ファッションアイテムとして国内のエッジィな人々が注目
G-SHOCKの認知度が低かった日本だが、1990年に海外で発売されたDW-5900Cが転機となる。斬新な丸型スタイルが米国西海岸のスケーターを中心に、初めてファッションとして取り入れられたのだ。その動きに日本でいち早く気づいたのが、ミュージシャンや業界人だった。
さらに、G-SHOCKを着けた金髪のスケーターたちが日本のファッション雑誌で紹介されると、一気にブレイク。91年に勃発した湾岸戦争の米軍兵士や、ミュージシャンのスティングが装着していたエピソードが紹介されると、人気はさらに拡大していく。国内出荷数は、90年が約1万本(3モデル)、91年が約3万本(5モデル)、そして92年には15万本(11モデル)を超えた。
空前のGブームのなか5600系は着実に進化
1992年に温度センサーを初 搭載たDW-6100を皮切り、 高機能化が進み、多様なストリー トカルチャーを取り込んでデザイ ンの幅も広がった。イルクジ、ラバコレなどの限定モデルはファンの激しい争奪戦が繰り広げられた。
空前のGブームのなか5600も「スピードモデル」の愛称で人気を博しつつ、独自進化を続けた。そもそも5600系は 耐衝撃構造に必要な最低限の肉厚 であり、新技術の搭載には不向き。 1994年に開発されたELバックライトも、5600への搭載は 2年遅れだ。人気を博したプロテクターの装備は5600系のデザイン的な逆襲でもある。
1990年代のリミテッド
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