2018年に創業したノルケインは、2019年に本格始動するやいなや日本でも何十店舗もの正規有力店で取り扱い契約を交わしたスイス時計界の新興ブランドだ。これを率いるのは、時計一族に生まれ、自身も時計に関するキャリアを積み重ねてきた若きCEOベン・カッファー。本質的な時計製造の伝統を未来に繋ぐべく立ち上がった彼が、2020年に仕掛ける一大トピックについて直接話を聞く機会を得た。
「今年はケニッシ社のムーブメントを搭載した新作を出します」
ベン・カッファー氏と会ったのは、2月の渋谷。来日の目的は、時計好きを驚かせた一通のプレスリリースについて、本人の口から詳細を関係各所に伝えるためだった。ちなみに主題となるプレスリリースの内容はこうだ。「ノルケインは、ムーブメント製造会社のケニッシ社とのパートナー契約を交わしました」。
ケニッシというのは、ロレックスと創業者を同じくし、近年になって待望の日本正式上陸を果たしたチューダーが2016年に設立したムーブメント会社である。そこでは、チューダーの時計に加え、ブライトリングやシャネルにも自社製品を供給している。とはいえ、その他、複数のムーブメントメーカーと違い、ケニッシはムーブメントの一般流通を行なっていないという。だからこそ、今回の発表が時計好きから注目を集めることになったわけである。
「ケニッシとパートナーシップを結ぶために約2年を要しました。一部で私のキャリアが関係しているのではないか、とも噂されているようですが、実情はノルケインを立ち上げてから彼らに働きかけたのです。ノルケインは“他と違っていること”、“挑戦的であること”をとても大切にしています。その点がケニッシとシンクロし、互いに分かり合えたのだと思っています。今日は、今後発表する予定の新作に搭載されるムーブメントを持参したので、ご覧ください」
そういって目の前に提示されたのは、2つの自動巻きムーブメント。ひとつはGMT付き、もうひとつは直径26mm程度の小型のものだった。ケニッシが供給している外部2社のものとは異なっており、現状ではノルケインのためのムーブメントといえる。これ自体に目新しく革新的な技術はないものの、2点支持のテンプ受けや堅牢設計のプレートなど、ひと目見ただけでも耐久性に優れ、信頼に足るムーブメントだとわかる。
「ノルケインにとって、“競争力のある価格”というのも非常に重要。それが、既存コレクションにETA、Selitaのムーブメントを使ってきた理由でもあります。にも関わらず、ケニッシとのパートナーシップでまったく別の方向に進んでは意味がありません。見栄えのする技術や機能は特定の人には魅力的でも、広く多くの人に愛されるためにすべき最優先事項ではない。今回の発表でみなさんに知っていただきたいのは、ノルケインの“We are different”という姿勢なのです」
とにかく“違う”ことにノルケインがこだわるのには、ベン・カッファーの生まれ育ってきた環境も少なからず関係しているように思う。時計一家に生まれた彼は、スイス時計産業が「高品質な腕時計を多くの人が情熱を持って作り上げていく」時代のなかで育ってきた。それが大人になった現代では、腕時計が情熱よりもマーケティングに重きを置いて作られている。ノルケイン創業の背景には、そうしたスイス時計界の現状へのアンチテーゼとしての一面もある。様々なプロフェッショナルが集い、適正価格で本物の腕時計を作ること。言い換えれば、「本質的なスイス時計製造の伝統を未来に残す」ことが、ノルケインを通じてベン・カッファーが実践していることなのだ。
「創業は2018年ですが、その年には一本も時計を売っていないので(笑)、ブランドとしての本格展開は2019年から。それでも私たちに可能性を感じていただく方々からの反響が予想よりもはるかに大きく、1年ほどで全世界10か国、約70店舗でプロダクトを流通させることができました。今年は大きな話題もできましたし、120店舗ぐらいに拡大したいと考えています。ノルケインはまず年産1万本ぐらいを目指していきたいですし、歴史的な継続性を考えれば3世代先までの家族経営を見据えています」
2019年にノルケインが発表したのは「アドベンチャー」「フリーダム」「インディペンデンス」という、ブランドの姿勢を体現する名が与えられた3つのコレクション。バリエーションはメンズとレディスで数多く用意されており、そのどれもが25万〜50万円程度までの価格帯に収められている。
スイス製の機械式時計の価値が再評価される時代を見据えて
「本日お見せしたケニッシのムーブメントを搭載した新作は、6月にスイス、9月に日本でそれぞれ発表する予定です。既存モデルとの価格差ですか? そこまで大きな差はつけないつもりです。先ほどもお伝えしたとおり、ノルケインにとって価格は最優先事項ですからね。では、どう差別化するか、ですか? う〜ん、保証期間などは考えられますね。新作の発表まで楽しみに待っていてください」
取材の最後、ベン・カッファー氏は私たちにこう伝えてきた。「そういえば、アップルウオッチがスイス時計を抜いたというニュースがありましたが、スイスの機械式時計というのは何世代にもわたって使えるアイテムなんです。一方、スマートウオッチは十年も使えない買い替え前提のもの。どちらの方が経済的で、環境に優しく、“スマート”か。腕時計の本来あるべき姿、原点を、ノルケインのタイムピースを通じて再認識してもらえたら嬉しいですね」
果たして乗りに乗っているノルケインは、現代時計界のウィリアム・テルとなるか、はたまたドン・キホーテとなるか。まずは今後の新作発表に注目したい。
問:ノルケイン ジャパン TEL.03-6864-3876
https://www.norqain.com/?lang=ja&v=24d22e03afb2
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