“ブラックダイアル＋回転ベゼル”のダイバーズにおけるアイコンデザインは【ブランパンフィフティファゾムス】から始まった

2021/12/27 12:00

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スイスには200年を超えるウオッチブランドが複数存在している。現存するブランドの中でもっとも長い歴史を誇るのが【ブランパン（BLANCPAIN）】で、創業は1735年。これまでにいくつもの傑作時計を輩出しているが、ダイバーズに多大なる影響を与えたマスターピースも創出した。それが1953年発表の「フィフティファゾムス」。時代の必要に応じて開発され、現在は本格機能を備える“ラグジュアリーダイバーズ”としての独自路線を邁進している。そのヒストリーを解説しよう。

フランス海軍が認めた高性能ダイバーズ。そして実用的なラグジュアリーダイバーズへ

初代「フィフティファゾムス」の開発に際し、出願した特許の資料。二重の防水構造が施されたリューズ、パーツ2体を組み合わせるケースバック、そしてロック機構が付いた回転ベゼルで特許を取得した

1950年代に制作された「フィフティファゾムス」の広告。MILスペックに準拠していることをアピールしている

まずは「フィフティファゾムス」というユニークな名称について触れておこう。1950年代、ヒトが潜れる最大の水深は50ファゾムス（1ファゾムがおよそ1.8288メートルで、約91メートル）と考えられていた。そこから「50 fathoms」の防水性能が設定され、同時にその数値をモデル名としたわけだ。視認性を第一に考慮したオーソドックスなブラックダイアルがセットされている他方、当時として最高レベルの防水スペックの実現にひと役買ったのがダブルシールのリューズの構造にあった。不用意に引き出してしまったとしても、リューズ周辺から内部に浸水しないようガスケットが二重に設置されているのだ。また逆回転防止ベゼルを搭載するなど、先進的な装備を纏っていたことから“モダンダイバーズのルーツ”と称されている。

フィスター氏自身のダイビング体験が機能やデザインの開発に生かされた

フィスターは南フランスでダイビングを楽しんでいた際、潜水をスタートしてからの経過時間が分からなくなってしまったことで、酸素残量を把握できずに減圧のためのプロセスを踏まないまま急浮上を行ったことがあった。一歩間違えると潜水病（減圧症）にかかってしまうアクシデントである。この体験から、正確に時を刻むダイバーズが不可欠であることを学んだ

1950年代初頭、フランス海軍潜水部隊を新設したロベール・“ボブ”・マルビエ大尉

マルビエは、フランス海軍所属の特殊潜水部隊の装備品としてダイバーズを広くリサーチしていた

1950～1980年までブランパンCEOを務めたジャン-ジャック・フィスター

ブランパンによるドキュメンタリー映画『Fifty Fathoms – The history as told by the pioneers who created it （フィフティファゾムスと、それを作り上げたパイオニア達が語った歴史）』に出演した際のフィスター

では、「フィフティファゾムス」誕生の経緯について迫りたい。ダイバーズは今でこそ広く普及しているものの、1950年代までは未開拓のジャンルだった。その理由は前述のように、潜水に耐えうる防水性の確保が難しかったからにある。当時のブランパンCEOだったジャン-ジャック・フィスターは、自身にダイビングの体験があったため潜水用時計の必要性を強く感じ、開発に乗り出すプランがあった。そこにフランス海軍のダイバーだったロベール・“ボブ”・マルビエ大尉より、特殊潜水部隊用ダイバーズの開発依頼が舞い込んだ。

先駆的だった防水構造や逆回転防止ベゼルの採用

↑「フィフティファゾムス」のオリジナルモデルのケースを構成するパーツ群。左から裏蓋用Oリング、裏蓋、裏蓋リング押さえ、ミドルケース、リューズ用チューブとOリング（3個）、ベゼルトップ、ベゼルスプリング。

今日、「フィフティファゾムス」の誕生はダイバーズの飛躍的進化に繋がったと言われている。その功績は多数あるが、中でもリューズやケースバックとの接続部に使っていた特殊なOリング（ガスケット）の装備や、潜水タイムを計るための60分間スケールを備える回転ベゼルに、誤操作を防ぐための逆回転防止機構を付与したことなど、以下の3点はとりわけ先駆的なアイデアとして認知されている。

❶水密性を高めるダブルOリング
❷Oリングの変形を防ぐ特殊なケースバック
❸逆回転防止機能付きベゼル

フランス海軍だけでなくアメリカやドイツなど各国軍にも認められる

マルビエ大尉やクロード・リフォ中尉を中心とするフランス海軍の精鋭ダイバーの協力を得たブランパンは、本格的にダイバーズの開発に着手した。無論、その頃はダイバーズに関する定義は存在せず、安全に潜水するための指針のようなものも定められていなかった。第二次世界大戦下、フランスの諜報部員として海の特殊ミッションに参加していたマルビエ大尉は、その経験からこれらの必要性を説き、とりわけ潜水の経過時間を正しく知ることを重視していた。いくつかの防水時計をテストしたものの、性能を満たすものがひとつもなかったという。そこでダイビング装備の製造業者で、後に世界で初めてアクアラング（自給式水中呼吸装置）を開発するスピロテクニーク社（現アクアラング社）を介し、マルビエ大尉とブランパンは運命的な出会いを果たすことになった。

その後、ブランパンの高度な技術から生み出されるプロトタイプのダイバーズを、フランス海軍のダイバーが使いその情報のフィードバックを重ねることで、遂に「フィフティファゾムス」は完成へと至る。防水性、耐衝撃性、高精度といったダイバーズの基本性能のほかに、同軍からの要請によって付加された機能がある。それが耐磁性だ。時計が磁気を帯びて狂ってしまっては水中で命に危険が及ぶため、正確さを保つための防磁スペックが必須条件とされた。これを軟鉄製インナーケースの採用によって満たしたのである。最新のチタンモデルにおいては、耐磁性をインナーケースではなくシリコン製ヒゲゼンマイを使ったムーブメントを搭載することで克服。時流に乗ったシースルーバックになっている一方で、ファーストモデルから課されていた本格派としての性質を厳守している。

↑アメリカ海軍にも採用された。写真はジョン・F・ケネディ大統領が海軍兵士と面会した際のもの。兵士の腕には「フィフティファゾムス」が巻かれている

「フィフティファゾムス」に対する評価はすぐに広まって、アクアラングの開発者である海洋探険家ジャック＝イヴ・クストーが、1956年公開のドキュメンタリー映画『沈黙の世界』の撮影時に着用したという逸話が残っており、ドイツ軍が特別仕様をブランパンに発注した記録もある。そしてアメリカでは現地代理店を通し、アメリカ軍にも納品されるまでになった。世界有数の厳格な規格のひとつ、いわゆるMILスペックに準拠したダイバーズとなったわけだ。このとき、複数あるモデルの中で唯一選ばれたという文書も残されている。

こういった軍民上げての開発や使用によって、「フィフティファゾムス」は唯一無二のダイバーズとして認められている。しかも現行モデルがオリジナルモデルとほぼ変わらないデザインであることが、確固たる地位を証明していると言っていい。現存する世界最古のウオッチブランドにして、世界最初の現代的なダイバーズを生んだブランパン。頑なに機械式時計にこだわる姿勢や伝統を重んじるクラフトマンシップ、そして革新の精神と挑戦の意欲を絶やさないブランドだからこそ、「フィフティファゾムス」は進化し続けている。

歴史に基づくフィフティファゾムスの正統性。その機能美を最大限引き出すための“技”

2007年に登場した第三世代にあたる「フィフティファゾムスオートマティック」には、最新鋭のパーツや技術が用いられている。代表的なディテールのひとつが、極厚で高品質なサファイアクリスタルである。極めてクリアな風防で、高硬度のため耐傷性に優れる。また、オリジナルモデルをモチーフにしたベゼルスケールの目盛りにはルミノバが塗布されており、そのトップは従来のプレキシガラス製からサファイアクリスタル製に変更されている。形状は存在感を放つ立体的なドームフォルムを形成しており、多大な生産コストが掛けられていることがわかる。そのほか、4年の歳月をかけて開発された自社製造のキャリバー1315、専門の職人が丹念に磨きをかける美しいケース、アプライドインデックスから針、ローターまで18Kゴールドで作られているなど、あらゆる点においてラグジュアリーな仕様へとブラッシュアップされている。