G-SHOCK初となるWear OS搭載“G-SQUAD PRO”「GSW-H1000」(5月15日発売予定)が、4月1日より情報公開となった。2016年にカシオ初のスマートアウトドアウオッチとして発表された「WSDーF10」から今回のG-SHOCK版発表までに約5年もの歳月が必要となった理由や、数多くの競合メーカーがいるなかでの勝機などについて、開発チームを代表する5名に話を聞いた。
TEXT/Daisuke Suito(WN) Photo/Takefumi Taniguchi
–そもそも私は多くのスマートウオッチがWear OSで動作する以上、どこが作っても大差はないと考えています。とくにG-SHOCKに関してはスマートウオッチでなくても光発電でブルートゥース連携ができ、「G-SHOCK CONNECTED」のアプリが使える実用的なモデルが多数あるので、それらで十分だとも思っています。それなのに、なぜいまさらケーブル充電が必要なスマートウオッチを出したのでしょうか?
斉藤:以前から「G-SHOCKからスマートウオッチを出してほしい」というお声をたくさんいただいていたことが大きいですね。
佐合:カシオのスマートウオッチ開発は、5年前に発表したWSD-F10に向けて始まりました。逆にいうと、そのときの技術ではG-SHOCKの性能の確保と現実的なサイズの両立が困難だったとも言い換えられます。それがいまの技術なら両立できる、となって今回の最新作GSW-H1000の開発へと繋がったのです。このモデルは、G-SHOCKの耐衝撃性能と20気圧防水に、プロトレックスマートの「腕に地図」というコンセプトを継承した大型フルカラー液晶や、G-SQUAD GBD-H1000で搭載した光学式の心拍センサーを備え、Wear OSによってマルチスポーツにも対応したG-SQUADの最高峰モデルとなっています。他社製品の防水性能は5気圧や10気圧が一般的なので、音声入力などが行えるマイクも付いて20気圧防水というのは、いまのスマートウオッチ市場において相当強い性能だと思いますね。
斉藤:一方で、G-SHOCKは腕時計であることにこだわってきたブランドでもあります。そこで私たちは、腕時計ありきでスマートフォン接続ができ、光発電で心拍計測もできるGBD-H1000を先に出すことにしたのです。これに続く形で発表したG-SHOCKスマートは、既存のコネクテッドウオッチではカバーしきれないぐらい「多彩なマルチスポーツに対応した製品を作る」というチャレンジでもありました。
–なるほど。具体的に質問する前から、G-SHOCKでスマートウオッチを作ることの大変さが伝わってきました。では、その本題へ。G-SHOCKといえば、10m上空からの落下試験が代名詞ですが、GSW-H1000の開発段階ではどこが壊れやすかったですか?
大坪:GSW-H1000は、これまでのG-SHOCKとは基板が大きく異なります。CPUなどICやマイクやGPSなどの複数のセンサーを守らなければならない、リチウムバッテリーは重い、サイズ的にこれ以上は大きくできない。すべてにおいてデザインと設計のギリギリを攻めていくのですが、基礎開発段階で落下試験をするとまぁ、あらゆるところが割れましたね(笑)。
佐藤:私はこのGSW-H1000の開発のために別の部署から招聘されたのですが、落下衝撃テストには驚きました。こんなに大変なものなのかと。
大坪:周りからも「今までに聞いたことがないような音がした!」とか、色々言われましたね(笑)。たとえば、このモデルはG-SHOCK初のカラー液晶ですが、メタルのフレームにピッタリ収めて気密性を保ち20気圧防水に耐えなければならないわけです。そのためには組み立て段階からこれまでスマートウオッチで経験したよりも高い圧力をかけてフレームに液晶を圧入する必要があります。しかも液晶に紐づく複数の小さな基板が連なるコードがあるので、それをかわしながらの作業になります。本体側の基板でもそういう問題点は変わらず、私たち外装設計とデザイナーだけでなく、回路設計チームや山形カシオの生産メンバーもかなり大変だったと思います。
橋本:設計チームとは本当に連日連夜、打ち合わせを重ねていましたね。こういった製品開発は最初に実現可能なサイズを3Dプリンターで立体成形し、社内で共有してから開発へと進みます。たくさん作った試作のなかで、一番ボロボロになっているのが最初に出したものです。このサイズ感から外れないところで性能とデザインを擦り合わせることが本当に大変でした。
–正直、サイズが大きいと感じていましたが、ここまで収めるのに様々な苦労があったわけですね。
佐藤:ざっくりした計算ですが、20気圧防水というのは、1ミリ平方メートルの面積に対して20kgの圧力がかかっても耐えられる性能ということ。その堅牢性の確保のためにガラスは厚くする必要があるけれど、そこが厚くなるとほかを薄くするしかない、ということになるわけです。
大坪:加えて、G-SHOCKのベゼルは若干ガラスにかかるように設計することで衝撃からガラスを守るのですが、それをそのままGSW-H1000に反映するとタッチ操作できない部分がでてきたり、スワイプなどの操作に不具合が生じたり、色々と問題が出てきました。
橋本:ガラスの外縁にウレタンを使ったり、色々な工夫をしていますね。今回のデザインは、かつてないほど「エレクトロニクス」と「タフネス」が融合したモデルなので、その新しさを表現するモチーフとして先進的なボディプロテクターをイメージしました。数十枚はスケッチを起こし、ベゼルやマイクカバー、バンドのグリッドパターンも部位ごとに深さを0.01mm単位で変化をつけ、試作を重ねました。ちなみに、本体を守る樹脂カバーは複雑な形と処理をしていますが、実はすべて繋がった一体型になっています。これも複数パーツに分けるべきかどうかなど、色々と試行錯誤を重ねて最終形態に辿り着きました。
佐藤:山形カシオの高精度金型加工技術が、GSW-H1000の開発に役立ちました。
佐合:ハードの開発設計のほかにも、使う人の好みによって組み合わせを変えられる3段表示は、どのような組み合わせでも視認性がよく、また見栄えがするよう画面のデザイナーが考えたものですし、独自アプリにはまた別の開発チームもいます。このGSW-H1000は、普段のG-SHOCKの開発の枠を超えた「オールCASIO」の知恵と経験、技術を総動員してできたスマートウオッチといえますね。
–ところで、今回のGSW-H1000は、従来のG-SHOCKに与えられていたような「カーボンコアガード構造」や「メタルコアガード構造」のような構造名はないのですか? それと注力製品でよく出てくる特許の取得の有無も教えてください。
大坪:先ほども話にでましたが、みなさんご存知のG-SHOCKの耐衝撃構造がモジュールを点で支える中空構造であるのに対し、GSW-H1000の場合はモジュール化できないデバイスも多く、外装と内部デバイスを同時に組み上げていく必要があり、そのひとつひとつに確実に耐衝撃性能と20気圧防水を持たせなければならない。これまでの「モジュール一体で守る」という部分と、ガードすべきコアが点在している部分があるので、ひと言でまとめられる構造名がまったく思いつきません(笑)。
橋本:本当にあらゆる箇所が検討材料になりましたからね。バンドの厚みもコンマ1mm単位とかそれ以下で何度も設計やり直していますし。
佐合:手首との密着感がないと光学心拍計の測定に影響が及ぶため、バンドの設計はとても大切でした。強度は保ちつつ、適度な柔らかさも備える素材としてソフトウレタンを採用するまで何度も検討を重ねましたし、幅広い手首のサイズに対応できるよう穴を空けるピッチも細かくしています。
大坪:特許については、各所にありますが取得前なので残念ながら非公表です。マイクを付けて20気圧防水も……ですから、とにかく苦労した点であるとお察しいただければ(笑)。
–次は、スマートウオッチの機能面について聞かせてください。Wear OS搭載スマートウオッチは、かなり競合が多い分野ですが、どこに強みがあると考えていますか?
斉藤:実現可能なサイズを把握したうえで、G-SHOCKの世界で作られるスマートウオッチを求めるユーザー層を考えました。このスマートウオッチを着けて似合う人を考えて思い浮かべたのは、ハードなワークアウトをこなすような人々。日本だけでなく、海外でもリサーチを行い、その意見を集約して総合的に判断した結果、製品化を決めたわけです。
佐合:競合する先発ブランドはいますが、唯一無二の耐衝撃性能を持つG-SHOCKから出すことで十分に戦えると考えています。20気圧防水は他にないですし、ブランドの世界を凝縮したユーザーインターフェイス、独自アプリなどにもこだわりました。マルチスポーツ対応のカシオオリジナルアプリでは、ランニングやベンチプレスなどの屋内ワークアウト、スイミング、バイクにスノーボードにフェンシングまで15種のアクティビティと24種の屋内ワークアウトに対応しています。それぞれに専用の表示がプリセットされていますが、ご自身で3段表示はカスタマイズできます。また、アシックスとの協業によるランナー向けサービス「Runmetrix」にも対応します。
佐藤:このモーションセンサーはカシオ側が開発したもので、実はこの初代にあたるものは数年前に私も開発に携わりました。ゴルフ用に開発された製品でしたが、機能、形状、デザインがランニング用に一新されています。
大坪:ランメトリックスはすごくて、自分は走っているうちに痛くなってくる箇所があったのですが、ランニングフォームの改善アドバイス通りに修正すると確かに痛くなくなるという。
橋本:こういうアプリ系も、ひと通り動作検証をしなければならないので、その段階になるとやたらとアクティブな人が増えますね(笑)。敷地内に運動できるところがあるので、そこで走ったりしています。
大坪:GSW-H1000の検証期間はちょうど夏場だったので、検証する人はみんなスリムで健康的になっていました(笑)。
–……そろそろ時間もなくなってきたので、気になる点をお聞きしたいのですが、なぜ接触型のケーブル充電のみなんですか? これでも20気圧防水が保てていることはわかりますが、なんとなくここだけ基板剥き出し感があり不安を覚えます。
大坪:性能に関してはもちろん大丈夫です。実は私たちも非接触型などあれこれと考えましたが、最終的にサイズ、性能を満足できるこのシンプルな形に戻ってきました。色や形もこれがベストだと判断しました。
佐合:このマグネット圧着式充電端子も以前のプロトレックスマートから改良を重ねており、ある程度のホールド力を持たせながら軽く外せるようになっています。
橋本:すべての形に意味を持たせることをG-SHOCKのデザインで心掛けています。正面から見た時にボタンと充電ソケットを馴染ませることで、統制の取れたG-SHOCKらしい佇まいになっていると思います。
斉藤:そういう意味では、GSW-H1000の開発にあたって一番大変だったのは、“G-SHOCKらしさ”を全員が共有することだったかもしれません。
佐合:液晶デザインやユーザーインターフェイスに加え、このモデルに対応する新しいアプリ「G-SHOCK MOVE」も“G-SHOCKらしさ”を反映したデザインを追求しました。このアプリでは、GSW-H1000が記録したアクティビティ履歴やトレーニング分析に加え、アクティビティ中に写真や動画も撮影しておくと、あとでアプリ上で各種データがレイヤー表示できる「センサーオーバーレイ」という機能を新しく搭載しました。もちろん作成したデータはSNSなどにシェアできますよ。
斉藤:見ても、使っても格好良くないとG-SHOCKとは言えませんからね。GSW-H1000は十分にその資格がある製品に仕上がったので、発売後の反応を楽しみにしています。
インタビュー冒頭でも触れたように筆者はスマートウオッチに前向きな印象を持ち合わせていない。だが、今回のインタビューを通じて、このG-SHOCKスマートについては少し考えを改めた、というよりも思い直した。スマートウオッチは「WATCH」と名は付くものの、結局はスマートフォンやPCと同じく買い替え前提の「デバイス」なのだ。それらに支払う金額を考えれば、世界で唯一の「落としても壊れない丈夫なスマートウオッチ」となったGSW-H1000は、十分に価格に見合う価値があるのかもしれない。少なくともGSW-H1000について多くを語るのは、「オールCASIO」の創意工夫の末に完成した実機を見てからにするべきだろう。