9月からIWCシャフハウゼンが新たな時計販売プログラムをスタートさせた。「IWC. Curated.」なる取り組みは、IWCのもとにあった貴重なアーカイブピースを、同社の修復部門が完璧な仕事によって再生させて販売するというもの。この「IWC. Curated.」についてWATCHNAVI編集部は、このプロジェクトを主導したIWCミュージアム キュレーターのデイヴィッド・セイファー氏に真意を聞いた。
「時間がかかったぶん、150%の準備ができました」
–まずはIWC. Curated.のスタート、おめでとうございます。このプロジェクトはいつ頃立ち上げたのでしょうか?
「およそ5〜6年前から取り組んでいたのですが、万全の状態でお客様に届ける品質を担保するのはもとより、ビジネスエコシステムの統合など販売体制の構築にも時間がかかりました。プロジェクトに関わる人数は約30名おり、各部門から1名以上が関わっています。IWCは販売するすべての時計に対して情熱を持っており、クオリティには自信を持っています。それに見合う体制を万全にするためには、5〜6年というのは必要な期間だったと思います」

–ほかのブランドよりも時間がかかったのにはそうした理由があったんですね。「IWC. Curated.」は、ビンテージ愛好家やIWCのファンにとっては待望のプロジェクトだと思います。
「私にとっても待ち望んでいた販売プログラムでした。『IWC. Curated.』の対象となるこれらのアーカイブピースの販売は、私の愛するIWCの時計が、サービス体制も含めてハイレベルであることを世界中にお伝えする最高の手段のひとつだと考えています。そうした背景から、『IWC. Curated.』は多くの方にIWCのことをより深く知っていただくための取り組みだと位置付けています。他ブランドや自動車メーカーが展開するようなCPO(Certified Pre-Owned=正規認定中古)とは一線を画しており、購入いただいた時計は現行品と同じくオンラインでのユーザー登録で最長8年の製品保証が付くんです」

–実物を見ましたが、確かにこれが新品と言われても信じるほど美しく仕上げられています。ここまでキレイになっていたら、セイファーさんの立場的に「ミュージアムに収蔵したい!」とは思いませんでしたか?
「もちろん葛藤はありましたよ(笑)。ただ、IWCミュージアムはICOM(※国際博物館会議)に登録されている施設ですので、一度ミュージアムに収蔵したものは販売ができません。一方で、歴史的な時計を販売することでお客様に喜んでいただきたいという思いもあったので、ミュージアムのコレクションとIWC. Curated.とは切り離して考えなければなりません。これから難しい判断に迫られることもあるでしょうけど、それも私の仕事の醍醐味です」

「日本の愛好家は知識が豊富で、歴史にも関心が高い。ぜひ展開したいと思いました」
–今回の「IWC. Curated.」は日本を含む4か国で展開されるとのことですが、なにか基準はあったのでしょうか?
「日本については、とても知識が豊富で歴史にも関心が高い愛好家が多い国ですから必ず入れたいと思いました。ロンドンのバタシーは、あらゆるアンティーク品が絶えず流通している街なのでここも入れるべきだろうと。ドバイは、私たちのブティックの中でも最大級の規模ですし、シャフハウゼンはもちろん私たちの本拠地ということで、時計の本数が限られていることもあり、まずはこの4か国でスタートすることにしました」
–最後に、ミュージアム館長であると同時にIWCの歴史研究家でもセイファーさんの最新の研究成果などがあれば、ぜひ教えていただけませんか?
「2週間前にたまたま女性用の腕時計のプロトタイプが発見されました。これは私でも存在を認識していなかったもので、オーナーの方はミュージアムになら売っても良いということでしたので、これはIWC. Curated.の方には出せないでしょう。もう一つは、バタシーにてドイツ海軍向けのダイバーズウオッチ『オーシャンBUND』のオリジナルが、ストラップまで揃ったフルセットのボックスの状態で手に入りました。本音を言えば個人的に買いたいほどレアなモデルですが、ミュージアムで収集したものは先ほどもお伝えした通りICOMの規定により購入はできません。ただ、今でもこうしたモデルが見つかることがあるので、いまの仕事は本当に楽しいですね」

左/「ヨットクラブI ・オートマティック」(1967年製)Ref .1811/202万4000円 自動巻き、毎時1万9800振動、約40時間パワーリザーブ。ステンレススティールケース×ブレスレット。直径36mm
中/「インヂュニア」(1965年製)Ref.666 AD/313万8000円 自動巻き(キャリバー8531)、毎時1万9800振動、約40時間パワーリザーブ。ステンレススティールケース&ブレスレット。直径36mm
右/「インヂュニア SL」(1976年製)Ref.1832/1019万4000円 自動巻き(キャリバー8541B)、毎時1万9800振動、約40時間パワーリザーブ。ステンレススティールケース&ブレスレット。直径40mm
取材後記
現在、歴史ある時計ブランドが自社のアーカイブピースを修復部門で調整して販売するケースが増えてきた。ただ、これを実現できるのは、IWCのように伝統を絶やすことなく当時のパーツまでストックできているブランドに限られる。セイファー氏も語った通り、IWC. Curated.は単なる中古品の再販とはまったくの別物なのだ。過去の名品を現代のエキスパートが新品同様のクオリティに引き上げる、いわばラグジュアリーウオッチのアップサイクルと言えるだろう。
このようにして今から50年以上も前に作られたタイムピースがこの先の50年、100年と真の愛好家によって使われていくことは、それ自体がスイス時計産業の伝統と文化を継承されていくことと同義だ。所有することには責任を伴うものだが、同時に本来なら博物館に所蔵されるべき品を所有するという特別感は何事にも変え難い体験でもある。これから日本にやってきたIWC. Curated.の3本は、どのようなオーナーの手元で時を刻むのだろうか。こうした思いを馳せることができるのもまた、機械式時計の面白さだと再認識した次第である。

問い合わせ先:IWCシャフハウゼン TEL.0120-05-1868 https://www.iwc.com/jp/ja/ ※価格は記事公開時点の税込価格です。限定モデルは完売の可能性があります。
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