<取材協力>
ユリス・ナルダン(ULYSSE NARDIN)
21世紀に入った2001年、高級時計の世界を震撼させる前代未聞の腕時計がユリス・ナルダンから発表された。「フリーク」と名付けられたその時計は、言葉の通り“極めて珍しく”“普通ではない存在”であり続けた。だが、この後継モデルは、2023年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリにて「アイコニック」部門賞のグランプリに輝いたのである。20年以上の時を超え、異端から定番となったレジェンダリーウオッチの歴史を、先の賞の受賞作である「フリーク ワン」とともに振り返る。
想像の遥か先にあった「時刻を示すムーブメント」の革新性
ユリス・ナルダンが2001年に発表した「フリーク」は、当時すでに星の数ほどある複雑時計の中にあっても見た目からして異彩を放っていた。まるで抉り取られたようにダイナミックな20面のコンケイブを持つベゼルに収まるのは、剥き出しとなったムーブメントそのもの。輪列を支えるブリッジは先端を三角形とし、現在時刻の分を示す役割も与えたのである。また、その下層に時針の役割を持つブリッジを合わせることで、機械式時計が時を刻む様子を“アート”と呼べるレベルにまで引き上げたのだった。なにより、ムーブメントを露出させるデザインやシリコンパーツの採用など、外観と機構の双方において21世紀の腕時計の先鞭をつけたのが、1846年に創業したル・ロックルの名門であったことに誰もが衝撃を受けたに違いない。
この時計が革新的だったのは、文字盤と針を持たないという斬新な見た目だけに留まらない。主ぜんまいを収めた香箱を時計の裏側全体に配置し、これ自体も回転させる構造を持つフリークは、その特殊な設計からリューズを持たない。巻き上げは裏ブタを、時刻合わせはベゼルを回転させることで行うのである。だが、これでも「フリーク」を設計者の思い描くように動かすためには不十分だったようだ。その解決策としてユリス・ナルダンは機械式時計に初めて「シリコン」を採用することとなった。なお、ここでいうシリコンは、日用品にある柔らかなシリコンゴムのようなものではなく、半導体材料に使われるものと同様の特性を持つものとしてお読みいただきたい。その特性とは、素材としての長期安定性や非磁性素材であること、そして金属よりも軽量であることなどである。
シリコンを使うだけではなかった衝撃的な形状
フリークが動く仕組みについて説明しておこう。ケース内部の香箱は12時間ごとに1回転し、時針の役割を担うブリッジを駆動させる。それと同時に時計の見返し(フランジ)部分に切られた歯車から中間車を介して中央のカナに動力を伝えて、分針の役割も担うムーブメント全体を1時間に1回転させるのである。この構造は複雑機構の代名詞「トゥールビヨン」のようにテンプやひげぜんまいなどのパーツにかかる重力負荷を分散させることが可能とした。ユリス・ナルダンではこれに「オービタル・フライング60分カルーセル」という機構名を与えている。
もちろん、このような大掛かりな装置を動かすには強大な力が必要だ。だからこそ主ぜんまいを時計の裏側全面に配置したわけであるが、今度はそのエネルギーをどう最適化するのか。ユリス・ナルダンの出した答えが「デュアルダイレクト脱進機」という設計で、輪列から供給されるエネルギーに対してガンギ車に相当するギアを2枚にした「ダブルホイール」式とした。しかし、ただの「ダブルホイール」式では、従来のスティール製の歯車を備えた伝統的なスイス製アンクル脱進機に比べて2倍のエネルギーが必要になってしまったそうだ。
そこでユリス・ナルダンはデュアルダイレクト脱進機のダブルホイールをシリコンとし、さらにギアの歯を中空設計とした結果、パーツにかかるトルクを最適化しながら高効率でのエネルギー伝達を実現。この革新的なチャレンジをもって名作「フリーク」は完成する。シリコンはあらゆる変化への耐性が高く、弾性に優れ、潤滑油不要、非磁性であるなど腕時計においてかなり理想的な特性を有し、いまでは多くのトップブランドも調速・脱進機に採用する次世代素材となっていくが、最初に取り入れたのがユリス・ナルダンだったことを改めてお伝えしておく。
現代的な解釈を加えて登場した「フリーク ワン」
現行「フリーク」コレクションの定番である「フリーク ワン」は、「文字盤なし」「針なし」「リューズなし」というオリジナルモデルの特徴はそのままに、現代的なアレンジを加えて2023年に発表された。最大の特徴である露出したムーブメントは立体的に作り込まれたシャープな多面ブリッジによって支えられており、その表面にヘアライン仕上げを施すことでオリジナルモデルをオマージュ。一方、随所にポリッシュ仕上げを取り入れることで、時の経過に合わせて豊かな表情の変化を楽しめるようにした。耐震装置の受け石には無色のルビーを用いており、特殊形状のネジ頭を持つビスと組み合わせて色彩の統一感を持たせた。調速・脱進機部分は60分で1回転盤面上を公転する「フライングカルーセル」で、テンプ、ヒゲぜんまい、ガンギ車にはシリコン素材の強化版となる独自の「DIAMonSIL®」を採用。特徴的なブルーの色味が、時計の個性をよりいっそうユニークなものにしている。
輪列の基本設計はオリジナルを踏襲しているが、本機には2018年の「フリーク ヴィジョン」で初搭載された特許取得の独自機構「グラインダー自動巻きシステム」が組み込まれた。これは4枚のブレードを搭載したフレームに振動錘を接続することで、巻き上げシステムに対して2倍のエネルギー伝達効率を得ることが可能。もちろん、時刻合わせはベゼル、手巻きは裏蓋で行うという構造は「フリーク ワン」にも踏襲された。
このように2001年のデビューより進化し続けてきた「フリーク」はユリス・ナルダンが謳う通り、まさしく“キネティックアート(=動く美術作品)”という新たな価値観を高級時計の世界にもたらし、それから20年以上を経て名作コレクションとなった。ディスクとギア、ブリッジが何層も重なりあって回転し、時を刻むフリークは見ていて飽きることがない。時計を愛する人ならば、これほど歴史的にも意義深く、アヴァンギャルドな腕時計を一度は見ておいていただきたいと願うばかりである。
問い合わせ先:ソーウインド ジャパン TEL.03-5211-1791 https://www.ulysse-nardin.com/ja-jp ※価格は記事公開時点の税込価格です。限定モデルは完売の可能性があります。
TEXT/Daisuke Suito (WATCHNAVI)
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