼニスへ入社して以来、長年にわたりプロダクト開発の中核を担う。ブランドの豊かなヘリテージと現代的な革新を融合させたコレクションを多数手掛けている。自他共に認める時計コレクターであり、とくにゼニスの伝統的なムーブメントへの造詣と情熱で知られている。

 

100歳の設計者が語った「キャリバー135」への情熱

―― 2025年に華々しく復活を遂げた「キャリバー135」は、ゼニスにとって重要な存在になりつつあります。

ロマン氏:「ええ、個人的にも思い入れがあるムーブメントです。実は2009年、このキャリバー135を1949年に設計したエフレム・ジョバン(Ephrem Jobin)氏にお会いする機会に恵まれました。彼は当時およそ100歳で、ル・ロックルにあるゼニスの工房の近隣にある養護施設に住んでいたんです。

彼自身が手書きした1949年当時のオリジナルの図面を見ていただきました。すると目を輝かせ、『朝ごはんに何を食べたかはもう思い出せないが、このムーブメントをどうやって設計したか、インカブロックの秘密についてはいくらでも話せるよ』と語り、この機械に込めた情熱を我々に伝えてくれました。伝説的な時計師の執念に触れたあの日の記憶があるからこそ、ゼニスにとっても私にとってもキャリバー135は特別な存在になったわけです」

飛田氏:「それはとても興味深い話ですね。当時のクロノメーターコンクールの本を読むとわかるんですが、小さな腕時計のサイズでどうやって高い精度を出すか、各社が様々な工夫をしていました。その中で、エフレム・ジョバン氏が設計したキャリバー135はアプローチが全く違った。腕時計のムーブメントという直径30mmのわずかなスペースに、大きなテンプを搭載することを前提とした設計となっています。2番車の位置を通常よりずらし、大きなテンプを搭載するためのスペースをつくり出す。そのように、計算し尽くされています。腕時計でこれほどの巨大なテンプが、ゆっくりと(毎秒5振動)振幅する姿は、現代にはほとんど見ることができません」

ロマン氏:「今回搭載しているキャリバー135は、オリジナルのスピリットを継承しつつ、現代の技術でアップデートを施した仕様です。ロービートでありながら、当時の天文台クロノメーター水準の優れた精度を追求し、さらにパワーリザーブも約72時間へと延長させています。エル・プリメロのようなハイビートのクロノグラフだけでなく、手巻きのロービートでクロノメトリー(極限の精度)を追求するというゼニスのもう一方の矜持を、NAOYA HIDA & Co.とともにお見せしたかったのです」

 

互いのアイデンティティを削ぎ落とす。ある種の「痛みを伴う決断」の先に

―― デザインにおいて、NAOYA HIDA & Co.の特徴ある意匠がしっかり反映されている印象です。

飛田氏:「デザインのアイデアをゼニスに送った時、彼らは私たちのスタイルを完全に理解してくれていました。そう、私たちが1950〜60年代の腕時計にインスパイアされて製作した『NH TYPE2』のデザインを大変気に入ってくれて、そのドローイングをそのまま推し進める形となりました。ただし、最終的な完成品に辿り着くまでには、本当に細かい部分で様々な議論がありました。この文字盤を見て、何か欠けていることに気づくでしょうか?」

―― まず、ゼニスのシンボルである星のマークがありませんね。

飛田氏:「そうなんです。元々のアイデアでは、ゼニスのロゴの上に星がありました。そしてもうひとつ欠けているのが、NAOYA HIDA & Co.のロゴの下にあるはずの『TOKYO』の文字です。こちらも初期のデザインでは存在していました。

しかし、この両方を入れて文字盤全体のバランスを確認すると、どうしても整理されていないように見えました。そこで色々と引き算を試みた結果、私たちは『TOKYO』を、そして彼らはアイデンティティである“ゼニススター”を取り払う決断をしてくれたんです」

ロマン氏:「LVMHグループがゼニスを買収して以降、少なくとも現代のゼニスにおいて星のない時計を作るというのは、これが初めての試みでしょう。例えるならば、痛みを伴う手術のようなものでした(笑)。“顔”となるディテールのひとつですから、決断は容易ではなかった。しかし結果として、両ブランドが完全に一体化し、究極の美、完璧なプロポーションの実現に至りました。これこそ真のコラボレーションとは何かを示す、最も美しい成功例だと感じています」

 

0.01mmのせめぎ合い。日本の職人技が光るディテール

―― 文字盤や針の作り込みについて、さらに詳しく教えてください。

飛田氏:「文字盤のベースには、私たちが『NH TYPE1』から採用している洋銀(ジャーマンシルバー)に近いソリッドシルバーを使用しています。黒ずみにくい素材を使い、スモールセコンドのサークルを別部品にして組み合わせる3層構造になっています。そしてインパクトのある12・3・9のアラビア数字は、私たちの時計のエングレービングを手掛ける熟練の彫金師、加納さんがハンドメイドで彫り込み、そこに日本の漆を塗布して美しいブルーに仕上げています」

―― 針も非常に立体的で美しいですね。

飛田氏:「時分針はホワイトゴールドから、秒針はスチールから削り出しています。よく見ていただくと分かるのですが、針の先端部分が平らではなく少し丸みを帯びさせ、個性あるフォルムとしています。その美しさがある反面、ホワイトゴールドの削り出し針は通常に比べて質量が大きくなります」

ロマン氏:「そこはゼニスの技術者たちも非常に懸念した部分でした。針が重すぎると、ムーブメントの精度や動作に悪影響を及ぼす可能性があるからです」

飛田氏:「そこでどうしたかと言うと、通常は見えない針の裏側に溝を彫って、軽量化を図りました。1950年代のフォーミュラカー、例えばイギリスのクーパーなどが、エンジンパワーに頼るのではなく、車体を軽量化することでスピードを出していたことに似ています。ゼニスの技術陣からは、『工作精度は何mm以内に収めなければならない』というビッグブランドの厳格な基準を教えてもらい、我々のような小規模な作り手としては非常に良い勉強になりました」

―― 付属している3本のストラップも、とても個性的ですね。

ロマン氏:「日本とのコラボレーションにおいて、意味のある素材をセレクトしたかったのです。そこで飛田さんに選定をお願いし、『姫路黒桟革(くろざんがわ)』、『カイハラデニム』、そして『京都レザー』という3種類のセットが決まりました。どれも固有のテクスチャーと立体感があり、スイスの時計作りに日本のエッセンスを注入する素晴らしい選択になったと思います」

「AIには絶対に作れない」人間の温もりが宿る時計

―― 少し話題が逸れますが、近年は時計業界でもAIによるデザイン生成などが話題になっています。お二人はどうお考えですか?

ロマン氏:「もちろん、私たちの部門でもデザインのブレインストーミングやムードボードの作成にAIを用いることはあります。しかし、細部のディテール、本当の意味でのトータルクラフトとなると、AIは全く役に立ちませんね(笑)。

時計作りで最もエキサイティングなのは、飛田さんのような情熱を持った人物と直接テーブルを囲み、ああでもない、こうでもないと議論を交わすことです。腕時計は、人が身に着けるもの。だからこそ、人間の温もりや人間同士の対話から生まれる感情が宿っていなければならない。AIにすべてを任せるなんて、私は嫌ですね」

飛田氏:「私も全く同感です。AIを試すことはあっても、最終的な時計作りにおいて使い物になるとは思っていません。人と人がぶつかり合って生まれるものこそが、本物なのだと考えているからです」

―― 最後に、この特別な一本の完成を迎えてのお気持ちは?

飛田氏:「自分で言うのは厚かましいですが……ゼニスの歴史上、最も美しいタイムピースが完成したと確信しています。ル・ロックルの伝統と、私たちの美意識が完璧に融合しました」

ロマン氏:「飛田さんの言葉に100%同意します。このダブルネームプログラムは、今後も年に2〜3本のペースで、世界中の独立系ウオッチメーカーや才能ある時計師と組んでいく予定です。しかし、過去の遺産への敬愛とクロノメトリーへの情熱を共有できるパートナーでなければ意味がありません。その記念すべき“第一章”として、飛田さん並びにNAOYA HIDA & Co.と共に、これ以上ない高いハードルを設定することができたわけです」

 


ゼニス「G.F.J. DOUBLE SIGNED WITH NAOYA HIDA & CO.」 Ref.40.1865-2.0135/01.C220 1189万1000円(完売)

ゼニスとNAOYA HIDA & Co.が共作した世界限定10本モデル。昨年復活を遂げたCal.135をプラチナケースに収める。微細加工機によるダブルシグネチャーの彫刻のほか、手彫りエングレービングと青の漆塗りを施したアラビア数字インデックスを配するソリッドシルバー文字盤。CNCマシン加工と手作業による研磨を経たソリッドゴールドの時分針とブルースチールの秒針を備える。COSC認定クロノメーター。

スペック:手巻き(Cal.135)、毎時1万8000振動、約72時間パワーリザーブ。プラチナ950ケース(シースルーバック)、姫路黒桟革・カイハラデニム・京都レザーのストラップ計3本がセット。直径39mm、厚さ10.5mm。5気圧防水。世界限定10本。

 

問い合わせ先:LVMH ウォッチ・ジュエリー ジャパン ゼニス TEL.03-3575-5861 https://www.zenith-watches.com/ja_jp ※価格は記事公開時点の税込価格です。本モデルは完売済み。

Text/山口祐也(WATCHNAVI編集部) Photo/岸田克法

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