ハンドメイドにこだわって20年。ドイツ人時計師が語る腕時計製造のこだわりとカスタムオーダーへの意気込み

低価格帯から超高額品まで、様々なブランドがひしめき合うドイツにあって、ほぼ完全に手作業での腕時計製造にこだわるドイツ人時計師がいる。彼の名はディルク・ドルンブルート。父親であるディエルテ・ドルンブルートとともに時計を製造している、ブランドのマスター・ウオッチメーカーだ。12月7日(15時〜)に日本橋三越本店 6階ウオッチギャラリーで行う、自身のブランドのカスタムオーダーイベントに登壇するため来日した彼を取材し、時計製造に対する想いを聞いた。

 

昔の機械で作ることが楽しくて仕方がない

今回が初来日となるディルクさんは、イベントのために持てるだけの荷物をトランクに詰めてきたという。そのうちのひとつが、約120年前に作られたというトッピングツール(歯切り機)。オブジェのように展示されているものはあっても、実際に使用可能な状態を見るのはかなり珍しい。これに限らず、D.ドルンブルート&ゾーンの腕時計は、設計段階とパーツの加工精度のチェックを除いて、ほぼハンドメイドなのだという。最先端の加工マシンも数多くあるなかで、なぜ手作業にこだわるのか。その真意を聞いたところ「昔の機械を使うことが楽しい」という。「昔ながらの製法で腕時計を作ることが、私たちのアイデンティティなのです。確かに時間も手間暇もかかりますが、それが私たちにしか作れない腕時計となるのです」

約120年前のトッピングツールを持参して来日したD.ドルンブルート&ゾーンのマスターウオッチメーカー、ディルク・ドルンブルートさん

事実、完成品の裏側から見えるムーブメントを見ると他社にはないオリジナリティを感じることができる。ゴールドメッキされたプレートや2重螺旋を描く香箱の仕上げ、ブルースクリューで留められたゴールドシャトン(人口ルビーを金枠で受ける技法)、テンプ受けの独創的なエングレービングなど、シンプルななかに盛り込まれた数多くの丁寧な仕事ぶりには感服するばかりだ。

「実はエングレービングは外注ですが、私たちのためだけに特別な仕事をしてくれています。その彼は、もともと歯医者だったんですよ。ほかにも、私たちのアトリエにいる若い時計職人はピアニスト出身者がいます。私たち親子は生粋の時計師なので、様々な経験を持つ人との仕事をすることで刺激を受けています。発想も豊かで、頭の回転も早く、とても信頼しています。ちなみに、アトリエには4名の時計師のほか、ダイアル担当が1名、針担当が1名、ポリッシャーが1名が作業にあたっています。ムーブメントだけでなく、時計に関する多くのパートを内製しているんです」

D.ドルンブルート&ゾーンのアトリエ。コンピュータ制御の自動運転マシンはなく、全工程を職人が担当

外装まで手作業にこだわるがゆえに、製造本数は月に10〜15本、年産で120本程度。それでも自分がやりたくてやったことだから後悔などあるはずもなく、むしろ楽しいのだという。「昔の機械を使った時計製造ですし、必要な工具類については十分に揃えることができました。一度に複数のパーツを加工したり、文字盤の設計を初期から見直したりと、製造工程の合理性は高めたりしますが、いまの手作業による時計製造をやめることはないですね」

 

時計修復師から時計師に転身して以後20年の歩み

ところで、ブランド名にある「ゾーン(SOHN)」とは、ドイツ後で息子を意味する言葉である。これはもちろんディルクさんの父である時計師のディエルテさんと立ち上げたブランドであることに由来する。「私たちはもともと時計の修復師として、あらゆる時計を手がけてきました。自分たちのブランドを立ち上げるきっかけになったのは、1999年に私が父へプレゼントした自作の時計。現在は、ユニタスなどのベースムーブメントをカスタムしたものだけでなく、自社製ムーブメントも製造しています。2012年に発表したキャリバー2010は、手巻きによる巻き上げ過ぎを防ぐ機構で特許を取得しました。ただ昔の腕時計を再現しているだけじゃないんですよ(笑)。ちなみに、このキャリバーのアンクルはトルクの動作の安定性を高めるため、短く設計しています。これは1940年代のゼニスやプゾーのムーブメントに見られた設計。こうした点は、修復師としての経験が役立っています」

D.ドルンブルート&ゾーン初の自社製ムーブメントにして、フラッグシップとなるキャリバー2010。写真上部に見えるギアトレインが特許取得の巻き切り防止装置だ

キャリバー2010は、小気味良い回し心地のリューズによる手巻きが行え、完全巻き上げ時にはガチッとリューズがそれ以上回らないようになっている。主ゼンマイの入った香箱を2つ備えながらパワーリザーブは52時間と短めだが、これも精度安定化のための仕様なのだ。「完全巻き上げの状態と解け切る直前ではゼンマイの力が異なるため、最適なゼンマイのトルクが得られる時間だけを抜き取る設計になっています。実際にはもっと動くのですが、精度を維持するために52時間に抑えたのです」

(左から)「クイントス2010.REG」「クイントス2010.9」「クイントス2010.1クラシック」。いずれも自社製Cal.2010をベースに作られたモデルで、スモールセコンド、パワーリザーブ、レギュレーターというバリエーションをもたせた。いずれも52時間パワーリザーブで、毎時1万8000振動。サイズは直径38.5/厚さ10mmで共通している
「2016.1 ST」88万円 手巻き(自社製Cal.2016.1)、38時間パワーリザーブ、毎時1万8000振動。ステンレススチールケース、直径31mm、厚さ8.6mm。3気圧防水。直径31mmのケースに収まるよう設計された小型の自社製Cal.2016を搭載。控えめなサイズでありながら、ドイツ製ムーブメントらしい3/4プレートのムーブメントほか、あらゆる美しい技法が詰まっている

カスタムオーダーに対応するのは少量生産ブランドの特権

最後に、ディルクさんに憧れの存在を聞いたところ、来日直後でお疲れのところが一気にテンションMAXに。「私にとっては、フィリップ・デュフォーさんと、ベアト・ハルディマンさんは神のような存在。ハルディマンさんとは年に1度会う機会があるのですが、会話をしているだけで様々な学びや気づきが得られます。本当に特別な存在ですね」

話に出た最高峰の独立時計師の製品はもはや万人が買えるものではなくなってしまっているが、D.ドルンブルート&ゾーンもそれらに匹敵するだけの“所有するに足る魅力”を持ったブランドであると筆者は感じた。彼が手がけた時計から伝わるなんともいえない温もりは、数多くの手作業を経て完成したなによりの証拠である。一方でこんな不安もよぎる。ただでさえ特別感のあるタイムピースにもかかわらず、本当に今回のようなカスタムオーダーに対応できるのだろうか。彼はこう笑い飛ばした。「1本1本手作りですから、問題ありませんよ(笑)」と。

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