誕生50周年を迎えたオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」に宿るThe Art of Craftsmanship

スイス高級時計界のレジェンダリーウオッチ、ロイヤル オークに世界が熱狂している。人はなぜこの時計に魅せられるのか。理由を解き明かす。

Text/Daisuke Suito(WN)

当初から愛好家を熱狂させた“金より高いスティール時計”

1970年4月、時計デザイナーであるジェラルド・ジェンタの元に一本の電話が鳴った。電話口の向こうから聞こえてきた声の主はジョルジュ・ゴレイ。当時のオーデマ ピゲのグローバルCEOである。伝えられた内容は「明日の朝までに革新的な防水性のあるスティールウオッチをデザインしてほしい」ということだった。ジェンタは、ひと晩で最初のスケッチを描き上げ、ゴレイに提出。これが後に50年製造されることになる名機ロイヤル オークの歴史の幕開けだ。

会計士として1945年にオーデマ ピゲに入社したゴレイは、1929年にアメリカで起こった大恐慌、通称「暗黒の木曜日」の影響を引きずるオーデマ ピゲの会社再編計画を作成し、経営再建を達成。1966年よりCEOに就任すると、製品開発から販路拡大まで幅広く手がけ、のちに「中興の祖」と称されるほどの活躍をした。もちろん、ロイヤル オークもゴレイが仕掛け人である。

彼がジェンタに電話する前に行っていたのは、バーゼルフェアの会場でSSIHグループ(現スウォッチ グループ)に、販売網を利用させてもらう交渉だった。そこでSSIH側から出された条件が、イタリアでトレンドになっているというスティールウオッチの開発。言い換えれば「販路が広がるような腕時計をまず作ってほしい」ということだった。翌日、再び会場でジェンタのデザインを見せたところ交渉が成立。ロイヤル オークの開発が本格化したのである。

1960年代から時計デザイナーとして活躍していたジェラルド・ジェンタ。ロイヤル オークにインスピレーションを得た多くの時計も、彼の手によるものが多い

1000本の事前購入の約束を取り付け発売に至る

その当時の腕時計と言えば、スティールウオッチでは競合他社がひしめきあう市場。しかもイタリアは35mm前後のフェミニンなデザインが主流だった。オーデマ ピゲの会社自体も好調だったことからロイヤル オークの開発はリスクしかないような状況である。しかしゴレイは製品の完成を待たず、SSIHに製品を購入してもらうリスクヘッジをとり、実際にホワイトゴールドで作られた試作機で1000本の製品購入を決めてきたという。

だが、求められているのはスティールウオッチ。ゴールドよりも硬く、加工は困難を極めた。さらに防水性を持たせるための特許技術が盛り込まれた点が製造を複雑化させる。ほかにも徹底した作り込みや最高級の薄型自動巻きキャリバーの搭載など、様々な要因が重なった結果、1972年4月15日の発売時には3300スイスフランもの価格設定がなされた。同時期の自社製フルゴールドのドレスウオッチの価格が、2990スイスフランの時代に、である。

当時の製品広告で、自ら「ゴールドウオッチよりも高いスティール時計」と表現するほどの製品となったロイヤル オークは、狙い通りにイタリアで人気に……とはならなかったようだ。だが、スイスやフランス、ドイツ、アジア圏の時計好きの心を着実につかみ初年度で合計490本を売り上げる。世界最高額のスティールウオッチは、誕生からすでに一部の人を熱狂させていたのである。

ロイヤル オークの外装展開図。表面にヘアライン仕上げが施された八角形ベゼルは、そこに打たれた六角形のビスのマイナスネジの向きまで揃える徹底ぶり。さらにビスを針などと同じ18K製にするこだわりも見える。ベゼルからケース、ブレスレットまでのシームレスなラインは目を見張るばかりの造形美。しかもバックルに向かって徐々にコマを小さくする設計は、手作業無くして成立しない。1本の外装を完成させるまで合計10時間以上。量産できるはずもない

新ジャンルを開拓して成功神話を作り上げる

その後、ロイヤル オークは女性向けやゴールドのバリエーションを拡大。とくに直径35mmのモデル4100が1977年に加わってからは、当初の目的だったイタリア市場でも受け入れられるようになったという。

高級時計の世界では「イタリアと日本で売れれば世界で売れる」という成功神話が語られることがある。日本における人気は言わずもがな、ロイヤル オークがイタリアで認められたことは、その成功神話を実証するエピソードと言えるだろう。また、八角形のベゼルを筆頭にあらゆる部位がオリジナリティに満ちたロイヤル オークのデザインは、のちに様々なブランドにインスピレーションを与えることとなる。とくにオーデマ ピゲと比肩するハイブランドが同様のコンセプトを持つスポーツウオッチを開発に乗り出したことで、「ラグジュアリースポーツ」なる新ジャンルが確立したのだ。

現在、オーデマ ピゲは新工房設立などの投資を行い、圧倒的なクオリティを維持したまま年間生産本数を5万本にまで引き上げたという。一方、世界に同社の時計を扱うショップはどれほどあるだろうか。そして、それら各店に年間で何本の製品が入荷することになるのか。そもそも、欲しい人すべてにロイヤル オークが行き渡るような世界は、時計愛好家なら誰も望んでいないだろう。このモデルに限らず、オーデマ ピゲの製品はいずれもスイスのル・ブラッシュの工房にいる、あらゆる職人が時間をかけて作り出す珠玉のタイムピースばかり。手にすること自体が、本来は奇跡なのだ。

[Design]稀代の名デザインはわずかひと晩で完成

1970年、当時のイタリアのトレンドを意識したスティールウオッチの生産依頼を受けたオーデマ ピゲCEOジョルジュ・ゴレイは、16時に電話で時計デザイナーのジェラルド・ジェンタに「これまでにない革新的なスティールウォッチ」のデザインスケッチを指示。締め切りは明朝だったという。このときジェンタは「革新的な“防水性のある”スティールウオッチ」と聞き間違えていたそうだ。そうして夜を徹して描き上げたのが、下のデザイン案。そこから改良が重ねられ、1972年に1stモデルが完成したのである。

作業に集中するべくホテルを手配し、徹夜で描き上げたという1970年のデザインスケッチ。薄型でありながら50mの防水性を確保するビス留めの手法まで考えられており、実際に特許を取得。1972年には、ほぼスケッチ通りの製品が完成した

[Detail]膨大な時間をかけて細部に神を宿す職人技

優れたデザインをオーデマ ピゲの品格に相応しいレベルで成立させるため、ロイヤル オークにはあらゆる職人が神経を研ぎ澄ませて作業にあたる。先述の通り、外装製作にかかる1本あたりの所要時間は10時間以上。作業にあたる職人は経験を積んだエキスパートゆえ簡単に人手を増やすことはできず、生産性を上げるのは至難の業だ。それを踏まえて、タペストリーダイアルがどのように作られるのか。複雑なケースの磨きの手法とは。さらにブレスレットの組み立て作業の実態まで、最新作の細部写真で検証する。

Dial>>>アンティークのギヨシェ機械で1枚ずつ彫刻


「タペストリーダイアル」は、ただのブロックの連なりではなく、古くから伝わる貴重なギヨシェ機械を使って仕上げられる。そのタペストリーの一つ一つは光を拡散させる台形をなしており、複雑な凹凸を持つ文字盤を光り輝かせるのだ。さらに新型では、従来のアプライドAPロゴとプリントのフルスペルロゴに代わり、24Kゴールドのアプライドロゴを採用。もちろんそれらのセッティングも手作業だ。

Case>>>仕上げ作業だけでも162工程を要する


ベゼルひとつとっても数多くの面を持つロイヤル オークは、ケースを見渡すとさらに繊細な仕上げ技術が駆使されていることがわかる。公式情報によれば、面取り、ポリッシング、サテン、ヘアラインなど、合計162工程があり、全て終えるのに5時間以上もかかるという。逆を言えば数多くの面に対して角度を変えながら、1点の歪みもなく磨くには、熟練職人でさえ相当の時間がかかるということだ。

Bracelet>>>さらに複雑さを増す新型ブレスレットの造形

ラグのベヴェリング(面取り)から光の筋が続くブレスレットは、それだけで完成度の高さを象徴する。一体型ブレスレットには154点の部品があり、それぞれが手作業で完璧に仕上げられている。バックルに向かってコマのサイズが小さくなる設計は当初からのものだが、新型ではさらに最初の4コマの厚みが徐々に薄くなるよう改良(これに合わせてラグも台形に変更された)。全体的にも薄くなっている。

[Product]50年受け継がれたパイオニアのDNA

真に完成された名機は、その姿を大きく変える必要がない。ロイヤル オークも同じく、半世紀にわたり初代の意匠を継承。時代に応じたキャリバー変更はあれど、防水性を持つ最高品質の薄型ラグジュアリースポーツウオッチの元祖として、最新世代までそのスタイルを保持し続けている。ほぼ唯一にして最大の変化は、私たちの評価。1972年には異端児だったロイヤル オークは、今や憧れの対象となっている。

現代的に正常進化した最新世代のクロノグラフ

ロイヤル オーク クロノグラフ
Ref.26240ST.OO.1320ST.01 390万5000円
ナイトブルー、クラウド50のグランドタペストリーダイアルを持つ最新世代のクロノグラフ。毎時2万8800振動、約70時間パワーリザーブの新世代自動巻きCal.4401を搭載。その動きを50周年記念ローターとともにシースルーバックから鑑賞できる。プッシュボタンに配慮した41mm径ケースの緻密な設計にも注目だ。50m防水

21_21 DESIGN SIGHTにて周年イベント
「ロイヤル オーク 時を刻んだ50年」開催

【見て、触れて、学ぶ】をテーマとしたエキシビションでは、希少モデルの展示ほか、本邦初公開となる技術資料、発売当初の広告ビジュアルなどを展示。また、知識レベルを試す「ロイヤル オーク クイズ」や、記念撮影コーナーなどのコンテンツも用意。さらに、象徴的な八角形ベゼルの精密な磨きを見学できるコーナーも! 名作の50年の歩みをより深く知る絶好の機会をお見逃しなく。

「ロイヤル オーク 時を刻んだ50年」2022年4月15日(金)〜6月5日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3(東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン) 開館時間:11:00 – 19:30(19:00最終受付/会期中は無休)入場料:無料(事前予約優先)
ウェブ予約:https://borninlebrassus.audemarspiguet.com/ro50event

問オーデマ ピゲ ジャパン Tel.03-6830-0789(10:00~19:30)
公式サイト:https://www.audemarspiguet.com/com/ja/
日本特別コンテンツ:https://borninlebrassus.audemarspiguet.com/

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