もう「面倒」なんて言わせない!月齢表示の自動修正機能を備えた初の光発電“エコ・ドライブ”電波時計「アテッサ」開発リーダーにインタビュー

2023年はシチズンにとって多局受信型電波時計の発売30周年という大きな節目。この重要な年に、アナログ式光発電電波時計で世界初となる月齢表示の自動調整機能を備えた新作を発表した。独自の「ルナプログラム」を有するアテッサの開発リーダー原口さんに、完成までの経緯を聞いた。

Text/Daisuke Suito(WATCHNAVI) Photo/Kensuke Suzuki

実用を重視した開発の歴史から生まれた新作

–今年はシチズンが電波時計を開発してから30周年というアニバーサリーイヤーです。新作の話の前に、原口さんにとって30年の開発史の中で特に重要だったという思うモデルがあれば教えてください。

原口さん:特定のモデルを取り上げるのは難しいですね。たとえば最初の多局受信型電波時計はアンテナが剥き出しでしたが、そのデザインはすぐになくなりました。光発電も第1弾こそソーラーセルが文字盤に貼り付いていたものの透過文字盤に置き換わっています。革新的な技術を象徴的に見せることはとても大切ですが、シチズンとしてはその革新的な技術をいかに実用的に作り上げるか、ということの方に注力しています。新しい技術を実用レベルに落とし込むことが非常に難しいので、本当に日々の進化を積み重ねてきた30年だと思っています。

シチズン時計 時計開発センター時計開発部 システム開発課の原口大輔さん。「シチズン アテッサ エコ・ドライブ電波時計 ダイレクトフライト ムーンフェイズ」は、自身が初めてリーダーとなって開発を進めた。手前は筆者

–まさに社名の理由でもある「市民のための時計」の哲学が時計開発に根付いているわけですね。では改めて新作についてお話しを聞かせてください。今回の「ルナプログラム」は、どのような背景から思いついたのでしょうか?

原口さん:入社して電波時計を開発する部門に配属され、最初の半年を工場のある長野県飯田市で勤務することになったんです。そこで見た夜空、星空が本当に綺麗で。それで毎晩のように眺めていたら、ふと月齢によって空の見え方が変化することに気づきました。あのとき月に興味を持ったことが、開発のきっかけになったと思います。その頃は、これまでの人生を振り返りながら「時間、時計ってなんだろう」ということも考えるようになりました。時計は日時計から始まったと言われていますよね。時、分、秒の考え方って、日が上ってから沈むまでの時間を等分してできたものだと一般的に言われています。そして1年のサイクルを把握するために、月の満ち欠けが一般に利用されてきました。確かに1月、2月……というように「月」と書きますし、英語のmonthもmoonから派生した言葉だな、と。そんなことに気づいたら、どんどん月への興味が深まってきたんです。

–人生まで振り返るなんて、かなり濃密な半年を過ごしたんですね。

原口さん:とにかく考える時間がたくさんあったので(笑)。それまでムーンフェイズの時計を意識したことはなかったのですが、日時計から発展した針の動きが「太陽」を表すとしたら文字盤に「月」があっても不思議ではない。むしろ時間という概念における人類の歴史を象徴するものとして不可欠ではないかと考えるに至りました。

「シチズン アテッサ エコ・ドライブ電波時計 ダイレクトフライト ムーンフェイズ」Ref.BY1001-66E 13万7500円/クオーツ(Cal.H874/光発電エコ・ドライブ)。スーパーチタニウムケース&ブレスレット(デュラテクトチタンカーバイト)、サファイアクリスタル風防(無反射加工)。直径41.5mm、厚さ10.8mm。10気圧防水

–「ルナプログラム」開発の原点に、そんな哲学的な理由があったとは驚きました。最初に企画を通すとき、社内ではどのような反応がありましたか?

原口さん:新規開発の提案は課長の承認を得たら、部長へ、というように段階的に進めていくのですが、「面白そう」「なぜ今までなかったのか」と好感触でした。とくにムーンフェイズウオッチを所有している人は大賛成で。実際、私もお客様や店員の方に取材する機会をいただいたとき、「ムーンフェイズの時計は調整の説明をするのが大変」という声があったんです。中には、笑い話のように「自分の時計はずいぶん前に正確に合わせるのを諦めた」という意見まで。自分のアイデアは間違っていなかったと思いましたね。

–確かにムーンフェイズの表示合わせはまず新月の状態に合わせてそこから正しい月齢までリューズやボタンを操作し続ける必要があるなど、正確な調整にはなにかと手間がかかりますからね。また月末のカレンダー調整の際にうっかり月齢をいじってしまうミスなども“あるある”です。さて、そしていざ開発となるわけですが、「ルナプログラム」はゼロベースからの開発だったのでしょうか?

原口さん:ロングセラーの定番「AT8040」をベースにしています。開発費を抑えつつ、動作の信頼性も担保することは企画を通すうえでの必須項目ですし、いくつかの改良で十分に実現できる自信もあったんです。改良については、ムーンフェイズは円盤が金属製で直径も大きく金属蒸着も施しているために重いという課題がありました。一方でエコ・ドライブは省電力ですべてを賄っているためエネルギーをアップさせる発想はなく、代わりにギア比を変更することで対応しました。加えて衝撃で円盤が外れないよう、耐衝撃性能を高める工夫も施しています。

–一般的なムーンフェイズだと約29.5日の月齢周期に合わせた歯車がありますが、高精度を保ったままギア比を変更するのは大変な作業のように思えます。

原口さん:「ルナプログラム」はメトン周期(※)から独自の計算式を導き出しているので、いわゆる29.5日周期とはそもそもの考え方が違うんです。このメトン周期に基づく月齢計算がアナログ腕時計で採用された事例も、これまでになかったかもしれません。ただ、一般に知られるメトン周期を用いた計算方法では月齢がなかなか合わない期間が発生することなどもあり、いろいろな文献をあたり自分なりに調べて独自の計算式を導き出すことになりました。今回採用した計算式は、2099年までは月齢表示に問題が無いことを確認しておりますので、お客様に自信を持っておすすめできます。

※同じ月日に同じ月の位相が見られる周期として、紀元前433年にギリシャの数学者メトン(Meton)が発見した19年の周期。19太陽年は365.242194 日 ✕ 19 = 6939.601686 日で、これが235朔望月(29.530589 日 ✕ 235 = 6939.688415 日)とほぼ等しいことに由来する。この周期は、太陰太陽暦でうるう(閏)年を入れる置閏法のために重要であった。(出典:公益社団法人 日本天文学会「天文学辞典:メトン周期」より一部引用)

「シチズン アテッサ エコ・ドライブ電波時計 ダイレクトフライト ムーンフェイズ」のバリエーション。左の2本は同じBY1001-66E(13万7500円)で、そのほかオールブラックのBY1006-62E(17万500円)と、一部にピンクゴールド色の表面処理を施したレザータイプのBY1004-17X(12万6500円)の3タイプがある

–標準時刻電波を受信して時計が正しいカレンダー情報を得たら月齢表示も自動的に修正される機構には、そのような苦労があったんですね。そういえば、このルナプログラムにはNSシフトという機能もありますね。南北半球の月齢表示は、グローバル展開を狙ったものですか?

原口さん:エコ・ドライブ電波時計自体がグローバル展開されているので、このキャリバーも世界各地に流通していきます。そのような背景もあり、世界中のどこで使用しても違和感のない月齢表示を実現すべく「NSシフト」を導入しました。月齢自体は南北半球で同じなのですが、南半球のモードだとムーンフェイズの円盤が逆回転になるんです。南半球には電波塔はありませんが、エコ・ドライブとパーペチュアルカレンダー、そしてルナプログラムの組み合わせにより、時刻以外は調整不要のまま使い続けることができます。ちなみにこの円盤のほか、秒針、時分針と24時間針、機能針のそれぞれを合計4つのモーターで動かしています。これはベースキャリバーのH804と共通です。

–そういえば、「ルナプログラム」のキャリバー名はH874となっています。この番号にも何か意味がありそうですね。

原口さん:これは私が決めた番号です。私は数字遊びが好きなので、キャリバー名を決めるときも数字に注目しました。ベースキャリバーと共通の8と4が固定されている中で、メトン周期にちなんだ19を関連させたいと思って考えを巡らし、因数分解をしてみたんですね。そうしたら874が2×19×23に分解できました。19が入っているだけでなく、23が出てきたときには運命を感じましたね。2023年は弊社の電波時計の開発30周年であると同時に、月齢を用いる太陰太陽暦が日本で終了してから150周年という節目の年でもある。これしかないと思いました。

–では、その運命的なキャリバーをアテッサに搭載した理由を教えてください。

原口さん:この時計を届けたいお客様のイメージやブランドが大切にしているコンセプトなどから、アテッサからこのキャリバーを展開していくことに決まりました。デザインについては、私からのほぼ唯一の要望として「ムーンフェイズを主役にしてエレガント比率を高めてほしい」とデザイナーに伝えました。現在のアテッサはスポーティな雰囲気のある「アクトライン」が人気なので、それとは違う存在になってほしかったんです。そうしたら期待以上のデザインが出来上がったので、本当に嬉しかったですね。時差のみのワールドタイム表示を見返しに入れることで文字盤をすっきりさせ、実用性を損なうことなくムーンフェイズもしっかり目立っている。外装もラグがやや長くなるだけでなく、従来品よりも段差をなくすことでケースラインがとても伸びやか。ひと目見てとても気に入りました。

左は累計出荷本数15万本以上の実績を持つ「AT8040」シリーズの代表作。AT8040-57E(12万1000円)。右が新作のBY1001-66E(13万7500円)。原口さんの希望通り、ムーフェイズの方がかなりスッキリしたデザインに仕上がっていることがわかる

–着用されている姿もよく似合っていると思います。

原口さん:実はこの時計、発売日に有給を取ってお店に買いに行ったんですよ。自分が開発した時計を買うのが夢だったので、課長に「この日は夢を叶えに行ってきます」と伝えて(笑)。ムーンフェイズの時計は高額になりがちですが、この時計は自分でも手が届く10万円台で作り上げることができました。そして日々使っていくなかで、「自分は本当は正確さよりも気楽さがほしかったんだ」という気づきもありました。なぜなら、ムーンフェイズという機能がありながら、その表示が合っているかどうかわからないなんて、そんな不安を抱えながら使うのはおかしいですよね。ルナプログラムを搭載したこの時計は、これまで様々な理由でムーンフェイズ時計を諦めてしまった方々への新しい選択肢になるのではないかと信じています。

問い合わせ先:シチズンお客様時計相談室 TEL.0120-78-4807 https://citizen.jp/ ※価格は記事公開時点の税込価格です。

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