【時計界の偉人列伝】マリンクロノメーターを開発――ジョン・ ハリソン

ジョン・ハリソン(1693年-1776年)は、イギリスの大工の家に生まれ、20歳のころには時計技術を取得。1728年からはマリンクロノメーターの開発に没頭し、1759年までに驚異的な精度を誇る4台の時計を完成させた時計界の偉人のひとりです。

 

2万ポンドを獲得するまでの長い道のり

(左)ジョン・ハリソン
(右)高精度マリンクロノメーターの原点といえる「H4」は、1759年に完成した。その後、ボックス入りの個体が数多く開発されたという

頻発する海難事故に業を煮やした英国議会は、「60日の航海で、2分以内の誤差で経度を測定できれば2万ポンドを支払う」という法律を1714年に制定しました。現在の価値で5000億円にも相当する懸賞金を前に、空前の天文観測ブームが巻き起ったのです。

ですが、結局その2万ポンドを手にしたのは、偉大な天文学者でも時計職人でもなく、意外にも独学で時計作りを学んだ大工の息子、ジョン・ハリソンだったのです。

ハリソンが大工仕事の合間に作る時計は性能がいいことで近所の評判を呼び、ほどなく時計の仕事だけで生計を立てられるようになっていきました。シリンダー脱進機を実用化したジョージ・グラハムの援助を受けて、1728年から7年かけて完成した「H1」は、実際の航海実験で惜しくも基準をクリアできませんでしたが、研究を続けるための援助を取り付けるには十分な性能でした。

そしてハリソンは18年かけて「H2」と「H3」を製作し、さらなる完成度の向上を目指して1759年に「H4」を完成しました。これは60日間の洋上試験で、わずか5秒の遅れという記録的な成果を発揮したのです。

当時、実力者たちの妨害もあって再試験も行われましたが、誤差39秒の好成績を叩き出すことに成功しました。しかしながら賞金はすぐに支払われず、嘆願書を読んだ国王の忠告によって天文台での精度検査が実施され、ハリソンは1773年にようやく賞金の全額を獲得したということです。

ハリソンが一生を捧げた「H4」は、公式的に複製され、あの著名なクック船長も愛用したといいます。その発明は航海の安全性を飛躍的に高め、人類の海洋探検史に大きく貢献したのです。

 

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