平成時計の覚書――並木浩一の時計文化論

いよいよ平成31年4月で「平成」が終わり、5月から新元号「令和(れいわ)」が始まります。バブルの崩壊、二度の大震災とオウム事件、インターネットやスマホの普及など、平成はまさに激動の30年でした。時計評論家・並木浩一さんが、そんな「平成」を振り返りました。

「平成の時代は時計の愛し方が変わった」

平成に入る頃、〝優れた腕時計〞のいち典型は「ソ ーラー駆動のアナログクオーツ時計」だったかもしれません。精度に優れ、針を駆動するトルクが太陽から供給されるそれは、 個人が所有する計時装置の最終段階を思わせました。しかし腕時計は、さらに進化と、そして意外な変化も遂げていきます。

平成2年にドイツで誕生した電波時計という〝進化〞は、大きな衝撃をもたらしました。時刻を修正し続けるテクノロジーは、 腕時計の精度競争を事実上終結させてしまったのです。さらにはクオーツウオッチ対機械式ウオッチという、二項対立の議論も浮かびあがらせました。

並行して平成の初期には、精度というくびきに縛られない腕時計選びという〝変化〞が訪れます。空前の好況に潤った嗜好は、 華麗な腕時計の一群に急速に傾いていき、一部のスイス高級機械式時計ブランドを中心に、ブ ームとも呼べる動きをつくりました。

いちど味わった自由な腕時計選びの楽しさは、決して忘れられるものではありません。バブル経済の終焉が誰の目にもはっきりしてきた平成3年は、実は第1回のSIHHが開催された年でもあります。バーゼルと並び立つジュネーブのサロンは、ラグジュアリーの価値を問い直しました。多様な腕時計の存在を肯定する環境が整えられていき、腕時計選びがひとつの文化と呼べるまでに成熟した現在を、準備したのです。

かつて腕時計は、正確な時間を知るための「手段」であった。 しかし平成の世は、様々な腕時計そのものが「目的」となった 時代として記憶されるでしょう。 高性能・多機能ギアであり、個性を主張するアイテムであり、アートにも類する趣味の品でもある。平成の時代は、腕時計の愛し方のダイバーシティ=多様性を、最大限に広げたのです。

 

並木浩一
桐蔭横浜大学教授、博士(学術)、京都造形芸術大学大学院博士課程修了。著書『男はなぜ腕時計にこだわるのか』(講談社)、『腕時計一生もの』(光文社)、近著に『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)がある。早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校・学習院さくらアカデミーでは、一般受講可能な時計の文化論講座を講義する

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