時計ブランドの肖像「ボール ウォッチ」――あらゆる過酷な環境の下で正確に時を告げる究極の機械式時計【前編】

2019/12/14 17:30
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数多く存在するウオッチブランドでも、一流と呼ばれているブランド1社にスポットを当て、その歴史や技術、ニューモデルについて掘り下げて解説する連載企画『時計ブランドの肖像』。今回は、持ち前の頑丈設計と高視認性で、堅牢メカニカルウオッチの代名詞となったボール ウォッチを取り上げる。同社が目指す未来とは!?

Portrait 10 「BALL WATCH (ボール ウォッチ)

 

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CLEVELAND[クリーブランド]

ボール ウォッチの創業地は、アメリカ・オハイオ州にある街クリーブランド。ここで時計宝飾店を営んでいたウェブスター・クレイ・ボールが、“ある事故”をきっかけに時計製造を手がけるブランドを立ち上げることになった。

1891年にクリーブランド郊外で起きた鉄道事故“キプトンの悲劇”(写真上)。ウェブスター・クレイ・ボール(写真下)は、鉄道会社からの要請を受けてアメリカの時差問題や当時の懐中時計の精度など、「時間と時計」が主な事故原因であることを突き止めた人物だった。その後ボールは、鉄道時計に関する基準を設け、自身の会社でも時計を作り始めることになる。

ボール ウォッチの創業者、ウェブスター・クレイ・ボール

 

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RAILROAD STANDARD[アメリカ鉄道公式時計]

創業者が鉄道の安全な運行のために定めた規準は、その有効性が認められてアメリカ鉄道時計のスタンダードとなった。そして多くの人と物を運ぶ鉄道の信頼性を高め、1900年前後のアメリカの発展に多大なる貢献を残すこととなった。

初期のボール ウォッチ製の懐中時計は、自社が定めた規準に則った正確さと見やすさ、頑丈さが特徴だった。鉄道関係に従事する様々な人々が手にできるよう価格を抑えたものも多くあり、ボール ウォッチは一つのステータスシンボルとなっていた。

20世紀初頭のボール ウォッチ製ポケットウオッチ。鉄道員たちにも活用されていた

 

鉄道事故をきっかけに走り出した栄光の歴史

ボール ウォッチ創業者のウェブスター・クレイ・ボールは、以前からクリーブランドで時計宝飾店を営んでいた。彼は、1883年に導入された標準時を元にワシントンの海軍天文台が行う時報を利用して正確な時刻を把握していたという。この時間に対する姿勢が、後にブランド誕生のきっかけとなる。

1891年に起きた“キプトンの悲劇”は、フルスピードで走る速達郵便列車とアコモデーション号という鉄道の衝突・炎上事故である。後者に乗っていた車掌の時間に対する認識の甘さと、同乗していた機関士の時計の4分の誤差が命運を分けたと言われており、その原因調査に任命されたのがボールだった。彼は、先の鉄道事故が起きた約3か月後には湖岸鉄道の監督検査官となって同鉄道の時計検査システムを考案。やがて全米の75%を占める、膨大な検査ネットワークの礎を築いたのだ。

ボールが考案したシステムが鉄道運行の「スタンダード」になった理由。それは、1900年前後ながら30秒以上の誤差を許さない精度へのこだわり、暗所でも時刻が視認できるだけの太い針とインデックスの義務付け、耐久性に直結する受け石を一定数以上組み込む、などの実用面にある。そして、この徹底された製品哲学は、現行コレクションへと受け継がれている。

前置きが長くなったが、ボール ウォッチは決して一朝一夕でできたブランドではないことはおわかりいただけただろう。長い歴史を持ち、実用性になによりもこだわる。だからこそ創業の地を離れ、現在は時計製造の最新技術が集まるスイスのラ・ショー・ド・フォンを拠点に選んだ。本社アトリエでは、時計の設計からパーツ単位の品質管理、ムーブメントの組み上げ、針の取り付け、ケーシング、最終検査を実施。こうして一流の技術を持つサプライヤーと、ボール ウォッチの製品哲学が融合し、時計界でも稀有なメカニカルタフウオッチは、晴れて出荷されることになる。

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