“街の時計店”として愛され150年。長く商売を続ける秘訣を大阪・ミナミ「やぶ内時計舗」に訊ねる(後編)

創業1872年。大阪ミナミにあるやぶ内時計舗は明治5年に時計商を営み始めてから、今年で150周年を迎える。5代目の藪内正己さんに、一世紀半もの歴史を紡いできた「街の時計店」の歩みを聞く。後編では現店舗への移転から長く信頼を得てきた秘訣までを語ってもらった。前編はこちら

Text/Daisuke Suito Photo/Atsuyuki Shimada

現店舗へ移転する決断

右は創業100周年を記念してオリエント時計と制作した手巻き式のコインウオッチ。左は120周年記念モデル。18Kゴールドコンビの一本はセイコー製のクオーツウオッチで、ヒンジで開閉する時計カバーは90度と180度で止まる仕組み

いま、やぶ内時計舗は博労町の難波神社に近い場所に店を構えている。2009年末に移転したときは目抜き通りから1本入った現店舗に移転した背景には、旧店舗があった心斎橋筋の観光地化が進んで顧客が来にくくなっていたことが理由の一つにあるという。

「銀座の街を楽しむことを“銀ぶら”というように、“心ぶら”という言葉が心斎橋にもあるんですよ。ここは流行に敏感な人、知的好奇心を満たしにくる人、ファッションにグルメ、アートなど、心斎橋はあらゆる情報が集まる大人の街。それが、いつしか観光街になっていき“このままだと私たちが大切にしてきたお客様との関係が希薄になる”と感じていたんです。そこで2009年より心斎橋筋から現在の場所へ移ることを決断。目抜き通りから一本入った場所ですし、当時は『なんで移ったん?』と言われることも多く、自分の決断が正しかったのか本当に悩み不安ばかりが募りましたよ」

1階にひと際大きく展開されるカルティエとオメガが店の看板ブランド。これら含め、現在は正己さんが吟味した約20ブランドを取り扱う

コロナ禍中の臨機応変

結果、正己さんの心配は杞憂に終わる。自動車でも訪れやすい現店舗の周囲には徐々に時計ブティックが軒を連ねるようになり、店の前には世界的なラグジュアリーホテルさえも開業。人が集まるスポットとなった。また、コロナ禍の影響から外国人観光客は減り、心斎橋の街には以前のように「心ぶら」を楽しむ人の姿が戻ってきている。時代の流れを読むのは容易ではないが、各店舗との取り扱うブランドなどで住み分けができており、時計市場を盛り上げるという点においては共存もできているように見える。移転の判断は、少なくとも間違いではなかっただろう。

「2020年、外出自粛要請が出ていた頃は通販が増えました。個人的には実際に見て、着けて、十分に納得いただいてから購入をおすすめしていますが、外に出られなければ仕方ないし、通販はある意味でルーツでもありますから。今も『部下に自粛を呼びかけている手前、まだお店には行きづらいわ』とか、『すごく久しぶりに外出したので、ついでに寄ってみたよ』と、外出を控えているお客様がいらっしゃいます。以前のように気軽にお客様とお話できる日が早く戻ってくるとよいのですが」

地下の応接スペースでは、都会の喧騒を忘れて時計を吟味できる

多い時には本格的な高級時計を20ブランド以上も扱い、大阪の正規時計専門店として全国に名を馳せてきたやぶ内時計舗。4代目は生前、「父から“誠実誠意”が大事やと教わりました。商売は信頼が大切。お客さまには誠意を持って接すること」(『時計店の詞 Vol.3』より)と語った。その教えは、5代目の正己さんにも受け継がれている。

「私は、改まった家訓や商売哲学のようなものは父から聞いていません。ただ、接客時に要望をお伺いする中で違和感を感じたら、違うお店をご提案するようにしています。時計の売り買いを繰り返していくつもりなら最初から並行輸入店が、特定ブランドのフルサービスを受けたいならブティックが、その方にとっては相性が良いでしょう。『なんとしても当店で(時計を買わせよう)』という売り方はしません」

やぶ内時計舗の5代目、藪内正己さん。工学部を卒業してコンピュータソフト制作会社を4年間務めたのち、1999年よりやぶ内時計舗に入社

歴史を重ねる“誠実誠意”の精神

時計業を生業にして今年で150周年。周囲と切磋琢磨し、ときに手を取り合いながら、やぶ内時計舗はミナミの街の時計文化を第一線で支えてきたのである。正己さんは、住居を兼ねた前店舗にて時計だけでなく時計修理の工具にも触れながら育ち、大学卒業後は大阪府時計高等職業訓練校に学んで一級時計修理技能士の資格を保有。時計の趣味性が強まったからこそ、顧客の求める情報を得るべく時計の本場スイスにも積極的に赴き知識を深めてきた。

それら多くの経験を糧にし、自らの言葉に責任を持って、地域の方々はもとより時計を趣味にする人にも、まさしく“誠実誠意”の姿勢で向き合ってきたのだろう。いま高級時計がブームだと言われているが、「その実感はない」と正己さんは言う。時代に翻弄されることなく己の信念を貫く姿勢は、歴代当主譲り。その目はすでに150年から先のやぶ内時計舗の歴史を見据えていた。

前編はこちら

【やぶ内時計舗】

住所:大阪府大阪市中央区博労町4-3-12
TEL:06-6253-6110(代) 営業時間:午前11時~午後8時(定休日:水曜日)
https://www.yabuuchi.co.jp/

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