時計評論家・並木浩一氏が、腕時計が持つ様々な文化的意義を明かす人気シリーズ。今回は、復刻モデルから見た現代の時計の在り方について考察してもらいました。
優れた復刻モデルはノスタルジーを超えた新しい価値がある
2017年、個人的な興味として注目したのが「初代グランドセイコー リミテッド コレクション 復刻デザイン」です。
ちょっぴりサイズアップしたものの、初代モデルの気品がそのまま急速解凍されたような姿で、思わず見惚れてしまいました。
興味はただ時計そのものだけなのではなくて、このモデルを映画に登場させてほしい、とも思ったのです。
グランドセイコーが登場した1960年は、日本が高度成長を実感し始めた時期にあたります。
1955年に誕生したトヨペット・クラウン同様、来るべき豊かさの象徴的な存在ではなかったでしょうか。
その時代をこれから映画に撮ることがあったとしたならば、古ぼけたヴィンテージではなく、この品をしかるべき登場人物に着けさせてみたいのですが、どうでしょう。
事実がどうあったかは無視するとして、たとえば首相を退いた晩年の吉田茂には、抜群に似合うに違いありません。
正確を期して「考証」することと、よりリアリティを持った虚構を作ることのどちらを選ぶか。それがフィクションでエンターテイメントであれば、一考に値します。実際「シン・ゴジラ」では、政府の要人を演じた複数の俳優がグランドセイコーを着けていました。
5年前の洋画ですが、「メン・イン・ブラック3」はタイムマシンで渡った1969年が舞台でした。
そこで出会った登場人物は、ハミルトンの「ベンチュラ」を嵌めています。いうまでもなくベンチュラは1957年に誕生し、現在でも人気のモデル。
エマ・トンプソンの若き日を演じたアリス・イヴの腕で、魅力的に映えていました。こういう時計は、優れた小道具である以上に、ひとつの貴重なレガシーではないでしょうか。
2017年の4月から9月まで放映されたドラマ「やすらぎの郷」は、中高年を熱狂させました。
昼の帯ドラマですから視聴者層は限られたのですが、登場する俳優・女優陣の存在感が何しろ凄い。
若い世代は知らない名前ばかりでしょうが、全員が元・主役級のトップスターです。
石坂浩二に浅丘ルリ子という元夫婦が共演し、石坂の恋人だった加賀まりこも登場。
八千草薫・有馬稲子・五月みどりらが代わる代わるエピソードの中心人物となり、藤竜也にミッキー・カーチスが絡む。放映期間中に、出演していた野際陽子が亡くなっています。
実は、往年の名脚本家を演じた主役の石坂浩二さんが、初代のキングセイコーを着けているのを見つけました。ものを知ったスタイリストさんが付いているものだと感心しましたが、別の時計も似合いそうです。
復刻というとノスタルジーのようですが、必ずしもそうではないでしょう。優れた復刻モデルは、郷愁ではなく過去
を総括して新しい命をもう一度生きる。そう思います。
並木浩一
桐蔭横浜大学教授、博士(学術)、京都造形芸術大学大学院博士課程修了。
著書『男はなぜ腕時計にこだわるのか』(講談社)、『腕時計一生もの』(光文社)、近著に『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)がある。
早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校・学習院さくらアカデミーでは、一般受講可能な時計の文化論講座を講義。
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