世界中にその名を轟かせる、スイスの高級時計ブランド「オメガ(OMEGA)」。もっとも有名なコレクションである「スピードマスター」は、NASA(アメリカ航空宇宙局)に選ばれしクロノグラフとして月に降り立ったことから、“ムーンウオッチ”の異名をとる。本連載の最終となる第3話では、アポロ13号のアクシデントによって窮地に立たせられたクルーが、地球に帰還するために僅かな可能性をかけてスピードマスターに託した“運命の14秒間”について紹介する。
クルー3名を救出したクロノグラフは、伝説的な存在に
地球帰還にはアポロ13号船体のロケット・エンジンを再度噴射させ、軌道修正を行う必要があった。地上のNASAでは管制官らとともに、非常事態を知り結集した宇宙飛行士らがシミュレーターを駆使して解決法を模索していた。そうして得られた軌道修正成功のポイントは“14秒間”。しかも決められたタイミングで、正確な方向で行われなければならないという結果に至ったのだ。
そして問題は単純ではなかった。電力をセーブするためシャットダウンしたシステムには、ナビゲーションシステムやクロックシステムも含まれていたのだ。さらに、こうした非常事態に有効と考えられる、恒星を目印にして針路・位置を見極める方法も、船外に浮遊する機体の粉塵に視界を遮られ、ままならなかった。そこで仕方なく視認しやすい地球と太陽の位置を頼りに噴射を行うことになったが、誘導システムを失った船体は思うように制御できず、とても一人で一連の工程をまかなえるものではないため、3名は役割りを分担することに。スワイガートが腕元のスピードマスターのクロノグラフを使って時間を計り、ヘイズとラベルが操縦やエンジンの噴射にあたることになった。(映画『アポロ13』にもこのシーンが登場し、スワイガート役のケヴィン・ベーコンがスピードマスターのプッシュボタンを威勢良く押しながら「カモンベイビー!!」のセリフを言う)
かくしてNASAの尋常ならざるテストに耐えたクロノグラフはその威力を遺憾なく発揮。命運を分かつ14秒を完全な正確さで計りきり、死の淵にあったアポロ13号にやっと光明が差しはじめたのだった。4月15日、米国中部時間10時31分のことである。
アポロ13号の生還劇は、まさに時間との戦いであった。無事に帰還できる軌道に乗ったとはいえ、大気圏に突入する前に司令船の電源をアップし、機械船と着陸船を切り離さなければならない。ミッション中に司令船の電源を落とし、再び立ち上げるというのは当然ながら前代未聞で、シミュレーションのデータもなければマニュアルもない。膨大な数のスイッチの操作手順をひとつでも誤れば再起動できない恐れもあり、地上でNASA当局が状況に即したものを夜に日を継いで作成中ではあったが、難航し、最終的な内容が無線でクルーに伝えられたのは、作業が間に合わなくなるまさに直前のことだった。
3人を乗せたアポロ13号の司令船は気体の摩擦熱による淡い炎に包まれながら大気圏を下降し、打ち上げから142時間54分後となる4月17日の米国中部時間12時7分、サモア諸島南東の海上に着水。待機していた強襲揚陸艦イオージマに救出された。絶体絶命の災禍をくぐり抜けたことなど素知らぬふうで、粛々と時を刻み続けるスピードマスターとともに。
あの奇跡から今年でちょうど50年になる。世界中が注目したこのミッションは“成功した失敗”とも称され、宇宙開発における危機管理の重要性を浮き彫りにし、先ほど打ち上げに成功した「クルードラゴン」の成功にも必ずや繋がっている。その一翼を担い、NASAの公式装備品として今なお活躍するスピードマスターは、正確で頑丈なクロノグラフにのみならず、誰しもが胸に刻むべき人類の叡智のシンボルとも称えることができる。
オメガは昨年、初代スピードマスター(1957年製)に搭載されていた傑作ムーブメント「キャリバー321」を復活させる試みを実行。コラムホイールやブレゲヒゲゼンマイといった高性能モデルに採用実績のあるパーツを取り入れ、仕上げは18Kセドナ™ゴールドコーティングによる芸術的な美しさの新キャリバー321として復活させた。この自社ムーブメントを内包する外装のデザインは、スピードマスターがNASAの公式装備に初めて認定された1965年のモデル、すなわち「スピードマスター ST 105.003」にインスピレーションを得たものだ。
問い合わせ先:オメガお客様センター TEL.03-5952-4400
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