斜光をイメージした切子の難しさ
(鈴木さん)「今回のモデルの一番のキモとなるのは、中心をずらした切子ということになります。なぜ斜めにずらしたかというと、堀口切子さんのグラスで、わざとよろけさせた縞模様のよろけ縞という切子を施したものがありまして、これをデスク上に置いて、斜め方向から光を当てると、片方だけ影が伸びて、片方は縮んでいるような抑揚が生まれたんです。これが凄くキレイだなと思いまして、これを表現したいと堀口切子さんに相談を持ちかけたのが始まりでした」
(佐藤さん)「堀口氏とは、テーマのところから話をさせて頂いていまして、デザイナーからのアイデアも提案しながらディスカッションを重ねていきます。今回の第4弾のデザインについては、最初から堀口氏の感触もよかったんです」
(鈴木さん)「いつもいくつかアイデアを持ち込んでいるんですが、中でも今回の中心をずらしたデザインは、お互いにやりたいものが合致しましたね。堀口氏にも「ぜひ挑戦したい」とおっしゃって頂きました」
(佐藤さん)「我々も2019年の切子第3弾を出した以降、他の製品で培ってきた技術もあるので、当時ではできなかったことができるようになっています。今できる技術や、時代の流れを踏まえながら、こういうものをやりたいという提案をしてきましたね」
――2019年の第3弾を出した段階で、次の構想はあったんですか?
(佐藤さん)「個人的にはオシアナスと江戸切子は、すごく相性がいいなと思っていて、だからぜひまたやりたいっていう思いがありました。ですが、我々としてもお客さんに対して新しいといいますか、今回の切子はこうですとしっかり言えるような、驚きを与えるような表現が生まれなければ出すことはできないと思っていました。もちろん堀口氏との意見の合致も重要です。堀口氏は、ご自身の展覧会でも次々と新しいものを生み出しておられ、革新的なことに積極的な方で、今こういうものをつくりたいという思いもありますから。そこでディスカッションしていく中で、意見が合致して生まれたという感じですね」
――これまでより難しかったポイントは?
(佐藤さん)「堀口氏が普段の切子細工で用いられるのはクリスタルガラスですが、サファイアガラスはダイヤモンドの次に耐摩耗性が高く、加工が難しいんです。円盤の外側にダイヤモンドパウダーがついたダイヤモンドホイールにサファイアガラスを当ててカットを施していくんですが、ダイヤモンドホイールだからなんとか切れる。ただ、刃がすぐにダメになってしまうので、目立てという刃を研ぐ作業を頻繁に行わなくてはならない。第1弾の時から培ってきた技術をベースに、結構手間をかけながら、ひとつひとつ作って頂いていますね」
(鈴木さん)「いままでの中心からカットしているものは、1本のカットを切ったら回転させて、また同様のカットを切っていくことを繰り返していくので、リズムがつくりやすいと思うのですが、今回のカットは、9時を中心として隣り合うカットがだんだん角度も長さも変わっていくので、切子の工程でリングの持ち方や、ダイヤモンドホイールの当て方も変えていったりで、結構集中力が必要だったとは聞いています。今回、カットの本数も多いんですよ。第1弾、第2弾は33本、第3弾が32本でしたが、今回は40本ですね。
堀口氏がおっしゃっていたのが、基本的に切子は、中心にピッタリあうように合わせ込みながら切っていくものなので、今回のような偏心したカットの場合、自分の感覚で切ろうとすると、身体が勝手に中心に切ろうと修正してしまうそうなんです。熟練度合いの高い方ほど、そうなってしまうようで、今まで体得してきた感性を調整しながら切っていかないといけない難しさがあったようです」
――技術的な難度が増して、個体ごとのクオリティの均一性を担保するのに気を遣う部分はあったんでしょうか?
(佐藤さん)「手作業の工程が入るので、第1弾のときから、カシオ内でバラつきの基準を決めて、一定の範囲内に収まるものだけを採用するようにしていますが、実際数ミクロンのバラツキはあるものの、ほかの製品に比べても、バラツキの範囲がほとんどないくらいのクオリティで上がってきています。少しバラツキがあるほうが、一本一本職人の技が入っている“味”になってくるかなと、最初の開発のときには思っていたんですが、堀口氏のポリシーとして手作業だから製品がバラついて差があるという考え方を嫌うといいますか、手作業だからといって一切妥協しない考え方なんですね。先生の切子作品を見ても、非常に高い精度で作られているんです」