1832年にサンティミエで創業したスイス時計界の名門「ロンジン」にて、ブランドヘリテージ部門責任者のヘッド・オブ・ブランドヘリテージを務めるダニエル・フグ氏が約2年ぶりに来日した。2019年に彼が入って以降、とくに創業190周年を迎えてからのロンジンは一気に自社の豊かな歴史を広く世界に発信するようになったと筆者は考えている。その裏を取るべく、今回の機会にインタビューを申し込み快諾いただいた。聞けば、ロンジンに加わった経緯からして極めてユニーク。躍進を続けるロンジンのキーマンに迫る。
ロンジン入社の経緯と知られざる遺産
–今回は、3月1日から開催される「ロンジン アーカイブ展 ~時を紡ぐウォッチメイキングの軌跡~」のために来日されたのを承知で、あなたに少し違うことをお聞きしたくて取材をお願いしました。あなたはもともと著名なスイスメディアのジャーナリストだったそうですね。改めてロンジンに入社した経緯を教えていただけますか?
フグ氏:私は25年以上にわたり、ビジネス・経済ジャーナリストとして活動し、そのうち16年間は(著名な)新NZZで働いてきました。スイスですから時計産業との関係は切っても切り離せません。そうした私のキャリアの中で、知れば知るほどに魅力的だったのがロンジンだったんです。その豊かな歴史、とくに航空とパイロットのための先駆的な時計を、より広く世界に伝えたいと思ったのが入社の動機でした。

–ロンジンが、その翌年となる2020年に新コレクション「スピリット」を発表したことは、あなたと関係がありそうですね。当時のプレスリリースでは、いかにロンジンがアビエーションウオッチの開発に注力していたか、そして多くの飛行家に愛されてきたかが詳細に記されていて、とても興味深く読ませていただきました。
フグ氏:スピリット コレクションの発売にあたり、製品開発チーム、マーケティング部門、ブランドヘリテージ部門が緊密に連携しました。ロンジンは1910年という早い時期に、1/10秒を計測・表示可能なクロノグラフの特許を出願しています。翌1911年には、二重の時針と分針を備えたダブルタイムゾーン表示の懐中時計の特許を取得しました。 さらに1935年には、フライバック クロノグラフ機構の特許を取得。回転ベゼルを用いた時間計測法の考案においても、1923年という早い時期から先駆者でした。そういえば、最近、とても興味深い時計を入手したんですよ。 1936年製のこのモデルは、チェコの航空士向けに作られた「マジェテック」と同様のクッション型ケースを採用している。しかしこのパイロットウォッチには「スタートタイムインジケーター」と呼ばれる外側回転ベゼルと、12時位置の追加リューズで操作する内側回転ベゼルが備わっています。この構造はロンジンが世界で初めて腕時計に採用したものだろうと、私は考えています。
–ユニークな機構という点だと、あなたが前回来日した2024年の発表作「コンクエスト ヘリテージ セントラル パワーリザーブ」も、過去のメカニズムを忠実に復活させた非常に興味深いモデルでした。
フグ氏:中央2枚のディスクの動きでパワーリザーブの残量を示すあの仕組みは、シンメトリーデザインの追求から生まれた構造です。日付表示も12時側に置くことで、左右対称のレイアウトを成立させました。しかも実はオリジナルのモデルはインデックスにホワイトゴールドを使用しています。こうした素材における品質とタイムレスなデザインもまた、ロンジン流の“エレガンス”の一部となっています。

–ロンジンのブランド哲学は、「Elegance is an Attitude」(※日本では「エレガンスを身に纏う」と訳される)ですからね。
ロンジン流の「エレガンス」について
フグ氏:私たちの考える「エレガンス」は、決してデザインだけではありません。たとえば、ロンジンは1894年から腕時計の製造を始めた記録が残っており、私たちのミュージアムの所蔵する最も古いモデルは1902年に作られています。1910年代には、小径ムーブメントの開発に挑み、直径約20mmというサイズに落とし込むことにも成功しました。1922年製の最も小さいものでは、11mm×16mmという親指の爪程度のサイズとなっています。まだ他社製品が大型の懐中時計のムーブメントを搭載した時計を作っていた時代なので、いかにロンジンが時代の先を行く存在だったかご理解いただけるでしょう。

また、今回のイベントで展示しているレクタンギュラー(※長方形)ウオッチは、よく知られた1925年製のキャリバー9.47Nを搭載していて、9時側にスモールセコンドを備えています。他のブランドではまだ時分針だけだった時代に、ロンジンはしっかりと精度と実用性を見据えていたわけですね。その証拠に、親指の爪ほどの小さな角形ムーブメント(20×28mm)でありながらクロノメーター認定を受けています。これもまた当時としては異例のこと。しかも、風防にはサファイアクリスタルを使っています。私たちはジュエラーではありませんから、小型の時計や宝飾系においても時計本来の役割である正確な時刻表示を確実に果たすことを望みました。そうした私たちの思いを象徴する一本といえますね。

ミュージアム収蔵品とヴィンテージウオッチ販売の境界線
–ところで今回展示されているアーカイブピースは、いずれもサンティミエにあるロンジンのミュージアム収蔵品ですよね? 一方で2021年からジュネーブ、そしてその後チューリッヒのブティックにてヴィンテージウオッチを販売する「コレクターズコーナー」の展開を始めています。収蔵する時計と販売する時計は、どのように区別しているのですか?
フグ氏:私たちは日本やアメリカ、イタリアなど、世界中で優れたヴィンテージのロンジンウオッチを常に探しています。そうして入手したモデルについて、先ほどのダブル回転ベゼルを持った1936年製パイロットウオッチのような特異な性質を持った希少モデルはミュージアムに収蔵する対象となりますね。それとは別に、販売店やコレクターや顧客などから届くヴィンテージウオッチというのもあって、その時計の状態がよく、正当性も認められ、時計愛好家も好みそうだと判断すればそれを買い取り、コレクターズコーナーで並べるためのプロセスへと移ります。ロンジンにはビンテージワークショップがありますから、そこでのオーバーホールを経て、書類を作成、認証を行い、2年保証をつけて販売します。たとえ100年前のモデルでもクロノメーター認証がある場合には、それに即した精度調整を行います。防水性能を除き、当時の状態にまで修復するんです。ヴィンテージのウルトラ-クロンは、いまでも±2秒の範囲で調整できますよ。

–素晴らしい体制ですね。でも、ロンジンほどのブランドだとこれまでの販売本数もかなり多いでしょうから、ユーザーなどからの真贋鑑定などの問い合わせがひっきりなしに来そうですね。
フグ氏:以前はそうでした。ロンジンは完全に文書化されたアーカイブを途切れることなく維持している数少ないブランドですから、生産台帳や請求書、販売履歴などをもとに時計の来歴を調べることができます。ただ、調べた結果、偽物であったり、非純正品を組み合わせたりした時計だった場合には費やした時間が無駄になりますし、そうした無償の行動が私たちにメリットのないグレーマーケットの活性化の一役になってしまっていたんです。だから最近になって真贋鑑定に120スイスフランを支払っていただく有料化を導入するとともに、10年以内に作られた時計を対象外にしました。こうした新しいルールによって、これまでの手間を抑えることができています。
知られざる豊かな歴史を現代の時計とともに展覧会で愛でる
–数多くの時計を作っていてもなおアーカイブをちゃんと残しているのはすごいことですね。
フグ氏:ムーブメントのシリアルナンバーがわかれば、1867年以降のモデルの歴史を遡ることができますし、多くの場合、詳細な技術仕様やその他の文書も保持しています。ムーブメントに刻印されているシリアルナンバーを追跡することで、製造年とどの国の販売代理店に出荷したかがすぐにわかるんです。ちなみに当社の記録によれば、ロンジンが最初に日本で時計を販売したのは1879年であり、その後、1911年からは服部時計店(現セイコーグループ)と取引を行っていました。1960年代には毎年のようにセイコーの人々がサンティミエにやってきて交流していたんですよ。
–明治の商館の時代から交流があったとは。だから、日本でも世代を超えた知名度があるんですね。
フグ氏:ロンジンにはとても豊かな歴史がありますからね。そうした興味深い事実を、歴史的なプロダクトを復活させる取り組みも行いながら、より多くの人に広めるために私は現職に就いたんです。1910年代から開発し続けてきたフライバック・クロノグラフやパイロットウオッチといった先駆的な時計は、スイス国内でもしばしば過小評価されているので、今回の展覧会でも重要なテーマにさせていただきました。日本の皆様も今回展示しているアーカイブピースと現行コレクションを見比べながら、190年以上に及ぶ歴史を持つロンジンに対する理解を深めていただけたら嬉しいですね。
【ロンジン アーカイブ展 ~時を紡ぐウォッチメイキングの軌跡~】

会期:2026年3月1日(日)~ 5月10日(日)
時間: 11:00 ~ 19:00
会場::シテ・ドゥ・タン・ギンザ
(〒104-8188 東京都中央区銀座7-9-18 ニコラス・G・ハイエック センター14階)
問い合わせ先:03-6254-7377(11:00~19:00)
※入場無料・予約不要
※休館日:3月23日(月)~27日(金)予定
その他につきましてはお問い合わせください。
※併設:ロンジン アーカイブ展 ポップアップストア

問い合わせ先:ロンジン TEL.03-6254-7350(アーカイブ展問い合わせ:03-6254-7377)https://www.longines.jp
Text / Daisuke Suito (WATCHNAVI) Photo / Kensuke Suzuki (ONE-PUBLISHING)
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