<取材協力>
アントワーヌ プレジウソ ジュネーブ(ANTOINE PREZIUSO GENEVE)
スイス時計界で「独立時計師」という言葉を広めた功績者の一人、アントワーヌ・プレジウソ。トゥールビヨンをはじめ、ミニッツリピーターからパーペチュアルカレンダー、オートマタまで手掛ける伝説的な時計師として知られる。自身の名を冠したブランド「アントワーヌ プレジウソ ジュネーブ」のコレクションはいずれも、彼の類まれな技術や感性、そしてスイス伝統の様式美を備えており、世界中の時計愛好家から支持を集めている。いま改めて、天賦の才を持つマスターウオッチメーカーに焦点を当てる。

↑3つの独立したトゥールビヨンを連結させるトリプル・ディファレンシャルを採用したイノベーティブな逸品、「トゥールビヨン オブ トゥールビヨンズ TTR3 メテオ スペースビュー」。アントワーヌ プレジウソ ジュネーブのフラッグシップモデルで、アントワーヌとフローリアン親子の10年にわたる研究の末に完成した。詳しくは後述。
「20世紀最後のキャビノチェ」にして、異端の独立時計師。美しき時計作りの物語

↑〈独立時計師〉アントワーヌ・プレジウソ(写真右)/スイスのジュネーブに生まれ育ち、パテック フィリップなどの名門ブランドでアンティーク時計の修復を手がけた後に独立し、自身のブランドを立ち上げる。「20世紀最後のキャビノチェ」「トゥールビヨンの魔術師」と呼ばれるほどの超絶技巧を持ちながら、同時に情緒的な表現も得意とする。写真左は、共同制作を行う実子のフローリアン。
真の独立時計師と呼ぶにふさわしい巨匠、アントワーヌ・プレジウソは、複雑機構の名手として「20世紀最後のキャビノチェ」とも称されている。生まれも育ちもスイスのジュネーブだが、家族のルーツはイタリアにあり、自身のラストネーム「プレジウソ(Preziuso)」はイタリア語で「プレシャス(=貴重な)」を意味し、まるで自らの名に導かれるように希少で芸術的なタイムピースに携わる世界へと足を踏み入れた。
幼い頃から時計のメカニズムに強い興味を抱いていたアントワーヌは、ジュネーブの時計学校に入学。同窓生にはフランク・ミュラーがおり、共に首席で卒業するという非凡な才能を見せる。卒業後は名門「パテック フィリップ」の複雑時計部門で研鑽を積み、時計専門オークションハウス「アンティコルム」にも在籍し、修復工房の設立とその責任者となった。これらの経験によってコンプリケーションの真髄を吸収した彼は、先輩時計師の助言をきっかけに1981年に工房を立ち上げ、1986年に自身の名を冠したブランド「アントワーヌ プレジウソ ジュネーブ」で「シエナ」を発表。現在は息子フローリアンと共に次世代へと受け継がれるファミリーブランドへと発展させている。さらに、その眼差しは後進の時計師にも向けられており、比類なき技術と哲学を伝授する姿勢もまた、彼が時計界から尊敬を集める理由となっている。
↑アントワーヌ プレジウソ ジュネーブの代名詞、トゥールビヨン。その超絶機構に加え、緻密なハンドエングレーブを描くことによって世界にひとつだけの芸術的なタイムピースへと昇華させたのが、「ジ アート オブ トゥールビヨン」。手巻き。18Kピンクゴールドケース。価格は要問い合わせ。
美と技巧を纏うコンプリケーション「ジ アート オブ トゥールビヨン」
トゥールビヨンをアートとして捉えるアプローチから生まれた「ジ アート オブ トゥールビヨン」は、アントワーヌ プレジウソ ジュネーブを代表するコンプリケーションとして知られている。スイスメイドの手巻きムーブメント「キャリバーAPG/28T」の搭載によってロングパワーリザーブ(およそ110時間)を実現。そのハイライトは「1ミニットトゥールビヨン」と名付けられた機構で、精度向上を目的として開発された特殊な構造のトゥールビヨンであり、キャリッジが1分間でちょうど1回転する仕組みになっている。
古代ギリシアの叡智を宿した芸術的意匠も見どころ
スケルトナイズとエングレービングによってアバンギャルドな妙を見せるダイアルも個性的だ。精緻なメカニズムに加え、6時位置の「1ミニットトゥールビヨン」を際立たせている。なおこの彫刻は、紀元前500年の古代ギリシアの陶器類に見られる幾何学模様がモチーフであり、そして18Kピンクゴールド製の樽型シェイプケースは、同じく古代ギリシアの人々が重んじた寸法の比率に適合するよう緻密に計算されたフォルムである。これら古の様式を現代解釈でアレンジし、同時に美しさを追求した結果、この唯一無二のデザインへと辿り着いた。まさに18世紀のキャビノチェ(伝統的な時計製造技術に精通した職人)が手掛けたミュージアムピースといった佇まいである。

↑「トゥールビヨン オブ トゥールビヨンズ TTR3 メテオ スペースビュー」は、トゥールビヨンが互いに共鳴・回転することで、重力の影響を相殺して安定した精度を実現する。メテオライト製のダイアルとケースを採用した本機の心臓部には、アントワーヌとフローリアンの10年にわたる研究の末に生まれた、創造性と革新能力を反映したトリプルトゥールビヨン キャリバー「AFP-TTR-3X」が搭載されている。価格は要問い合わせ。
情熱、忍耐、継続の精神で息子と共に成し遂げた快挙「トゥールビヨン オブ トゥールビヨンズ TTR3」
アントワーヌのモノ作りを語る上で欠かせないのが、「Power of Three」だ。ブランドの思想や作品におけるマジックナンバーであり、「過去、現在、未来」や3つのトゥールビヨンの共振の発見ほか、様々な局面でキーワードとして登場する。また自身の哲学/信条も、3Ps(Passion/情熱、Patience/忍耐、Perseverance/継続)に基づいており、“3”という数字との深い結びつきがうかがえる。
そしてこの哲学が結実したのが、フローリアンとの共作「トゥールビヨン オブ トゥールビヨンズ TTR3」である。ダイアル上で3つのトゥールビヨンが同時に回転するという規格外の超絶機構は、開発の過程で3つの調速機構が互いに干渉・同調し合う「共振(レゾナンス)」の現象を実証した。完成させたこの革新的なシステムで国際特許を取得し、2015年には時計界のアカデミー賞と称されるジュネーブ時計グランプリ(GPHG)において、見事「イノベーション賞」と「パブリック賞」のダブル受賞という歴史的快挙を成し遂げたのだった。

↑2015年のジュネーブ時計グランプリの受賞を受けての一枚。
ブランドの原点を感じさせるドレスウオッチ「シエナ」
ここまでに紹介した2モデルは、宇宙のロマンと超複雑機構を融合させた至高のユニークピースである。また、1990年代にオートマタを腕時計として甦らせたほか、日本の春画をモチーフとする「SHUNGA」シリーズを製作するなど、その才覚を発揮して多彩なコレクションを展開してきた。一方で、こうした独創的な作品だけでなく、より芸術的感性を押し出したシンプルなウオッチも得意としている。それが、「シエナ」だ。独立後のデビュー作でもある本コレクションは、彼がイタリアのトスカーナ州の古都シエナを旅した際、世界一美しい広場と称されるカンポ広場にそびえ立つ「マンジャの塔」の時計にインスピレーションを受け、製作された。そのダイアルは小宇宙を小さな腕時計に落とし込むというユニークさで、当時話題をさらったのだった。
「私の全ての作品には物語がある」と語るアントワーヌ。これをまさに体現する「シエナ」のオリジナルモデルにセットされていた針は、12時間で1周する時針のみという、いわゆるシングルハンドの仕様だった。これは、1348年に建てられたマンジャの塔に掲げられた時計に由来したもので、中世ゆえに「分」の概念がなく、時針のみで大まかな時間を報せることで事足りていた時代のデザインである。これにインスピレーションを得て、シングルハンドウオッチのプロトタイプを開発。これをもとに、分針を追加して視認性を高めた2針モデルを発表した。なお本機は色褪せることなく、アントワーヌ プレジウソ ジュネーブのロングセラーコレクションとして継続している。
本コレクションはホワイト、ブルー、そしてブラックのダイアルバリエーションを揃えているが、いずれもベースはエレガントな光沢を放つマザー オブ パールでできている。レースのような意匠の飾り針とローマ数字インデックスは、いずれもマンジャの塔の時計を模したもので、マザー オブ パールの独特の雰囲気も相まって光の当たる角度によって様々な表情が生まれ、その魅力を引き立てている。また、エッジの効いた真円状のケースは直径34.5mmのコンパクトサイズということもあり、ジェンダーレスなモデルとしても評価されている。

↑アントワーヌ プレジウソ ジュネーブ「シエナ」 Ref.SISSM.0402510S 94万6000円/自動巻き、約56時間パワーリザーブ。ステンレススチールケース(シースルーバック)、フレンチカーフストラップ。直径34.5mm、厚さ9mm。3気圧防水。
2026年の新たな展開に期待
1996年から独立時計師アカデミー(AHCI)の正会員として名を連ねるアントワーヌ・プレジウソ。トゥールビヨンをはじめとする複雑機構をアートの域に高め、デザインにおいても素材使いにおいても、イノベーティブかつポエティックな息吹を吹き込んだタイムピースを輩出している。これらはジュネーブ郊外にある豊かな自然に囲まれた自宅を兼ねる「三角屋根の工房」から生まれており、「20世紀最後のキャビノチェ」の技とスピリットが注ぎ込まれている。そして2026年は、独立後のファーストコレクション「シエナ」が40周年を迎える。果たしてアニバーサリーモデルや世界を驚かせるニューコレクションが発表されるのか? その動向から目が離せない。
問い合わせ先:一新時計 TEL.03-6631-0087 https://www.antoine-preziuso.jp/ ※価格は記事公開時点の税込価格です。限定モデルは完売の可能性があります。
Text/山口祐也(WATCHNAVI編集部)







