WN編集長が巡る百貨店の時計売場の歩き方–小田急ワールドウォッチフェア2021コラム

時計専門誌「WATCHNAVI」は、3月に小田急百貨店 新宿店本館5階=時計売場で開かれるワールドウォッチフェアにコンテンツ提供を行っている。本コラムは、このショップを通じて百貨店の時計売場の魅力を伝えていくのが目的だ。1回目のテーマは「百貨店の時計売場の歩き方」。時計フロアを担当する佐藤さんの案内で、売場を巡った。

Text/Daisuke Suito(WN)  Photo/Katsunori Kishida

売場の質を見極めるには大定番から歩を進めよう

小田急百貨店 新宿店本館5階=時計売場は、このフロアのみでワールドウォッチフェアまで完結するよう考慮して作られている。いわば常に最高の状態を継続しているわけだ。今回の取材はもちろんイベント開催前。それでも、売場のポテンシャルを十分に体験できる作りとなっている。

小田急百貨店 新宿店本館5階=時計売場に到着。これから店内を巡る。※撮影のため一時的にマスクを外しています。

さて、まず佐藤さんに案内してもらったのはオメガのコーナー。ブランド直営のため路面ブティックに比肩するラインナップを見ることができるという、売場自慢のスポットである。それほど様々な時計が並ぶなかで筆者が目をつけたのは、手巻きクロノグラフの永世定番「スピードマスター プロフェッショナル」。誕生から60年以上を経て、すでに多くの愛用者もいるこの時計について、佐藤さんに話を聞いた。

時計フロア担当の佐藤さん

「スピードマスター  プロフェッショナルについては、『一度は所有したい』というお客様が世代を問わず後を絶たないですね。しかも、ほとんどの方がこの時計にまつわる様々なエピソードをご存知で、私たち販売員が驚かされることもよくあります。それだけでも『本当に欲しかった』という思いが伝わってきますよね。本格時計のことを調べたときに避けて通れないモデルですし、ロングセラーなのでお父様や上司、先輩の影響という方もいらっしゃいます。それだけの実績がある時計ですから私たちも自信を持って接客できる優等生です。でも、せっかくならもっと興味の幅を広げていただきたいと思い、必ず2本お出しするようにしています」

その2本とは、スピードマスター  プロフェッショナルに存在するメタルバックとシースルーバックの仕様違い。これらは実際に手に取り、裏を返さなければ違いがわからない。

右がヘサライト(60万5000円)、左がサファイア(71万5000円)

「シースルーバックの方は、傷のつきにくいサファイアクリスタルガラスを風防にも使っていることもあり割高ですが、手巻きクロノグラフの緻密なメカニズムを見ることができるので高級時計を所有するという点で、満足度は高いと思います。一方のメタルバックの風防に使われているのは、強化プラスチックの一種である『ヘサライト』。スペックだけで考えればサファイアの方が人気がありそうですが、当店ではヘサライトを選ばれる方が多い印象ですね。やはりアポロ11号の月面着陸に携行されたのと同じ仕様に、特別な思いを抱かれるのだと思います。実は、このヘサライトだけはアフターサービスも特別で、通常のオーバーホール代金にあらかじめパーツ交換代も含まれているんですよ」

筆者も15年ほど時計メディアに関わり、幾度となくスピードマスター プロフェッショナルについての原稿を書いてきたが、それでも最近の売れ行き動向やアフターサービス体制までは逐一アップデートできていない。購入するかどうかの相談だけでなく、こうした最新事情を聞くだけでも販売員の方は大歓迎なのだそうだ。

「基本的に私たちは聞き役だと考えていますが、お客様のご要望にお応えするための準備は万全です。スピードマスター  プロフェッショナルの“究極の二択”にも、とことんお付き合いしますよ」

★ちょっと役立つ 売場の作法1★

試着時の写真撮影も大歓迎!

「まだ買ってもいない時計なのに写真を撮ってもいいのかな」と勝手に遠慮せず、したいことはどんどん店頭で確認してみた方がいい。試着中の撮影ももちろんOKなので、いったん家に帰って写真を眺め、周囲の意見も聞きながら改めて検討するのは、むしろ高級時計の購入における正統派だ。

実際に手に取らなければ時計の本質はわからない

次に佐藤さんに案内してもらったのはジャガー・ルクルトのコーナー。時計大国スイスのなかでも稀有な生粋のマニュファクチュール(=自社一貫製造)ブランドでも、やはり不朽の名作「レベルソ」について、話しを聞いた。

「レベルソこそ、初見の人はぜひ手にとってみていただきたいですね。この角形ドレスウォッチが持つ唯一の反転式ケース構造は、表と裏でまったく印象が変わるのが魅力。現在は『クラシック』と『トリビュート』の2タイプで展開されていて、売場では前者の方が売れています。『レベルソといえばアラビア数字』という話をよくうかがうので、それが人気の理由なのでしょう。でも実はデザイン的にはアプライドインデックスを持つトリビュートの方が1931年のオリジナルに近く、機能的な幅も広いので着けている人の個性が出やすいと思っています。

左から「レベルソ・クラシック・ミディアム・スリム」(63万8000円)、「レベルソ・トリビュート・デュオ」(121万円)、「レベルソ・トリビュート・ムーン」(150万7000円)、「レベルソ・クラシック・ミディアム・デュオ・スモールセコンド」(99万5500円)

デュオモデルなら日によって表裏を使い分け雰囲気を変えるという楽しみ方もできますね。加えて、異なる時間帯の現在時刻も把握できるという利便性もあるけれど、いまはちょっと活用しにくいでしょうか。機能や構造が複雑だと、長期使用には不向きと思われるかもしれませんが、ジャガー・ルクルト は80年もムーブメントから自社で一貫してレベルソを作り続けていますし、出荷前に独自の『1000時間コントロールテスト』で厳格な品質検査を行なっています。さらに最長8年間の国際保証付きとアフターサービスまで抜かりないので、安心してお使いいただけます」

レベルソの反転式ケースの構造は必見。

時計そのものに個性が強いトリビュートに対し、レベルソ・クラシックのようなプレーンバックのモデルでも世界で唯一、自分だけの時計にできるエングレービングサービスがある。このオーダーも売場で受け付けているのだろうか?

「もちろんご用意しています。フォントや絵柄をお選びいただくシートもございますし、お客様ご自身のアイデアのみでオーダーいただくこともできます。一番多いのは結納返しで結婚記念日を入れるパターンですね。ただ、過去には、搭載するキャリバーの図柄で擬似シースルーバックにされる方や、愛車のエンブレムを入れる方など、エングレービングのオーダーをする前提でお買い求めになるお客様もいらっしゃいました。ジャガー・ルクルトはストラップのバリエーションも豊富なので、世界で唯一の時計を手に入れたいと思う方には最適かもしれませんね」

エングレービングサービスのサンプルシート。オーダーはシンプルなもので4万円台から(納期は最短で約1か月)

★ちょっと役立つ 売場の作法2★

販売員が冷や汗をかく!? 売場でのNG行動を知ろう

WNでは何度も掲載してきたが、ここで改めて接客を受ける立場の私たちが守るべきマナーをおさらいしておこう。まず手にとって時計を見る場合は、基本的にトレイの上で見るよう。もし試着した状態を姿見などで見たい場合は、姿見を用意してもらうか、しっかり時計をホールドした状態を販売員の方に確認してもらってから時計を移動させるようにしよう。また穴留め式のバックルを試着するときは、絶対にストラップの穴にピンを通さないこと。一度ピンを通すとストラップの穴が痛んでしまうのだ。試着は大歓迎でも、商品に傷をつけるのはご法度と心得よう。

レベルソに関して言えば、ケースを反転させてその感触を確かめること自体は問題ないが、上から押さえつけるような中途半端な扱いは絶対にNG。ケースの反転操作は販売員の方に教わってから行おう。

ブランド指名でも時計は決めていないときの選び方の極意

最後に案内してもらったのはグランドセイコーのコーナー。グランドセイコー サロン認定を受け、近郊エリアでも最大級の売場面積を誇るこの一角では、ほかの2ブランドとは趣旨を変えて佐藤さんのほうから時計を提案してもらった。

「グランドセイコーでご提案するなら、まずはこのSBGA211ですね。WATCHNAVIの読者の方ならきっとクオーツよりも機械式時計の方がお好きだと思いますので、まずはこちらを見ていただきたいです。実際の接客でも同じように、グランドセイコーで機械式をお探しの方には、まず最初にこちらをご提案しています。機械式時計とクオーツ式時計の良いところを取り入れたセイコー独自のムーブメントであるスプリングドライブを搭載した発売以来ずっと人気のモデルで、その勢いは海外の方からも『スノーフレーク』はないの?と指名が入るほど。海外の人からするとインデックスなどの細かなパーツまできっちり仕上げ切っているグランドセイコーの作り込みは驚異的なようで、過去には『こんな素晴らしい時計があるのになぜ日本人がより高額な海外ブランドを好むのか理解できない』と言われたこともありました。実際、グランドセイコーの針とインデックスの鏡面は暗闇の中のほんのわずかな光を受けるだけで時間が読めるほど美しく仕上げられているので、視認性は抜群です。しかも、SBGA211はブライトチタンを使っているので見た目よりもずっと軽く、仕事中に長く着けていても快適だと好評です。72時間パワーリザーブというスペックも人気にひと役かっていますね」

小田急百貨店 新宿店本館5階=時計売場のグランドセイコーコーナーの定番ウオッチ、SBGA211(68万2000円)

ほかの白文字盤にはない個性を持つ“雪白”と呼ばれるダイアルは、もはやグランドセイコーの定番となっており、スプリングドライブの独自性と相まってブランドを象徴する一本なのだろう。しかし、人の好みは千差万別。もちろんSBGA211が合わない人もいるはずだ。

「確かに、最初にクオーツで探されている方ならご提案するモデルは違いましたね。クオーツの方が買い求めやすい価格のモデルが揃っており、お客様も20代〜30代の方が多いように思います。面白いのは、以前なら黒文字盤の人気が圧倒的だったのですが、いまは歳を重ねても使いやすいと考えられているのか、シャンパンカラーの方が優勢。これに青秒針を合わせたマスターショップ限定モデルを探しに、わざわざ県外から足を運んでいただいた方もいらっしゃいました。意外性という点では、大型のスポーツラインを選ばれるご年配の方が一定数いらっしゃること。昔からのブランドのファンの方だと、最近になって登場した新しいデザインが気になるようです。グランドセイコーは長年のファンが多いブランドですし、時計といえば国産、国産といえばセイコーというお父様のお考えを受け継がれた若い方もよくお見かけします」

この売場ではグランドセイコー のなかでもヘリテージコレクションが人気とのこと。

そんな話を聞きながら後ろを振り向けば、そこにはセイコーの商品が並んでいる。セイコーというブランドを指名して来た人に対し、販売員の方はセイコーとグランドセイコーの違いをどう説明しているのか?

「レクサスとトヨタを例にあげると感覚的に理解していただけますね。グランドセイコーは、セイコーの最高峰の技術で作られたブランド。だからこそ、大切な節目に選ばれ、目の肥えた時計愛好家の方々をも魅力するのだと思います」

★ちょっと役立つ 売場の作法3★

積極的にスタッフとコミュニケーションを図ろう

店頭で時計選びの相談をしている際、自分のライフスタイルの話題になったらより多くの情報を伝えた方が良い。そうすると販売員の方は、受け取った情報をもとに新たな提案をしてくれるようになる。つねに時計と向き合い、知識と経験を重ねてきた販売員の方のアドバイスは時計選びの新たな可能性を広げてくれるに違いない。また、筆者も勝手に遠慮していたのだが、売場では異なるブランドの時計を並べて比較、検討することもできるというから、まずはなんでも相談してみることが肝心だ。

 

たとえ指名買いでもコミュニケーションを楽しむ姿勢を持とう

高級時計を購入することは、それ自体がセレモニーといえるほどの記念になる。だからこそ一度で決めようとせず、しっかり時間をかけて検討するべきだ。自分が納得するまで悩み抜いて選んだ時計ならば、手に入れたときの感動も大きいというもの。今回取り上げた時計はいずれ劣らぬ定番であり、手に入れたならば満足度は高いことは明白。それでも筆者は、必ず一度は手にとって実際の感触を確かめてからにしてほしいと思う。それが、より多くの選択肢がある環境であればベストだろう。

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