近年、本格的な機械式時計の開発に注力しているエルメスが、2020年も魅力的な新作を発表した。いつまでも眺めたくなるような幻想世界が文字盤に表現された3つのタイムピースを見ていこう。
南北半球で見られる月の姿を掌握
「アルソー ルゥール ドゥ ラ リュンヌ」は、2019年のSIHH(ジュネーブサロン)で初登場。日本人アーティストの吉本英樹氏が率いるデザインエンジニアリングスタジオTangentが監修した“地球”のインスタレーションを中央にセットしたブースとともに、大いに話題を呼んだ腕時計である。「北半球と南半球の月相を同時に見る」という時空を超越した視点を実現させるのは、エルメス・マニュファクチュールのCal.H1837と独自に開発したモジュール「ルゥール ドゥ ラ リュンヌ」。対にセットされた時刻と日付のダイアルが文字盤の中心を公転し、12時と6時の位置に固定された満月を見え隠れさせることで、南北半球の月相を表すメカニズムとなっている。
第1弾では文字盤にアベンチュリンとメテオライトが使われたが、2020年の新作ではさらに複数の素材を文字盤に使った限定品が登場する。ハイライトは火星の隕石を使ったプラチナケースのモデル。その素材の希少性ゆえ、限定本数はわずか2本に留まる。これ以外の隕石文字盤も、ブラックサハラメテオライト文字盤が30本限定、月のメテオライト文字盤が36本限定とかなり希少。これにラピスラズリ文字盤、ブルーパール文字盤のバリエーションを加えた全5タイプが今年の新作となっている。
すべてを見せない美学
上述のムーンフェイズウオッチと同じく、1978年にアンリ・ドリニーのデザインによって誕生した「アルソー」ケースのコレクションから、新作をもう一本。グラデーション文字盤は近年の高級時計のトレンドでもあるが、エルメスの流儀は他とは大きく趣を異にする。
「アルソー スケレット」は、颯爽と走る馬を連想させる書体のインデックスを明快に残しながらも、中心部にかけて透明になっていくサファイアクリスタル製の文字盤を採用。アントラシト色のブリッジと歯車をアンサンブルのように同系色の時分針と調和させるなど、機械式時計の構造の複雑さをも独創世界の一部とした。
時差を愉しむ
フランス人グラフィックデザイナーのフィリップ・アペロワによるタイポグラフィが目を引く「スリム ドゥ エルメス」のGMTモデルからは、ピンクゴールドケース×ブルーダイアルのバリエーションが登場。この時計の見どころは、なんといってもシルバーグレイン仕上げのGMTカウンターだろう。不規則に散りばめられた1〜12までの数字はローカルタイム表示で、10時側面のプッシャー操作で1時間単位の調整が可能。針はジャンピング式のため、不規則な配列でも思いのほか判読性は高い。LとHの2つの小窓は、それぞれローカルタイムとホームタイムの昼夜判別表示となっている。これは、メインダイアルとGMTカウンターともに12時間表示のために設けられたもの。実用性もしっかりと考慮されている。
ムーブメントは、超薄型Cal.H1950にアジェノー社の特別開発モジュールを組み込んだものを採用。ピンクゴールドケースとなってもラウンドフォルムとラグデザインのシャープな印象は保たれたまま。いくつもの仕上げが融合した文字盤とも好相性を見せる。
2000年代から機械式時計製造を本格化させ、いまやマニュファクチュールウオッチメーカーとしても存在感を増すエルメスにおいて、「時」はオブジェだという。これら新作を通じて、“時を測り、管理し、コントロールしようとするのではなく、あらたな「時」の概念を模索しながら、感情を呼び覚まし、自由気ままな雰囲気をまとった時計をデザイン”しているという、メゾンの感性に触れてみてはいかがだろう。
- TAG